5:ファンタジー世界での有効な戦術を考えてみる
人間対人間の場合、普通は一騎当千なんぞあり得ないわけです。
胸に北斗七星の傷を持ち、人間が触れるだけで爆発する武術を習得しているならばともかくとして、現実世界では一人の人間が発揮できる戦闘力なんてたかがしてれている。ただし、道具を使わない場合においては、です。
例えば爆薬を使った場合。銃を使った場合。飛行機を使った場合。いずれも、やりようによっては数名の人間で数百名の人間を殺傷できます。攻撃力=兵力数×武器の質、あるいは攻撃力=兵力数の2乗×武器の質。ランチェスター戦術の第一法則と第二法則。
現実世界では武器を使った人間がもたらす悲劇を防ぐために、法律で銃や爆発性のある危険物は取り扱いが規制され、飛行機では厳重なボディチェックが行われています。道具がなければ人間一人にできる殺害行為などたかが知れていますから。
さて、一方でファンタジー世界。
「魔法」という概念がある世界だとします。
徒手空拳の人間が自由自在に火炎や暴風、その他さまざまな殺傷能力のある呪文を扱えるものとします。
さらに、この「魔法」は「個人の才能により著しく効果に差が出る」ものとします。魔王の名を関する”部下S”の力を借りることのできる美少女天才魔術師が、都市を丸ごと吹っ飛ばせる一方で、一般的な魔術師はせいぜい松明に火をつけることができる程度とかね。
今回、思考実験として、「キルレシオの高い超有能な魔術師は国家に一人いるかいないか」という状態だとします。
具体例としては、魔王討伐に抜擢された勇者様ですね。国王からしてみれば、絶対に敵に回したくない一方で、味方につけたとしてもいつ寝首をかかれるか分からない危険人物。なにせ、単一で国家の戦闘力とほぼ同等の力を有しているから。
ここで用語の説明ですが、キルレシオとは「1人(または1機)が損耗するとき、何人を殺せるか」という指標です。キル数(殺害数)とデス数(死亡数)の比ですね。1人の死人を出すときに1人殺せるならキルレシオは1ですし、1人の死人を出すときに1000人殺せるなら1000です。誰も殺せない魔王様が戦闘する場合、キルレシオが無限大になってしまうので計算式を単純な戦闘に当てはめることはできませんが、要するにどれだけ少ない犠牲で効率的に敵を殺せるか、という指標です。
戦術レベル(戦闘が不可避でかつ、指揮官が兵を采配する状況)において、このキルレシオをできるだけ高くすることが「無傷で勝つ」「大軍相手に奇跡的な勝利を収める」「一見で圧倒的な戦力差に見える状況を覆す」など、創作の物語を劇的にするためには必要となります。
さて。話を戻します。
前提条件①「キルレシオの高い超有能な魔術師は国家に一人いるかいないか」という状態
小説でも漫画でもたくさんありますよね、こういうシチュエーション。特にバトル物の終盤だと顕著です。ラスボス側で戦力になるのはラスボスのみ、主人公側で戦力になるのは主人公のみ。また、辛うじて主人公のライバルキャラが戦力になるというシチュエーション。
例として、北斗の拳でラオウvsケンシロウ戦(第二戦目)、ドラゴンボールでの悟空vsボスキャラ戦、NARUTOの終盤戦、トリコの最終戦、えとせとら、えとせとら。
幽遊白書で図らずも蔵馬さんが言ってましたが、前提条件①では「最高戦力同士の一騎打ちですべてが決まる」となります。そのために有効な戦術とは、「自軍の最高戦力のコンディションをどうやって最高の状態に整えるか」であり、「敵軍の最高戦力のコンディションをどうやって最低の状態にするか」です。
となると、とれる手は以下となります。
戦術A:自軍の最高戦力のコンディションを最高に整える
1.武器、防具、回復アイテム、マジックアイテムなどの装備を最高にしてやる
