天界大戦
(ああ、だめだ。もう動けない)
悪魔は傷ついた腹を抑えて壁に寄り掛かった。
両腕に着いていた戦闘用の爪は鋭さをなくし、右腕の方はいつ外れてもおかしくない。それに気づいた悪魔は口をつかって器用に外した。
久々に自分の素手を見た悪魔は、激しい戦闘で塗っていた爪が所々剥がれていることに落胆した。
(空の色。奴らの目の色。あの子の目の色)
もう会うことは叶わないだろうか、とあの子に思いを馳せる。
あの子に初めて出会った時、まじないの様に塗りあった。
悪魔が忌み嫌う色。でもあの子の目の色は綺麗だと思った。
悪魔のすぐ横の壁が何かによって破壊され、土埃が舞う。
現れたのは白衣に文字通り身を包んだ天使。悪魔の敵だ。
天使はすぐに悪魔の存在に気づき、距離をとる。
盾の役割をする帽子とマントで頭と体を覆っているので、青い瞳が白に映えていた。
防御と破壊を担う両腕のグローブを構え、天使は悪魔の様子を伺っている。
悪魔も抵抗する余力はないながらも、様式美として左腕の爪を構えた。
力なく立つ悪魔に天使は警戒しつつも視線を動かし、相手が怪我をしていることに気づく。
好機だったが、天使も手負いだった。服に隠れた背中には深い爪傷がある。
膠着状態が続くうち、天使は相手の傷のすぐそばにある異色に反応した。
青い色は天使の色、悪魔はこの色を嫌う。同時に天使も悪魔の瞳の色である赤を嫌う。
けれど、警戒を解きグローブを外した天使の手を彩っていたのは、その赤だった。
二人は同時に過去の記憶を思い出す。
まだ名前もなかった幼い頃、天界が荒れ果ててしまう前。
同じ日に同じような理由で大人たちから逃げ出して、偶然同じ場所に行き着いた二人は、互いに名前をつけた。名前と言うにはお粗末な物だったが、その日は互いにそれで呼び合った。
遊びまわった最後に、いよいよ戻らなければならなくなって、二人は約束をした。
この色に塗っている人は他にはきっといないから、これはお互いを見つける目印。
もしまた出会えたなら、その時は二人で地上に逃げよう。
「まー、でしょう?」
天使が願う。
「しー、なのか」
悪魔が笑う。
緊張が解けた悪魔はその場に座り込んだ。
天使は駆け寄ると一緒に傷口を抑えた。
「ああ、どうしよう。私の力では癒せない」
「無理しないで、そっちも重傷でしょう」
それでもとうろたえる天使に悪魔は誘い掛ける。
「地上って、どうすればいけるのかな」
悪魔は本当に手段を知らなかった。しかし悪魔のように残酷なその方法を天使は知っていた。
「この大戦をどうして神様が止めないか知っている?」
何を話すのかと悪魔は疑問の表情を浮かべる。
「神様はなんでもできる。文字通りなんでも。この戦いは地上で減った人間を増やすための戦い。死んだ天使と悪魔を人間にして地上に送ってる。だから今死ねば私たちは地上に行ける」
「死んでもまた会える?」
「何年越しに出会えたと思ってるの?きっとまた会える」
天使はグローブをはめた腕を悪魔の胸に置いた。悪魔も爪のついた左腕を天使の胸に置く。
「死が二人を分かつとも」
「聖書なんて」
「誓いの言葉、らしいでしょう?」
「…今は悪くない」
「誓いのキスを?」
「ええ、しましょう」
まーは”あくま”のま。しーは”てんし”のし。
『名前のない頃」は人間で言う4,5歳頃。
出会って別れてから百数年は経っているけど見た目はきっとお約束で若いはず。