迎え入れる準備
生活必需品などを買い、拡大した宝石をいくつか渡すとラエルは旅立っていった。
今回は俺が急いでいることもあり、近くの街で宝石を売り捌いてくるようだ。
そして、その利益分を使って、ビッグスモール領にきてくれる人を連れてくるそうだ。
とはいっても、勿論奴隷ではない。
命じられて連れてこられた人ではなく、自らの意志でやってくる人と俺は一緒に領地を立て直したいのだ。
だから、ラエルには奴隷ではない人材に誘いをかけるように言ってある。
領民を誘致するべく俺が出した保証条件は三つある。
三か月の食料の保証。
中古ではあるが住み家の保証。
畑の保証。
食料に保証に関しては残っている畑の作物、メアと俺が育てた野菜なんかを拡大すれば、数百人の食料を賄うことは可能だ。
たとえ、それがなくてもやってきた領民が育てた作物を拡大してやることもできる。
住処に関しては元領民が住んでいた家を与えることができる。
勿論、魔物の被害のないきちんと住むことができる家だ。
ビッグスモール領では逃げ出した領民の家がたくさん残っている。やってくる人がそこに住んでしまえば、すぐに家を得ることができて安心できるし、新たに家を建てる必要もないので費用もかからないというわけだ。
そして、畑の保証は家と同様に元領民の使っていた畑だ。
大森林側には畑が多かったせいか家に比べると被害が多いが、すぐに耕せる畑はたくさん残っている。
こちらもそのまま与えて、領民に作物を育ててもらえればすぐに仕事ができる。
これらがビッグスモール領で保証できるメリットだ。
大森林の魔物に対する脅威はあるが、そこは防壁のお陰で緩和されるであろうが何ともいえない条件だ。
防壁があるから安心などとは言えないし、世の中に絶対などない。
この辺りのことも伝えてくれるようにラエルには頼んでいるが、結局のところはやってきてくれる人がデメリット以上のメリットを見出してくれるかだ。
まあ、こんな感じで人材に関してはラエルに任せる他ない。
その間に俺たちにできることは、やってきた人材が安心して生活できるように環境を整えることだ。
メアが畑の整理をする中、俺は大森林側を中心に防壁作業をする。
「アースシールド! 拡大!」
俺はアースシールドを作り、拡大することで少しでも多くの防壁を作る。
最初は拡大の調整に戸惑っていたが、何度も同じ大きさにすることで慣れてきた。
今では一回の拡大で、ピッタリの大きさに揃えることができる。
これでスキルを使用する際の負担も軽減された。
しかし、無理は禁物だ。また倒れることがないように無理のないペースでしないと。
次も倒れてしまうとどんな恥ずかしい仕打ちをメアに受けるかわからないからな。
「防壁もドンドンと増えたお陰か安心感が出てきたな」
自分の作った防壁を見上げながら呟く。
少ししか並んでいないと頼りなく、ただのオブジェのように思えたが、ズラリと並んでいる姿を見ると守られているような感じがする。
遠くまで見えていた山や空が見えなくなってしまうのは少し残念であるが、大森林からやってくるであろう魔物に怯えるよりはずっといい。
■
「今日は放置されていた民家を掃除するか」
「はい!」
防壁作業をやった次の日。
俺とメアは放置されていた民家を掃除しに、住宅地にきていた。
やってきてくれた人に、汚れた民家を与えては失礼だからな。
ほとんど掃除をしなくても、すぐに生活を始められるようにしてやりたい。
「それじゃ、まずはこの家を掃除するか」
「はい!」
掃除道具を手にした俺はメアと一緒に民家へと入っていく。
放置された民家は大きな家具こそ残っているものの、必要なものは全て持ち去られている。
生活感は残っているものの、どこか寂しさが漂っていた。
「……お前たちも俺と同じで捨てられたんだな」
中心に陣取っているテーブルに思わず声をかけてしまう。
領民に捨てられたしまった自分との境遇に共感してしまったからだ。
労わるようにテーブルをそっと撫でると、指が埃で汚れた。
表面についた埃をフッと息で払う。
家というものは人が住んで手入れをしてやらないとあっという間に汚れてしまうものだな。
「まだまだお前たちだっていけるよな。俺たちがすぐに掃除して、また人が住めるようにしてやるからな」
まだまだやれるのに捨てるなんて勿体ないし可哀想だからな。
「まずは窓や扉を開けて換気しないとな!」
「それならやりましたよ」
早速行動に移ろうとしたが、その作業は既にメアが終わらせていた。
「あっ、そう」
意気揚々としていただけに出鼻をくじかれた感が半端ない。
えっと換気をしたら、次は高いところから掃除をしていくんだったな。いや、でも、この家は一階建てだし、どこから掃除していくんだ? タンスの上とか壁からか?