2.気力、体力、魔力を満タンにしておく
3.経験値を与え、増強する
4.動機づけをしっかりして、士気を高める
5.連戦を見越した傷の回復、睡眠、食事、魔力の補充の用意をする
6.移動経路と手段を確保し、複数の戦場へ即応できるようにする
とくに4が見落としがちですが、自軍側の最高戦力が「やってられるか。逃げるぞ」と戦線放棄してしまったらその瞬間に自軍の敗北が確定するわけです。ダイの大冒険でも大魔王様と戦った後のダイ君は心が折れてケツをまくりましたよね。真主人公のポップの説得により戦線復帰しましたが。
5、6はロジスティクスの問題となります。物語の危機感を煽るためのやり方として、「主人公に連戦を強いて消耗したまま戦わせ続ける」「通常の手段では間に合わない場所を戦場にして、主人公が駆け付けた時に現場の味方は全滅している」というシチュエーションはありますが、戦争の勝ち負けで見た時にこれは指揮官の無能さの証明です。戦争するならそのくらい考えておけと。ブラック企業の社長かお前らはと。
さて、ここまでは自軍の最高戦力側の視点でした。次。
戦術B:他軍の最高戦力のコンディションを最低にする
1.武器、防具、回復アイテム、マジックアイテムなどの装備を補給させない。持っている場合は奪う
2.気力、体力、魔力をできる限り最低にしておく
3.経験値を与えず、さらに強くなるのを防ぐ
4.戦う動機を奪い、士気を最低にする。調略で同士討ちさせられればなおよい。
5.連戦を見越した傷の回復、睡眠、食事、魔力の補充をさせない
6.移動経路と手段を奪い、複数の戦場へ即応できないようにする(退却手段を断つことを含む)
えー。今現在で大多数の皆さんご存知かと思う、ちょうどいい事例があります。
【鬼 舞 辻 無 惨 討 伐 戦】
もうね。漫画版の終盤を見ればわかりますよね。ネタバレになった方はすみません。ラスボスの無惨様相手に、弱い立場の鬼殺隊は1~6のほぼ全部をやってます。4はちょっと例外で、本人の士気は高いままなんですが、無惨様は無惨様なので自分の手でバシバシ部下を殺して戦力削ってます。まあ、鬼殺隊も鬼殺隊で(というかその上の連中どもが)、自分らの最高戦力たる縁壱さんの扱いどうしてるんだお前らと。
また、「自分が使う武器は敵も使う」という原則のため、戦術Aをする側は敵国が戦術Bをすることも想定して手を打たねばいけません。このために、「いざ戦闘となれば何の役にも立たない」という下っ端たちの出番が出てくるわけですね。調略戦への対応であり、兵站の確保であり、情報収集です。
「料理人は料理人の、王には王の役割がある。能力については適材適所なので、強い弱いを論じるのはナンセンスだ」となります。そう、たった一人が超絶的に強いという世界であろうとも。
今回は簡単に戦術のさわりを書いてみました。本当はランチェスター戦略ももう少し踏み込んで論じたかったんですが……(この話しだすと長くなるうえ、的外れな話するとこわーい専門家の人からつっこみの集中砲火ですよ旦那)
ちなみに戦術論から離れ、社会的な視点から見ると、別のものが見えてきます。
キルレシオが無限大に近く(ようするに誰と戦っても死なず)、すべての戦術、戦略をひっくり返すような魔王、神、あるいは完成された勇者がいる世界となると、「生きた核兵器がいる世界」であり「核兵器自身が自分の発射スイッチの運用を任せられている世界」となります。私が悪辣な独裁者だったら全員に安全装置をつけさせますね。怖いから。実力的にそれが無理な場合は、自国の姫をあてがったり金や仕事や住居の手当てなどをしてとにかく敵に回さないようにします。あるいは殺すか。
そのあたりは長くなるので、別のコラムで論考したいと思います。




