第4話【魔王の手下】
サーシャの道案内でここから一番近い街まで向かう。
それなりに距離があるようだが、身体強化のおかげで日が落ちる前につきそうだ。
意外にも、と言っては失礼だが、サーシャもかなり高いレベルで身体強化ができるようだ。
普通の人間の速度では足の速い四足歩行型の魔獣から長く逃げるのは困難だが、俺がたどり着くまで耐えれたのはそれが理由らしい。
「ところで……今更ですが、お名前を伺っていませんでしたが。そもそも見た目はかなりお若そうですが、おいくつなんです?」
「俺か? 俺の名前はイザヤだ。偶然にもお前の祖先と一緒だな。歳はそうだなぁ、10歳にしておくか」
「しておくか……?」
「気にするな。それよりもお前はほんとに魔王討伐など目指すのか?」
走りながらの会話だが、身体強化のおかげで息切れすることなく話すことが出来る。
何もしないと風の音がうるさいが、俺の魔法によって遮断しているから快適だ。
「ええ! 残念ながらイザヤ様への祈願はできませんでしたが、それが私の使命ですから」
「そうか。まぁ死なない程度に頑張れ」
「あ、着きましたよ!」
サーシャの指さす先にそれなりに大きな街の外壁が見えた。
400年の月日のせいか、かなり古びて所々修繕の跡が見えるが俺はこの外壁を知っていた。
「聖都イストワールか」
「まぁ。随分古い呼び名をご存知なんですね。そう呼ばれていたのははるか昔。今は自由都市イストワールと呼ばれていますわ」
頭の固い大神官カルデアを筆頭とした、聖職者たちの総本山だった街が、今や自由都市か。
時の流れというのは不思議なものだな。
「通行証を見せろ」
門に近付くと門番らしき男が二人、通る人々に声をかけていた。
なるほど、サーシャがさっき見せたようなものが無いと入れないという仕組みか。
「よし。協会の者だな。最近魔獣や魔族の行動が活発になって怪我人も増えている。聖職者なら大歓迎だ。もし良かったら滞在中だけでもいいから怪我人を見てやってくれ」
サーシャが出した通行証を見た途端、真面目な顔つきだった門番が柔和になる。
どうやらあれは本物だったらしい。
「おい! お前。お前はまだ見せてないだろう。通行証を見せろ!」
後ろについてそのまま通ろうとしたが、ダメだった。
さっき目覚めたばかりで、そんなものはもちろん持っていない。
「しょうがないなぁ。これを見ろ」
「うん?」
人差し指に魔力を込めて【記憶改竄】を唱える。
唱えた途端に夢見心地になった二人は、すぐに真面目な顔に戻る。
「ああ。あなたでしたか。これは失礼しました。どうぞお通りください」
「うん。お勤めご苦労」
一部始終を見ていたサーシャが不思議そうな顔をこちらに向ける。
しかし何かしたということは分かっても、何をしたのかまでは分かっていない顔だ。
「気にするな。何か危害を加えたわけじゃない。そのうち忘れるさ」
「はぁ……」
通行証が無いとどこも行き来ができないのだろうか。
だとすると毎回やるのは面倒だな。
しかしこんな身だ。
下手なところに行って身元や、ましてや身体を調べられたらまずい。
「まぁ後で考えるか。必須じゃない」
「あ! あの人!」
俺の独り言を遮るように、サーシャが大声を上げる。
指の先には重鎧を着込んだ大男が屋台かなにかで買った肉を美味そうに食べながら歩いていた。
「良かった! 無事だったんですね!」
「誰だ?」
「護衛に雇った人ですよ。途中で用があると居なくなっちゃったんですが」
「おい。それって騙されてるだろ……」
俺の言っている意味がよく分かっていないのか、サーシャは首を横に傾げる。
どうやら真性の甘ちゃんのようだ。
聖職者としてはありなのかもしれないが、祖先として俺が許さん。
何より婆さんに似たサーシャを謀るなど以ての外だ。
「おい! そこのデッカイの! お前、よくもこの女を騙したな!」
「あん? なんだぁ? てめぇは。なんだ、ガキじゃねぇか。お? 何かと思ったらさっきの聖女様か」
「今回は許してやるから、この女から奪った金を置いてとっとと消えな!」
「うっせぇ! ガキが何をぺちゃくちゃ偉そうに! 痛い思いしたくなかったら、引っ込んでろ!!」
そう言うと男はガントレットをはめたままの右手で拳を作り、俺の腹目掛けてボディブローを仕掛けてきた。
俺が見た目通りのガキの身体能力しかなかったら、このまま血反吐を吐いてこの場に倒れただろう。
だが、俺は腹に【反射】の魔法を仕込んでおいた。
殴った衝撃がそのまま男の手に返り、痛みに耐えかねたのか男は呻き声を上げながら右手を庇う。
「どうした? 痛い思いがなんだって?」
「うぐががが……てめぇ……何をした?」
「さあな? さて、金を戻すか。それとももう少し身体に言うことを聞かせるか。どっちでもいいが、早くしろよ? 俺は昔から気が長くない」
「く……くそがァ!」
男はあろうことか腰に差した剣を抜き、俺に切りかかろうとしてきた。
しょうがない。人を切ろうとするってことは自分も切られても文句は言わないだろう。
「ぎゃああああああ! う……腕がァ!」
「なに?」
俺が魔法を発動する前に剣を握りしめた男の腕が根元から切り落とされ、地面に転がった。
吹き出す血しぶきを目の当たりにして、周りに集まっていた街の人々は悲鳴を上げながら散り散りに逃げていく。
「あーら。やぁねぇ。こんな街中で剣を振り回すだなんて。危ないじゃなーい? そんな危ないことする腕なんかいらないわよねぇ?」
「誰だ? 貴様」
必要最小限を覆い隠すのが辛うじてできる真っ黒でぴっちりと身体に密着した服を着た女が、話しかけてくる。
たった今腕を切り落とした男のことなど気にも止めず、目線は俺を通り越し、後ろにいるサーシャを見ている。
「あらやだ。人に尋ねる時はまず自分から。って小さい頃教わらなかったの?」
「あいにく物覚えが悪いのか、そんな昔のことは忘れてしまったな」
男の腕を切ったのはまるで細い剣のように伸びた右手の爪。
何より、額か生えた二本の角と、背中の翼膜が人でないことを物語っていた。
「やぁねぇ。そんな歳には見えないけど、実は私なんかよりずっと大人? いいわよ。特別に貴方だけに教えてあ、げ、る。私はねぇ、カーラ。魔王ソドム様の右腕にして愛じ……」
何か恍惚とした目で自分の腕を頬に撫で付けていたが、魔族の戯言を最後まで聞く義理はない。
俺の放った【風の刃】で切り刻まれたカーラとか言う魔族は、その場で肉塊と化した。