「ノクト様、すいませんが大きな家具を縮小して外に出してもらえますか? その方が楽に掃除できそうなので」
「あ、ああっ、わかった」
俺が固まっていると、メアが見事な指示を出してくれるので素直に頷く。
さすがは屋敷で毎日掃除をしていただけあって、動きに迷いがない。
前世の記憶があるとはいえ、所詮は男の一人暮らし。最低限の掃除しかしていなかった俺がメイドであるメアと同じ働きができるはずもない。
ここはメアの指示に従っておくのがいいだろう。
「縮小」
室内にあるテーブルやイス、タンスなどの大きな家具に縮小をかけて小さくしてしまう。
手の平に乗せられるくらい小さくなったテーブルは、まるでミニチュアのようだ。
軽くなった家具を外に持っていく。
そのまま地面に置いておくと、後で踏んづけてしまいそうなので邪魔にならない程度の大きさに拡大しておいた。
「私は天井や壁を掃除していきますので、ノクト様には他の民家の換気と家具の持ち出しをお願いしていいですか?」
「わかった」
民家は屋敷のように広くはない。二人で天井や壁を掃除するより、役割を分担して済ましていく方が早いのだろう。
俺は即座に隣に民家に移って、扉と窓を開け放って同じように家具を外に持ち出す。
俺が三件目の家の換気をしていると、布巾を被ってマスクをしたメアが二件目の民家に入っていくのが見えた。
ええっ、もう一件目の天井と壁の掃除を終えたのか? 速いなっ!
これは急いでやっていかないと追いつかれてしまいそうだ。
俺はテキパキと家具に縮小をかけて、外に出していく。
それが終わったら、また近くにある民家に入って換気をひたすら繰り返す。
住宅地にある最後の家の家具の持ち出しを終えて休憩すると、メアが天井や壁を雑巾であっという間に叩いて出てくる。
「ノクト様、最初の民家から順番に掃き掃除をしていきましょう!」
「も、もうか?」
「これくらい屋敷のお掃除に比べれば緩いくらいですよ?」
確かに俺たちの住んでいる屋敷の方が階層もあるし、部屋のひとつひとつも遥かに広い。
さらには住民である俺たちの邪魔にならないように迅速に行う必要もある。
「……メイドって大変なんだな」
民家の掃除作業でへばる俺からすれば、遥かに難易度の高い掃除をこなしているメアに尊敬の念を抱かざるを得ない。
普段、何気なく過ごしていた裏では、これよりももっと過酷な労働があったんだな。
俺が気持ちよく過ごせていたのもメアたちが一所懸命働いてくれたお陰だ。
「少しでも大変さがわかって頂けて何よりです。さあ、次に行きますよ」
褒めてみたが、メアの厳しいテンポが緩むことはなかった。
■
「ふう、これなら人がやってきてもすぐに住めますね」
「そ、そうだな」
満足げに言うメアと、ぐったりとした俺の呟き。
メアの指示通りに従って掃除し続けた結果、住宅地にある民家は人が住むのに十分な清潔さを取り戻していた。むしろ、綺麗になり過ぎて新築かと思うレベル。
慣れない作業をしたせいか疲れはあるものの、ここまで綺麗になった民家を見ると吹き飛ぶようだった。達成感というやつなんだろうな。
「やってくる人には今後の生活で不自由を強いることがあるかもしれないが、俺たちなりの歓迎の気持ちが伝わるといいな」
領民たちの居心地のいい領地を作ってあげたい。彼らの居場所足りえる場所に。
「きっと、伝わりますよ」
優しい笑みと共に呟かれたメアの言葉が、風に乗って消えていった。




