第6話【この体で大司教には会えないだろ】
俺の笑い声で我に返ったのか、サーシャは既に無くなった古城の跡を見つめていた顔をこちらに向ける。
出来事に驚いているのか、俺の笑いに怒っているのか複雑な顔だ。
「ど……どういうことですか!?」
「どういうことも何も、あの城に魔族や魔獣、そして魔王ソドムらしい奴がいた。いちいちはめんどくさいから外から全部破壊した。無防備にも防御結界は一切はられていなかったからな」
「そ……それにしても!」
「細かいことは気にするな。さて、それで? 目的を達成したお前はこの後どうするつもりだ?」
俺に問われてハッとした顔をするサーシャ。
細かい仕草の一つ一つが本当に婆さんそっくりで見てて飽きない。
「そう……ですね。王都に戻って、大司教様に報告をします」
「大司教? 大神官が一番偉いんじゃないのか?」
「大神官様よりも上の位に大司教様というのがいらっしゃいます。現国王の弟君にあらせられます」
「ふーん? 王族が宗教のトップなんぞに着くなんてな」
サーシャの話では、ここから王都までは馬車などを使っても一ヶ月はかかるらしい。
魔王を倒した今、一緒にいる理由は向こうに無さそうだが、サーシャは上目遣いで俺の方を見る。
「あの……イザヤ。これで、私たちはお別れでしょうか……?」
「うん? いや。個人的に国王に興味があってな。目的地は一緒だし、連れて行ってやるぞ?」
言った途端に周りに花が咲いたような満面の笑みを浮かべ、俺の手をとる。
偽りの生を得ている俺の氷のように冷たい手に、柔らかな温もりが伝わる。
俺の手の冷たさに気付いたようだが、表情に出ないように必死に堪えているせいで変な顔になっている。
こういうところまで一緒だな。
手よりもさらに冷たく、動きを止めたままの俺の心臓のあたりまで温かくなる錯覚を覚え、俺は笑みを浮かべた。
その意味を分かりかねたのか、サーシャは不思議そうな顔付きに変わる。
「それじゃあ、王都までさっさと行くとするか。案内を頼むぞ。幸いさっきのでそれなりに魔力も増強できたしな」
「え? あ、はい! 王都は、えーっと……こっちの方角です!」
再び俺の腕にしがみついたままのサーシャを連れて空へと飛び立つ。
まだまだ本調子には程遠いが、先ほどよりも速く移動できそうだ。
風の影響を受けないよう、周りに防護膜を展開しながら俺はサーシャの指示に従い王都へと飛ぶ。
一刻ほどした後、俺たちは王都マティアスへ辿り着いた。
昔の戦友にして初代国王に就いた男の名を冠した都。
日が沈んだせいで、至る所に明かりが灯されている。
サーシャに確認したところ名前も変わっておらず、現国王はマティアスの子孫らしい。
現国王の名はゴーシュ、どこかで聞いた名前だと思ったが、俺を永久の眠りから起こした男から聞いた名前だ。
まさかあいつの想い人の相手が現国王とはな。スケールが小さいと突っ込んでしまったが、そうでも無かったらしい。
あいつには悪い事をしたなぁ。
そんなことを思いながら、俺たちは王都の城壁の中、人目につかないところに降り立つ。
うっかり通行証のことを忘れていて、また魔法を使うのがめんどくさかったからだ。
「さて。サーシャは大司教の所へ行くんだったな? 悪いが俺は行けないから、一旦ここでお別れだ」
「え!? どうしてですか? 私一人で魔王ソドムを倒したなどと言っても、失笑にふされるのが目に見えています。出来れば一緒に説明に来て欲しいのですが……」
サーシャの言うことはもっともだ。
しかし、旅の途中で知り合った10歳くらいの子供が魔王を城ごと退治した、などと言っても結果は同じだろう。
俺がいようがいまいが、納得する者など皆無と言っていい。
ただし、明確な証拠があれば別だ。
「そんなこともあろうかと、用意したのがこれだ」
「なんですか? この黒い綺麗な珠は」
サーシャの前に差し出した俺の右手には、人の目玉ほどの真球に近い黒く輝く珠が置かれている。
「これを見せれば少なくとも大司教というのが馬鹿や無能でなければ魔王を倒したことを認めるだろう」
「初めて見るような宝石ですね。綺麗……」
俺の手から受け取った珠を指で挟み、サーシャは街灯に透かして見つめる。
珠の中で歪んだ臓器のようなものが、心臓みたいに脈動しているのに気付き、思わず落としそうになる。
「はわわっ! なんですかこれ!? 中でなんか動いてますよ!」
「それは【魔血宝玉】。簡単に言うと魔族の核だ。魔王ソドムから魔力を吸う際に、合わせて拾っておいた」
俺は【思い出ポイポイ】から手頃な袋を取り出すと、サーシャに珠を入れるよう促す。
まるで汚いものでも触ったみたいに、サーシャは珠を手にした指を勢いよく服に擦り付けていた。
「魔族の質や能力によって球の見た目が変わる。このくらいの大きさでこの輝きなら、そうでまわっていることもあるまい。それに中の臓器が脈動するのは新鮮なうちだけだ」
「そんな生物持ち歩くの嫌ですよ!」
「だから袋を用意しただろう。この袋には【思い出ポイポイ】と同じ魔法が施されているから、鮮度を保てるぞ?」
「なおさら嫌なんですけど……?」
俺のせっかくの行為をサーシャは心底嫌そうな目で見つめ返す。
俺のイタズラに気付いた婆さんの目つきそっくりだ。
何が不満だと言うのだ。
論理的に考えて、これ以上の案はなかなかないだろうに。
「だが、これ以上の証拠を示すのは現状無理だ。俺が大司教とやらを現場に連れて行ってもいいが、魔王は瓦礫の下だ。掘るのまで手伝う気は無いぞ?」
「そうですね……すいません。これ、ありがたく借ります」
最初からそう言っておけばいいのだ。
このやり取りを傍から見たものがいたとしたら、無駄な時間だったとため息をついてる所だろう。
「それじゃあ、機会があればまた出会うこともあるだろうが、達者でな」
「分かりました。名残惜しいですが、ありがとうございました」
俺はサーシャに後ろ手で手を振りながら歩き出す。
興味があるのは現国王だがさすがにこの時間だ、会いに行くのは夜が空けてからにしよう。
「あの!」
サーシャが後ろから叫ぶ。
なんだ、そんなに別れるのが名残惜しいのか。
俺は再度手を振り、振り向かずに歩く。
その俺の後頭部にサーシャの声が響いた。
「今日どこに泊まるつもりですか!? お金持ってないんですよね!?」
しまった。
俺は立ち止まり、ゆっくりとまるで油の切れたアイアンゴーレムのように振り向く。
俺の目に入ったサーシャは、路銀の入った袋を前に突き出し、嬉しそうに笑っていた。