ベルデナの決意
「ノクト、ちょっといい?」
領民たちが動き出し、自分のできることをやろうとする俺をベルデナが呼び止めた。
ちょっと構ってもらいたい的な用事であれば、後にしてもらおうとしてもらったがベルデナの様子は真剣そのものであった。
「どうしたの?」
真面目な話だと察して俺は振り返る。
すると、ベルデナはすぐに何かを言うと思ったが口をつぐんだ。
小首を傾げると、ベルデナは落ち着かせるように大きく息を吐いて言う。
「ノクト、私を元の大きさに戻して」
「……え? でも、それはベルデナがいやなんじゃ……」
ベルデナに元の大きさに戻ってもらうことは当然考えた。
ベルデナは人間の大きさでも十分な強さであるが、恐らく巨人族の姿になればもっと強いだろう。
俺が拡大して作る石や投げ槍なんかも大きくなったベルデナが使えば、とんでもない威力になる。
あと単純に大きさという面で魔物は畏怖し、領民たちも頼もしさを覚えるだろう。
しかし、グレッグとリュゼと山に登った時、ベルデナは元の大きさに戻るのはいやだと言った。
せっかく皆と同じ身長になれたのにまた仲間外れになるからだと。
俺はベルデナのその気持ちがわかっているからこそ頼まなかった。
「うん、確かにそう言ったよ。皆との違いを見せつけられるのは嫌だし、怖いと思われて避けられるかもしれない。でも、それよりも大切な居場所や皆がなくなっちゃうことの方が怖いんだ。だから、私は精一杯の自分で戦いたい」
おそるおそる尋ねる俺の言葉に、ベルデナはハッキリと言った。
迷いのない真っ直ぐな彼女の目に吸い寄せられそうになる。
新しくやってきた領民の中にはベルデナが巨人族だって知らない人もいるだろう。急に大きくなって驚かれるかもしれない。
でも、ベルデナはそれよりも全力で領地を守りたいと言ってくれた。
ベルデナの覚悟のある言葉を前に、これ以上心配の声をかけるのは失礼だと思った。
「ありがとう、ベルデナ。それじゃあ、大きさを一時的に元に戻すよ」
「うん、お願い!」
俺がそう言うとベルデナはにっこりと笑って目を瞑る。
その時の顔が、まるでキスでも待っているかのように思えてドキドキしてしまったが、そんな邪念は振り払う。
「拡大」
ベルデナと最初に出会った時のことを思い出しながらスキルを発動。
すると、ベルデナの身体がぐんぐんと大きくなる。
あの夜よりも俺のことを信頼してくれているのか、スキルに対する抵抗は全くなくあっという間に巨人になった。
「大きくなったよ」
俺がそう声をかけると、ベルデナはゆっくりと目を開けて辺りを見回した。
まるで自分の世界を確かめるような。
そして、ベルデナは自分の手足を確かめるように見て無邪気に笑った。
「あはは、見慣れていたはずなのに何だか久し振り」
自分の抱いた感想がおかしかったのかベルデナは楽しそうに笑う。
大きくなったベルデナに気付いたのか、周囲で作業をしていた領民たちが驚きの声を上げる。
「うおお!? ベルデナが大きくなってんぞ!?」
「まさか、前線で戦う奴はノクト様のスキルで全員デカくされちまうのか!?」
それもいいかもしれない……と一瞬考えたが、身体に拡大を施すにはそれなりの信頼が必要だ。誰かれ構わず拡大できるわけでもない。
「さすがにそれはないだろう。あれはノクト様のスキルで元の大きさに戻っただけだ」
「は? 元の大きさ?」
「ベルデナは巨人族だからな」
「マジかよ!? 全然知らなかったわ。すげー!」
ベルデナが巨人族であったことを知って驚いている領民もいたが、畏れられるような反応はなかった。
これもベルデナの人気があってのことだろう。今のベルデナを知っている者からすれば、実は巨人族であったことを知っても恐れにはつながらない。
大きい彼女が何か酷いことをするようには思えないからな。
「ひっ、あぶねえだろッ!」
「うわっ、とと! ごめん! この大きさになるのが久し振りで歩幅を見誤っちゃった」
……身体の感覚が久し振りなのはわかるけど、領民を踏みつぶさないでね?
