第7話【おかしな国王】
「それじゃあ行ってきますね!」
「ああ。珠は忘れずに見せろよ?」
元気な返事をしながら手を振り大司教のいる、大聖堂まで向かうサーシャを見送る。
俺が今いるの比較的まともそうな上流とは言えないまでも、きちんとした宿屋だ。
宿代を払うにも金など持たない俺に、サーシャは今回のお礼にと支払うと言い出した。
俺はそれを素直に受け取った。
死者の俺だが、起きる前はきちんとしたベッドに寝ていたのだ。
どうせならまともな寝床に寝たいと思うのは当然だろう。
サーシャはそれなりの資金力があるらしく、てっきり安宿にでも連れていかれるかと思ったら着いたのがここだった。
親を失い、教会に引き取られたと言っていたはずなのに、どこから得た金だろうか。
あいにく他の部屋が満室で、俺とサーシャは同室となった。
サーシャから見れば俺は年端も行かないガキだし、俺から見ればサーシャは今まで沢山見てきた孫みたいなものだから問題ないだろう。
所で、せっかくの柔らかいベッドだったが、俺は少し残念な思いをした。
良く考えれば当たり前なのだが、俺は死者であり生命活動自体は止まっている。
そのため、眠る必要がなかった。
正確に言えば、寝ようと思って目を瞑っても眠りに落ちることが出来ないのだ。
「くそっ。あのネクロマンサーめ。永久の眠りだけでなく、普通の眠りにすらつけないとは!」
しょうがないので、俺は昨日は一晩中考え事をしていた。
何故サーシャが一人で魔王討伐などに出かけたのか、ということだ。
魔力を見れば確かにサーシャは破格の魔力の持ち主と言っていい。
技術の差で俺にはサーシャの魔力が見えるが、今の俺なんかより確実に多い。
もしかしたら全盛期の俺よりも……いや、さすがにそんなことはないか。
いずれにしろ魔力量だけならおそらく魔王討伐に抜擢されて然るべき人物だ。
「しかし、あいつは聖女だ」
回復魔法の腕は確かだが、聖女は基本的に戦えない。
唯一絶対的な優位を見せるのは、俺のような不死者だけだ。
サーシャが勝手に思い立って出かけたというのなら、ただの馬鹿で済む。
しかし大司教に報告をすぐにできる、ということは向こうも今回のことをきちんと把握しているということだろう。
果たしてサーシャのような逸材を教会が手放すか?
実際俺が助けなければ、下手をすると矮小な魔獣に食い殺されていたかもしれない。
協会自体が魔王討伐を是としているならば、きちんとした人物を添えるかするはずだ。
なんだって大司教は現国王の弟だと言うのだから伝手はいくらでもあるだろう。
「まぁ、考えていてもしょうがないな。魔王は俺が倒したし。俺もそろそろ出かけるか」
俺が向かったのは王都の中心にそびえ立つ王城の一角。
事前に仕入れた情報によるとここが現国王であるゴーシュの執務室だ。
宿の女将に聞いたところ、現国王はそれなりによくやっているらしい。
小さな不満があるのは世の常だが、それでも大半の国民の指示を得ているとか。
「あれだな。若い頃のマティアスの面影がある」
上品だが決して華美ではない部屋に一人の男が居た。
歳は50歳くらいだろうか。少し白くなり始めた髪を短く刈り上げている。
剛剣の使い手だった先祖に似て、引き締まった力強い肉体をしている。
マティアスが王になった際に作られた紋である、ドラゴンの紋様が施された上質な衣服を身にまとっている所から見てもこの男がゴーシュで間違いないだろう。
「妙だな……」
窓からゴーシュを覗く俺は、その様子を見て思わず呟く。
ゴーシュは真面目に王の執務である、陳情書やその他の木簡や羊皮紙、魔道玉などを処理している。
それ自体は特におかしな点は無いのだが、処理と処理の合間に間違いなく誰かと交信を取っているようだ。
しかし、俺から見てもその【暗号】は複雑で、簡単に内容を知ることができるものではなかった。
「面白い……マティアスは魔法はからっきしだったが、その子孫はなかなかやるようだ。どれ、試してみるか」
俺は目の前で行われた【魔導念話】に魔力を飛ばす。
上等な【暗号】を破るためには力づくではいけない。
魔力に任せて破壊することは可能だが、その場合は内容までも破壊されてしまう。
そうなれば元も子もない。
相手が作った魔導の論理を読み解かなければならない。
それはある意味知恵比べのようなものだ。
「む……思った以上に複雑だな。これほどのものを作るとは。時代の経過は魔導の発展も進めたか。これはまだまだこの世界を楽しめそ……」
『あらー? あたしとダーリンの愛の囁きを覗こうなんて無粋なお方は誰かしらー?』
解読に熱中していた俺の頭に、甘ったるい女性の声が響いた。
まさか、この俺に無理やりパスを作れる者がいるとは。
「おお。それは済まなかったな。面白そうなおもちゃが目の前にあったので、ついつい遊んでしまってな」
『うふふ。面白いことを言う殿方ですのねー。あたし、面白い方は好きよー?』
平静を装いながら、俺は無理やり作られた【魔導念話】の先にいる人物を探ろうとした。
魔導師は無意識でも常に自分の守るための防護膜を周りに展開させている。
俺の防護膜を容易く破ってパスを作るなど、並大抵の実力ではできないはずだ。
その証拠に、やはり相手の居場所は掴めない。
少なくとも魔王ソドムなどよりも実力ははるか上、今の魔力では敵わぬ相手だ。
「それは光栄だな。ところでどうだ? その面白い男の前に姿を表してみるってのは」
『うふふ。そうしたいのは山々だけどー。そういうはしたないことはダーリンから止められているの。ごめんなさいねー? あら? あなた……』
その声の後に念話通して相手の魔力が俺を包む。
どうやら【魔力探索】をされたらしい。
一応抵抗してみるが無駄だったようだ。
満足したのか、相手の魔力は消えていった。
『あなた……そんなに若いのにと思ったら骨董品じゃない。しかも不死者なんて。やだわーこれじゃああなたの魔力はもらえないのねー』
「なにを言ってる?」
『うふふ。分かってるくせにー』
おそらくこいつが言っていることは俺の想像通りだが、それよりも先に確かめることが一つある。
「お前……ソニアという名前だな?」
『……あら? どうして分かったのかしら?』
なるほどな。
俺を甦らせた男にあの世に戻ったら謝らなければならないな。
スケールが小さいなどと言ってすまない。
お前は世界の救い主だと。