第5話【魔王狩り】
「【究極回復】!!」
カーラが俺に倒されたことを理解した瞬間、サーシャはさっき腕を切り落とされた男に駆け寄り回復魔法をかけていた。
人が良いにも程があるが、ここまでやるとむしろ好感が持てる。
それにしても【究極回復】か。
回復魔法に自信がある、というのはまんざらでもないようだ。
いくら魔力が高いからと言って簡単に使えるものではない。
きちんと理を理解し、研鑽を重ねた者のみが扱える魔法だ。
「大丈夫ですか!?」
「う……うぅ……す、すまねぇ……」
血を流しすぎて気を失っていたが、【究極回復】は死んでさえいなければ欠損した四肢さえ復活する。
切り落とされた腕が戻り、流した血もすでに補填されているはずだ。
しばらくは魔力酔いになるだろうが、数日も待てば以前と同じように動けるようになる。
これで改心でもしてもう護衛料を騙し取ろうなどと思わなくなればいいが。
「それにしても……」
「凄いですね! 魔族をいとも簡単に! 魔獣ですら恐ろしいのに、魔族ともなると渡り合える人などひと握りと聞いていますのに」
そこが問題だ。
こいつはなぜこんな街に突然現れた?
しかもサーシャを狙っていたように見える。
考えられるのは、サーシャの魔力だ。
魔力を糧とする魔族や魔獣にとってサーシャの持つ強大な魔力は魅力的で美味しそうなご馳走に見えるはずだ。
普通はそんな魔力を持っている者は悟られないように自ら防護膜を常に展開させる。
実力が上な者には隠すことが出来ないが、サーシャもきちんとその膜を身に付けている。
あの程度の攻撃で殺られるような三下魔族に看破されるはずないのだが。
「どうかしましたか? 難しい顔していますが。イザヤ様はもう少し自分の歳相応の顔付きや言動を身に付けた方が良いと思いますよ? せっかくこんなにも愛らしいのに」
「人の心配をする前に、お前がもう少し歳相応の知能を見に付けろ」
俺の言葉を受けて両手を開いた口の前に当て、大きな目を見開くサーシャを横目に見ながらもう一度思考の海に沈む。
カーラが言ったことが本当かどうか知らないが、既にサーシャのことは伝達ずみだった。
サーシャを見つけた途端、魔力に意志を載せた魔法【魔導念話】を使っていたのが見えたからな。
しかし、俺も侮られたようだ。
【暗号】処理をしていない念話など、俺からすれば情報の宝庫だ。
誰に向けてどんな事を伝えたのかも、相手がどこにいるのかも分かった。
ここからそれなりに遠いが、場所さえ分かれば【魔力探索】も使える。
「サーシャ、気が変わった。これから魔王ソドムとか言うやつを狩りに行くぞ。置いていくより俺の傍の方が安全だろう。着いてこい」
「え? え? ど、どういうことですか!? それに私たちだけで魔王ソドムを狩るなどと! 無理ですよ! そんなの!」
「問題ない。さっきのカーラが居場所を教えてくれた。相手を探ってみたが、大したやつじゃない。魔王というのもおこがましいな。俺が生きてた頃なら下級魔族程度の実力だ」
「俺が生きていた頃……? イザヤ様は今は生きていらっしゃらないのですか?」
しまった。
気を付けないと、そのうち取り返しの付かないことをしそうだな。
「あ、いや。俺じゃない。同じ名前の大賢者イザヤの生きてた頃って話だ。ついつい調子に乗っただけだ」
「まぁ! 気を付けてくださいね。大賢者であるイザヤ様を騙る人が居たら、私が黙ってませんから!」
「あ、ああ。そうだな。気を付けるよ」
「でもイザヤ様はお強くて、まるでイザヤ様の化身のようですわ! あら? なんだか私、混乱してしまいます……」
