人材不足
「人材が足りない!」
屋敷の執務室で、俺はハッキリと告げた。
食料事情や安全性、それらは俺とメアがスキルを駆使することでどうにかなる。
しかし、それ以上発展させて富を築くには人材が必要だ。
「確かにそうですね。私とノクト様でできることには限界があります」
「その通りだ。今までは領内が荒れ果てて、大森林にロクな対策もできていなかったが今はもう違う。安定した食料供給だってできるし、家だって無傷のものもある。それにもうじき大森林側の防壁だって完成する。今の状態なら領民を呼び込むことは不可能じゃない」
大森林に近いというデメリットこそあるが、それを補う豊富な食料や拡大スキルによって作られた防壁がある。
これならちょっと魔物の危険があるけど、住むには悪くないと思えるはずだ……きっと。
あとは人がたくさん集まれば、しっかりとした街ができるはず。
「どうやって領民を集めます? もしかして、元領民を見つけて呼び戻すのですか?」
「流石に一度見捨てた領主の元に戻る者はいないだろう。呼び戻すつもりはない」
「そうですよね……」
ハッキリとそう告げると、期待の眼差しを向けていたメアがシュンとしてしまった。
俺も一緒に頑張っていた元領民と再スタートしたい気持ちはある。
だが、それは一度壊れてしまった関係だ。それを完全に修復してやっていくのは難しいだろう。
「一番は王都などの大きな街で募ることだが、今の状況で二人とも領内を離れるのは難しい。だから、行商人のラエルを頼ろうと思う」
「ラエルさんと言いますと、定期的にうちにやってきていた方ですよね?」
「ああ、そうだ。ラエルとは今月も末に取引をする約束をしている」
「ですが、その今の私たちのところにやってきてくれるでしょうか?」
俺の言葉を聞いて、メアがどこか言いづらそうに言った。
メアの懸念していることはわかる。
ビッグスモール領は魔物の襲撃を受けて、領主と長男が亡くなった。そして、次の領主である俺を見捨てて領民は逃亡してしまった。
普通の行商人であれば、ビッグスモール家に見切りをつけて取引に行かないだろう。
「金の切れ目が縁の切れ目。利がまったくなくなってしまったビッグスモール領に普通の商人はこないだろうな。ラエルもその商人の中に入るんだが、あいつは義理くらいは果たす男だ。俺が生き残っていることを知って、別れの言葉を告げにくる」
自分の利がないことには無頓着であるが、決して非道な男ではない。
小さな頃から顔を合わせて会話していたので、それくらいはわかる。
まあ、その予想が外れたらどうしようもないんだけどな。
「別れの言葉……」
「二人しかいないビッグスモール領に商売にきても、ラエルにとっては何の売り上げにもならないからな。だからこそ、そこで全力で売り込む。たった二人しかいなくても、利が出せるということを」
ラエルは、情で縋り付けば融通してくれるような甘い性格をしていない。
しかし、利に敏いがゆえに、確かな利が出ると感じればすぐに動いてくれる奴だ。
そのために交渉材料が必要。
「ノクト様が拡大した作物をたくさん売りつけるのですか?」
「それも方法の一つだけど拡大した作物を輸送するのは厳しいかな」
俺が付いていって、売り先で拡大するなら利益が出るかもしれないだろう。
しかし、それでは時間がかかる上に問題があって難しい。
かといって、トマトのように大きく拡大したものを運べば、馬車に載せられる商品が少なくなってしまう。
「では、どのような方法で利があることを示すのですか?」
「一番簡単なのは手元にある高価な物を拡大して売りつけることだな」
貴重な魔物の素材や宝石、鉱石類。それらを拡大すれば、莫大な利益が出るだろう。
「あ、あの、それでしたらお金を拡大するというのは……」
メアがおずおずと提案してくる。
それはもっとも簡単で楽に大金を稼げる方法だ。
「俺も最初にそれを考えたけど、貨幣は国の財産だから勝手に潰したりすれば犯罪になるんだ。少し程度やったところでバレないだろうけど、できるだけリスクは背負いたくない」
「そうだったのですね。知恵が回らず申し訳ありません」
「いや、こんなことは商人や貴族でもない限り知らないものだから。メアが提案してくれるのはすごくありがたいから、これからも遠慮なく言ってほしいな」
「わかりました。ありがとうございます」
一人で考えるにはどうしても限界がある。
第三者から意見してもらえるだけで、自分では気づかない側面に気づけたり、脳を活性化させることができるからな。
「それでノクト様は何を拡大されるおつもりですか? お金以外となると、屋敷にはあまり高価な物はありませんが……」
メアが不思議に思うのも当然だ。うちの領地はただでさえ魔物の被害に悩まされており、その対処に追われているのでロクに財産などない。
昔はあったみたいだが、防壁の修理や武具の買い付け、領民の生活保障などで消え去ってしまった。
今の屋敷には高価な宝石の一つすらない。だが、俺の手元になら一つだけある。
「俺のネックレスについている宝石を拡大して売る」
首にかけていたネックレスを外して見せる。
素朴なネックレスであるが、中央についている赤い宝石は見事だ。
拡大してやれば、それなりにいい値段がするだろう。この世界でも巨大な宝石というのは、それだけで価値がつく。
「ダメです! それはノクト様のお母様の形見じゃないですか!」
メアの言う通り、これは小さな頃に母がくれた大事なものだ。
だからこそ、今まで売らずにとっておいた。
「……そうだな。だけど、これが利益が出ると示すのに一番わかりやすいんだ」
中途半端なものではラエルが見切りをつけてしまう可能性がある。
その点、宝石はこれ以上なくわかりやすい代物だ。
「ですが、そんなのって……それではノクト様が……」
俺が大森林の魔物を余裕で倒せる力量ならば、素材をとってきて拡大できただろう。
近くにある鉱山について把握していれば、違う宝石や水晶を発掘して拡大できたかもしれない。
しかし、今の俺たちにそれはできないことだ。
最小の労力とリスクでできる物があるなら、俺はそれを選ぶ。
本音を言えば、売りたくはないがそうも言っていられない状況だ。
「……母さんの形見も大事だけど、それ以上に大事なのは俺たちの未来だからな」
この宝石を拡大して、ラエルにビッグスモール領での商売は利益があると思わせる。
そして、これを取引材料としてうちに来てくれる領民を連れてきてもらうんだ。
◆
それから俺たちは行商人であるラエルを待つことにした。
しかし、その間に何もしないなんてことはない。メアは少しでも畑を再生し、開墾して、俺はアースシールドを拡大してドンドンと防壁を築いていく。
ラエルが領地にやってきた際に、まだまだビッグスモール領は終わりではない。むしろ、これからが軌道に乗って、多くの人が集まる街が出来上がる。
そんな前向きな希望を少しでも抱いてほしいからだ。
そうやって末の日まで過ごしていると、俺の予想通りラエルが現われた。