筋力の拡大。そして……
魔法とスキルを酷使して倒れてしまった翌日。俺はメアと共に領地の畑にやってきていた。
「本当に体調は大丈夫なのですよね?」
「大丈夫だよ。しっかりと休んだのだからね。魔力も回復しているし、スキルの疲労も残っていないよ」
「とはいえ、また倒れられたら困るので今日は軽めでお願いしますね? 魔法の使用やスキルも最小限でお願いします」
「わかってるよ」
本当は魔法とスキルを使って防壁作りをしたかったのであるが、昨日ぶっ倒れるほどやってしまったのでメアが許してくれなかった。
さすがに迷惑をかけてしまった以上、メアの言う事に従うしかない。
無理をして倒れてしまっては結果的に作業に遅れも生じることだからな。
人間休むべきところは休むことがいいのだろう。
とはいえ、完全に休めるほど今の領地に余裕がある状態ではないので、今日は魔法やスキルをあまり使わない開墾作業だ。
メアとしては屋敷でゆっくり休んでいてほしかったらしく、俺が開墾をすることが不満のよう。
でも、それだけ俺のことを心配してくれているってことだよな。メアのそんな優しさが伝わってくるようで嬉しい。
「どうかしましたか?」
思わず頬を緩めていると、メアが小首を傾げて尋ねてくる。
「いや、何でも。それより、ここの土を掘り起こせばいいんだよね?」
「はい、この辺りの雑草や石は既に取り除いているのでお願いします」
「わかった」
メアから鍬を受け取った俺は、指定された土に向かって鍬を振り下ろす。
ザクッと音がして地面が抉れるが、深く掘れたような感触はない。
畑として使われていない場所なので土が硬いな。まあ、それを柔らかくしてやって作物を育てやすくしてあげるのが今の仕事だからな。
俺はドンドンと鍬を振り下ろして地面を起こしていく。
こういう単純な作業をしていると領地のことを色々考えないで済むので、気晴らしにもなっていいな。
なんて最初は呑気に思っていたが、鍬を振るい続けるにつれてそのような余裕はなくなってきた。
軽かった鍬が重くなって、地面を掘り起こす速度も緩慢になっていく。
鍬ってこんなに重かったっけ?
怠くなった両腕で重く感じる鍬を振り上げて、振り下ろす。
顔を上げて息を吐くと、俺よりも遥か前方でメアが鍬を振り下ろしているのが見えた。
メアは俺と違って畑仕事にも慣れているからか、華奢な身体ながらも堂に入ったフォームを見せる。土を掘り起こしていく速度も段違いだ。
俺も剣の稽古で身体を鍛えていたつもりではあるが、経験でここまでの差が出るとは。
メアの方が慣れているとはいえ、領主であり、男である俺が先にへばってロクに仕事もできないようでは情けない。
重く感じる鍬を縮小して……いや、それじゃあ鍬の重さも減ってしまって余分に力を込めるはめになる。
「だったら、俺の筋力を拡大してみるか?」
人体の筋肉であれば、前世の学校で習っているので大まかに頭に入っている。
全身の筋肉を意識しながら、その筋繊維が増大するように拡大をかけてみる。
すると、筋肉が少し盛り上がり、身体に力が湧いてきた。
試しに鍬を持ち上げてみるとかなり軽く、振り下ろすとしっかりと深くまで土を掘り起こすことができた。
「すごい! まるで【身体強化】スキルみたいだ!」
自分のものとは思えないパワーに驚きながらザックザックと鍬を振るっていく。
目の前にある硬い土がドンドンと柔らかくなっていくのがとても楽しい。
その上、筋力を拡大しているから鍬をいくら振るっても疲れることがないときた。今の俺なら無限に鍬を振るうことができる気がする。
筋力を拡大した俺は、そのままドンドンと土を掘り起こしていくのであった。
◆
「……ノクト様」
「はい」
「無茶はしないでくださいと言いましたよね?」
「……はい」
筋力拡大して鍬を振るっていた俺。
メアに言われた範囲の土を掘り起こしたまではよかった。