◆
大きくなったベルデナは元の大きさに慣れるため身体を動かしに消えたので、俺は領内の準備を確認しに回る。
「ノクト様、こんな感じでよろしいでしょうか?」
若い女性がナイフで削った枝をおずおずと見せてくる。
特になんてことのない枝の先端を尖らせたものだ。しかし、今はそれでいい。
女性から尖った枝を貰った俺は、それを地面に置いてスケールが大きくなるようにイメージして拡大を施す。
すると、ただの細長い尖った枝が投げ槍のようになった。
試しに持ち上げて人のいないところに投げてみると、しっかりと投げ槍は飛んでいって地面に刺さった。
いくら硬い表皮を持っているオークでも、防壁からこのような槍を投げつけられたらただでは済まないだろう。
さらにベルデナ専用のサイズに拡大してやれば、それはもうとんでもない威力になる。
きっと攻城兵器以上の破壊力が出るだろう。
「うん、大丈夫だね。こんな感じでドンドンと作っていって」
「はい!」
目を丸くしていた女性は驚きながらも次の枝をナイフで削っていく。
枝の先端を尖らせるくらいであれば領民の誰でもできるので、次々と尖った枝が出来上がっていく。
材料となる枝はメアを中心とした非力な若者や女性がせっせと集めてくれていた。
そして、俺は皆が作り上げた枝に次々と拡大を施して投げ槍にする。
既に五十本は出来上がっただろうか。
オークの群れを相手にするにはまだまだ心許ないが、襲撃を前に拡大するべき場所はたくさんある。
「俺は他の場所を回ってくるけど生産は続けてね。また後で戻ってくるから。それと何人かは安全な場所で投げ槍の練習もしておいてね」
「わかりました!」
防壁の上から投げつけるだけなので、それほどの練度は要らないと思うが、本番でやらせるよりずっといい。
石を集めたり、枝を集めて加工したり忙しいかもしれないが領地のためだ。
俺は領民たちにそのように言うと防壁に向かった。
◆
防壁の外にやってくると、そこではグレッグをはじめとする体力自慢の領民たちがスコップを手にしてせっせと地面を掘っていた。
「グレッグ、掘は順調?」
「はい、西側の方を中心に浅く掘っています」
グレッグの言う通り、領民たちは遠くでも掘っている。
俺の言う通り、浅く掘っているのであそこまでたどり着けたのだろう。
これを真面目に何メートルも掘っていたら何日という時間がかかるやら。
「ノクト様の言っていた通り、このくらいの浅さで問題ありませんか?」
「ちょっと試してみるから離れてくれるかい?」
「わかりました」
俺がそう言うと、グレッグと周りにいた領民たちが後ろに下がる。
「拡大」
俺は皆が浅く作ってくれた穴にスキルを発動。掘った場所に沿うようにひたすら深く穴を拡大すると、土がドンドンと凹んでいって深さ五メートルほどになった。
見事な掘といっても申し分のない出来に、グレッグをはじめとする領民が驚きの声を上げる。
やはり、枝の時といい確証のないままに作業を続けるのは不安だったのだろう。
オークの群れが襲ってくるかもしれない時に、浅くでいいから土を掘ってくれと言われると俺だって不安になる。
「うん、これくらいあればオークの足も止められるね」
「これくらいで大丈夫だそうだ! このまま壁に沿うように掘っていくぞ!」
「「おう!」」
グレッグの声に威勢よく応えて手を動かす男性たち。
範囲になったのは二十メートル程度か。アースシールドの拡大ほどではないけど、ちょっと疲れるな。
それでもこれが領地のためになるんだ。頑張っている皆に負けないように俺も頑張らないとな。
そうやって俺は、次々と必要な場所や物に拡大をかけていくのであった。