第3話【残念な子孫】
俺は目の前のサーシャと名乗った少女に向かって、間の抜けた声を上げてしまった。
俺の子孫だと名乗る娘は、自らの出自が誇らしいのか、それなりにふくよかな胸を反らしている。
「ちょっと待て、確認したいことがいくつかある。一つずつ確認させてくれ」
「いいですよ。あなたは曲がりなりにも私の命の恩人ですからね! なんでも聞いてください! あ、でもスリーサイズは聞かれても答えませんからね!!」
誰がそんなものに興味あるか。
そもそも体つきまで婆さんと似たような格好だから、聞くまでもなくだいたい分かるわ。
「あ、いま私をエッチな目で見ましたね? ダメですよ! そんな歳で姦淫の罪なんかに目覚めては!!」
「そんな目では見てない。そんなどうでいいこと話すより質問に答えろ。まずは、お前がイザヤの子孫だと言うのは間違いないのか?」
答えを聞くまでもなく、初めから感じる強大な魔力と、婆さんに瓜二つな顔立ちから俺の子孫だと言うのは間違いないだろう。
しかしこいつは頭のネジが少し緩いようだから、話を進めないとどんどん変なことを言い始めそうだ。
「もちろんです! これを見てください! 私の家に代々伝わる家紋です。それと私の身分を示す協会発行の通行証」
胸元から通行証とやらを取り出し俺の方へ差し出す。
文字は昔と大きく変わってないようだ。
なるほど、サーシャ・アルファードという名なのは間違いないらしい。
もしこの通行証とやらが本当に身分を示すものなら、だが。
それよりも一緒に見せた一輪の花の紋様が描かれたロザリオの方に目が向く。
これは生前婆さんが大好きだった花で、そう簡単に手に入るものでもない。
元を見ないとここまで精巧に描くのは難しいだろう。
まぁ、これが俺の家紋だなどと聞いたのは今日が初めてだが。
「なるほど。しかし、賢者イザヤの話は俺も聞いたことがあるが、彼がアルファードなんて名乗っていた事など初耳だ」
「賢者じゃありませんよ。だ、い、賢者です! イザヤ様のフルネームを知らないなんて! 様々な物語に語られていますのに!」
どうやら俺が知らない間に勝手に姓が付いたらしい。
そういえば、王になったマティアスのひ孫がそんなことを言っていたな。
大賢者たるもの姓がないのは格好がつかないとか何とか。
そんなものに興味はなかったから断ったが、あいつめ、俺が死んだ後に勝手につけたな。
「そうか。それは知らなかった。それで。その大賢者の子孫が何の祈願をしに行くというんだ?」
「よくぞ聞いてくれました! ご存知の通り、かつてイザヤ様が葬った大魔王は、死に際に新たな魔王の誕生を予言した、と伝えられています」
ああ、そういえばそうだったな。
そのためのマティアスは復興と一緒に自衛のための軍隊作り、それと俺らのような特異点の早期発見と育成のための機関を作ったはずだ。
「イザヤ様が没した400年経った今、予言通り魔王ソドムが現れ世界を再び混沌へと導こうとしています。始祖イザヤ様のように私も魔王討伐の旅へ出ようと思い立ち、この旅の成功を祈願しにはるばるやってきたのです!」
何やら握りこぶしを作って力説しているが、そもそもあの程度の魔獣に逃げ回るやつが魔王討伐などできるはずないだろうに。
緩いんじゃなく、完全に外れてしまっているみたいだな。我が子孫ながら嘆かわしい。
「そうか。しかし無駄足だったな。この先の祠にイザヤの遺体が安置されていたようだが、今はもうないぞ」
「ええ!? 何故それを? いえ、それよりも! イザヤ様のご遺体が無くなったってどういうことですか!? どこへ行ったんです!?」
「邪悪なネクロマンサーの手によって永久の眠りから無理やり起こされたらしい。術者はこの俺が始末したが、遺体の行方は分からん」
邪悪と言うにはあまりにくだらん理由で俺を起こしたやつだが、この娘にはこう言っておいた方が納得しそうだからな。
これで大人しく諦めてくれればいいんだが。
「なんですって!? ああ。そんな恐ろしい過ちを人が自ら行うなんて! これもきっと魔王のせいですね! やはり一刻も早く魔王を討伐しなければ行けないようです!!」
ダメだな……。
どうやら思い込んだら突き進むタイプらしい。
婆さんと一緒か。
そもそもあいつの行いが魔王のせいなら、それはそれで恐ろしいものがあるが、そんなわけないだろう。
「サーシャと言ったな。お前の考えは分かった。しかし、だ。お前は回復魔法が得意と言ったが、戦闘の方はからっきしだろう。そんなんでどうやって魔王を倒す気だ? 誰か宛があるのか?」
「ありません!」
偉そうに強く答えてるが、要は思い込みと勢いだけなのか。
このまま放っておけば、近い将来、魔獣の餌になるのが関の山だな。
「ありませんが、今となっては私がアルファード家唯一の後継者です。イザヤ様の名に連なる者として恥じぬ行いをせねばなりません。これは私の生まれながらに持った使命なのです!」
「ちょ、ちょっと待て! 唯一の後継者だと? 親は? 兄弟は? 他に親戚はいないのか!?」
あまりの発言に俺はうろたえてしまった。
この残念な頭の少女が俺の唯一の子孫だと?
もしこいつがどこかで野垂れ死にでもしたら、俺の血筋はこの世から消えてしまうというのか。
俺だけならいいが、婆さんの子孫が居なくなるなど許さんぞ。
「残念ながら、私の父も母も私を産んですぐに死んでしまいました。教会で聞かされた話によると、魔獣に殺されたとか」
サーシャは悲しそうな顔を浮かべながらゆっくりと語る。
「運良く生きのびた私は教会に引き取られ、大人になるまで育ててもらいました。兄弟は元々いませんし、親戚がいたら私は教会に引き取られなかったと思います」
参ったな。
親戚の方は未確定だが、少なくともこの少女をこのまま放っておく訳にはいかないようだ。
まぁ、死後400年も経てば分からんことも多いだろう。
案内役として傍に置くのも悪くない。
「しょうがない。俺がしばらくお前の護衛を任ってやろう。魔王討伐については別だぞ? あくまでお前の旅に同行してやるということまでだ」
「え!? いいんですか!?」
目を輝かせながら聞いてくるサーシャに俺は一度だけ頷く。
思えば婆さんのこの仕草に何度落とされたことか。
まるで若い頃の婆さんと旅に出るみたいで悪くない気分だ。