しかし、スキルを解除すると、拡大の影響で全身が筋肉痛のようになって動けなくなって倒れた。
お陰でこうして屋敷に運び込まれて、メアが頬を膨らませているのである。
昨日倒れて心配されたというのに、翌日も同じように倒れていたら彼女が怒るのも当然だな。
俺が逆の立場でも、何をしているんだと叱りつけたくなるし。
よくよく考えればこの結果になるのは当然だった。
拡大スキルで無理矢理筋力を増大させたことにより、パワーを発揮していたのである。
それはドーピングのようなもので、元に戻せば酷使された筋肉が悲鳴を上げるという結果が残る。
そのことを考えずに、俺はつまらない見栄と好奇心を発揮してしまった。
「なのに、どうしてまた倒れるようになるまでスキルを使ってしまうんですか? 私の言葉はまったくノクト様に響いていなかったのですか?」
普段はお淑やかなメアも今回の事件で不機嫌を露わにしている。
「いや、そんなことはないよ。ちょっと補助のために筋力を拡大してみただけなんだ。その反動を考えていなかっただけで、スキルを使い過ぎたわけじゃないよ」
「たとえ、そうでも昨日倒れたことを考慮して自重すべきです!」
言い訳をしようとすると、メアが正論をぶつけてくる。
「……まったくもってその通りでした。ごめんなさい」
それがあまりにも正しくて言い返すことのできない俺は素直に謝った。
すると、険しい表情をしていたメアに微笑みが戻る。
「ノクト様のお陰で領内は順調に回復してきているのですから、あまり無理はしないでくださいね」
「ああ、わかった」
この程度の筋力拡大だったから重度の筋肉痛で済んでいるが、もっと考えなしに使っていれば筋肉の断裂なども十分にあり得た。
筋力の拡大はドーピングなので、その辺りを十分に考えないといけないな。
「ごめん、メア。水をとってくれる?」
ベッドの傍にあるテーブルには水差しがあるが、全身が筋肉痛の今の状態では手を伸ばすのも辛い。
「しょうがないですね」
俺が頼むと、メアは水差しからコップに水を入れてくれる。
「はい、口をあけてください」
「え? いや、自分で飲めるんだけど?」
さすがにこの年齢になって、同い年の女の子に飲まされるのは恥ずかしい。
「筋肉痛で辛いんですよね? ノクト様にご無理をさせるわけにはいきませんから」
そんな俺の気持ちを知っているにも関わらず、メアはいつになく強気でそう言ってくる。
ここで否定すれば今日は介護してくれない可能性があるので、観念して口を開けるとメアがゆっくりと水を飲ませてくれた。
「もう少し飲まれますか?」
「……いや、もういい」
至近距離で尋ねられてしまって思わず顔を背ける。
もう喉の渇きなんてどうでもいいくらいに恥ずかしい。
「では、食事の用意をしてきますね。安心してください、ご飯も私が食べさせてあげますから」
あ、これは満足に動けない俺を見て楽しんでいるな。
にこにことしているメアを見て、そのことがよくわかった。
もう筋力拡大で無理はしない。そのことを強く誓おう。
メアが退出すると寝室で一人になる。
筋肉痛で動けないだけで、特に眠いというわけではない。
身体を動かすことができないので、今の自分にできるのは考えることだけ。
俺の授かった【拡大&縮小】は想像以上に使えるスキルだった。
物を大きくしたり、小さくするだけでなく、人やスキル、筋力といったあらゆるものに作用する。
そのお陰で領内の食料事情は改善に向かっているし、魔法と合わせることで安全性も高められている。
兄のような完全な戦闘スキルではないが使い方によっては戦闘にも使えるし、父のような支援役として力を発揮できる万能のスキルだ。外れスキルなどでは決してない。
ここ数日の検証結果を得て、俺はそう思えるほどに自信をつけていた。
「この事がもっと早くわかっていれば、逃げ出した領民もここに残っていてくれたんだろうか?」
そんなことを思ってしまったが、過ぎてしまった以上はどうにもならないことだった。