俺も俺であって俺じゃない振りをしなければならないから混乱するぞ。
どうにかならんもんかな。
「そうですわ! これから魔王ソドムを一緒に討伐の旅に赴くのですから、イザヤ様はもう私と仲間ですわよね? よろしかったらイザヤと呼び捨てにしていいでしょうか?」
「うん? ああ、構わんぞ。むしろ様よりもそっちの方がありがたい」
俺の返答に今度はまるで少女のように満面の笑みを浮かべて、サーシャは飛び跳ねながら喜んだ。
「まぁ! ありがとうございます! イザヤ。うふふ。呼び捨てしあう仲。ああ! なんて素敵なんでしょう!!」
あ、これ絶対友達いなかったな……。
我が子孫ながら本当に残念なやつだ。
「盛り上がってる所悪いが、旅などと言うほど長くはかからんぞ。居場所も分かってるし、既に魔王がどこへ移動しても追えるようになってるしな」
「ええ!? そんな! 正確な居場所も分からず、行く先々で不確かな情報を集めながら進むドキドキ感は!?」
「そんなものはないな」
「じゃあ! 時に支え合い、時にはいがみ合いながらも、共に困難を乗り越え生まれる愛情とも言えるような友情の芽生えは!?」
「そんなものもないな」
「まさか! 旅の先々で私の着替えや水浴びをうっかり覗いて『きゃー! イザヤのエッチー!!』と叫ぶお色気シーンまでないなんてことは!?」
頭が痛くなってきたな。
「そんなものこそない! 今から俺魔法【飛行】で魔王の所までひとっ飛びだ!!」
「そんなぁ……」
「うるさい! そもそもなんだそのお色気シーンというのは! 曲がりなりにも婆さんにそっくりで子孫のお前の裸体など他の男に見せるわけなかろう!」
「え?」
ああ、しまった!
この娘のペースに乗ってはダメだ。
「なんでもない。今から魔法を使うからな。俺の体にしがみつけ。離れるなよ? 触れてさえいればサーシャも魔法の効果を受けられるが、離れたら落ちるぞ?」
「わ、分かりました!!」
「えーい! 前が見えん!! 考えろ!」
「あ、すいません!!」
俺の腕にしがみついたのを確認すると、俺は【飛行】を唱えた。
魔力に包まれた二人の体はふわりと宙に浮く。
そのまま上空へ上がると、鳥のような速さで魔王ソドムらしき魔族のいる場所へ向かって真っ直ぐに飛ぶ。
たどり着いた先には古城が建っていた。
「あそこだな」
「多くの魔力を感じます! 中には魔族や魔獣が大勢いるようですね! イザヤ、油断しないように気をつけましょう! 怪我をしても慌てないでくださいね。私が回復しますから!」
「そんなものはないな」
俺は少し離れた場所に降り立つ。
以前の俺なら浮かんだままでも複数の魔法を扱うなどたやすかったが、残念なことに今では難しい。
両手に魔力を溜めると、俺は広範囲破壊魔法の一つを唱える。
あそこから感じられる魔力程度なら、これでも十分だろう。
「【氷獄結界】!」
俺が唱えた魔法の効果で、古城全体が凍りつく。
本来ならこのまま凍るだけの魔法だが、俺はアレンジを加えそのまま瓦解するようにした。
氷の城はキラキラと輝く氷雪を撒き散らしながら、崩れ落ちていく。
中に居た魔王を筆頭とした魔族や魔獣たちの魔力が古城だったものから溢れてくる。
俺は漏らさずそれを吸収していく。
まだまだ足りないが、これで少しは昔に近付いただろう。
「これで終わりだ。帰るぞ」
目の前に起きた出来事が信じられないのか、サーシャは驚いた顔をしたまま動かない。
そういえば婆さんを驚かせたくて色々いたずらをしたもんだ。
サーシャの顔がその時の婆さんの驚いた顔にそっくりで、俺は腹の底から笑った。