行商人ラエル
メアとスキルを使って畑の作物を育てていると、遠くから小さな幌馬車が近付いてきた。
「ノクト様! あれってラエルさんですよね!?」
「うん、そうだね」
御者席で手綱を引いている金髪の優しげな男は間違いなくラエルだ。
その傍らには見慣れない少女がちょこんと座っているが、恐らく新しく雇ったお手伝いだろう。
俺たちが手を振ってみると、ラエルは笑みを浮かべて軽く手を上げる。
隣に座っている少女は大森林側にそびえ立つ防壁が気になっているようでポカンとした表情をしており、ラエルに小突かれて慌てて会釈をした。
まあ、何もない田舎領地にあのような巨大な防壁があれば驚いてしまうのも無理はない。
馬車は俺たちの傍までやってくるとゆっくりと停車し、ラエルと少女は御者席から降りてきた。
「ノクト様、メアさん、お久しぶりです」
ラエルは俺たちに視線を向けると、優しげな笑みを浮かべて挨拶をしてくる。
「お久しぶりです、ラエルさん」
「やあ、ラエル。久し振りだな。隣にいる少女は新人かい?」
「ええ、ノクト様とメアさんにご紹介しますね。私の手伝いをしてくれているピコです」
「ピコと申します! ラエルさんの商売のお手伝いをしています!」
ラエルに紹介されたピコという少女は、緊張しながらも元気に名乗った。
多分、年齢は俺より少し下の十二歳くらいだろう。
まだあまり経験がないからだろうか。緊張気味な様子が微笑ましい。
「そうか。ラエルには昔から世話になっている。今後もよろしく頼むぞ」
「え? あ、はい!」
敢えて今後もと頼むと、ピコはつまった様子を見せながらも取り繕うように返事した。
どうやらラエルは俺とメアが懸念していた通りのことを考えていたらしい。ラエルが少し苦い表情をしていた。
本来ならば、本題に入る前にそのような態度を見せるべきではないと思うが、まだ場数が足りないのだろ
う。
「ピコ、私とノクト様は少し話をするから、メアさんに商品をお見せしてあげなさい」
「わ、わかりました! では、商品をお見せしますね。何か不足しているものはありますか?」
「そうですね。調味料や衣類を中心に見たいですね」
ラエルにそう言われて、ピコとメアが馬車の方に向かっていく。
「……お前みたいに表情を取り繕うのが上手いわけじゃないんだな」
「一緒に旅をしてまだ二週間ほどですからね。機転が利いたり、算術が得意ではあるのですが、そういうところはまだまだです」
となると、別れを告げると同時に貴族である俺と会話をさせて経験を積ませる目的もあったのかもしれないな。
「それよりもノクト様、領地のことは旅の途中で耳にしましたが、本当にラザフォード様とウィスハルト様は……」
「ああ、大森林からやってきたオークと戦って死んでしまったよ」
「そうですか。それは本当に残念でなりません。お墓があれば、お参りをしたいのですがよろしいでしょうか?」
ラエルは父や兄とも懇意にしていた。
墓参りをしてくれるならば是非ともしてもらいたい。その方が皆も喜ぶだろう。
「屋敷の裏山に建ててある。少し歩くことになるがいいかい?」
「勿論です」
ラエルがしっかりと頷くのを確認し、俺たちは屋敷の裏山に向かった。
◆
父たちの墓にたどり着くと、ラエルは道端で摘んだ花と、馬車に載せていたお酒をお供えした。
そして、膝をついて静かに手を合わせる。
しばらくしてからラエルはゆっくりと立ち上がった。
「わざわざありがとう」
「いえ、お二人には大変お世話になりましたから、これくらいは当然です」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
父や兄のことをしっかりと覚えており、お参りまでしてくれる人がいるだけで十分だ。
「……しかし、ノクト様も大変でしたね」
ホッとしながら墓石を眺めていると、ラエルが本題に切り込んでくる。
二人しか住民がいない領地を見れば、旅の途中で耳にした噂が本当だということはわかるだろう。
「まさか、スキルを獲得している間に父と兄が亡くなり、翌日にはメア以外の領民が逃げ出したときた。踏んだり蹴ったりとはこの事を言うのだろうね」
「……ノクト様は、今後はどうなさるおつもりなのですか?」
「領主としてビッグスモール領を立て直すさ」
「本当にたった二人できるとでも?」
ラエルの疑問も当然だった。こんな田舎領地をたった二人で立て直せるはずがない。
しかし、それは俺がスキルを獲得する前ならばだ。
「今の俺とメアならできる。大森林の方にそびえ立っている防壁がその証拠だ」
問いかけてくるラエルに俺は遠くにある巨大な防壁を指さす。
「……ここにやってくる際に目にして驚きましたよ。ビッグスモール領に王都のような城壁がそびえ立っているのですから。あれは一体、どのようにして作ったのです?」
「獲得したスキルの力だよ」
「――っ! スキルであのようなものが?」
さすがの答えに普段はあまり表情を出さないラエルが強い驚きをみせた。
魔物の襲撃で壊滅的な打撃を受けたビッグスモール領が、あのような巨大な防壁を作る暇もお金もないことは容易に想像ができる。
であれば、その不可能を可能にするのは魔法もしくは、スキルということになる。
スキルならば、そのような不可能を可能にすることもあり得るからだ。
ラエルに俺たちの有益性を売り込むのならば今だ。
「なあ、ラエル。いい儲け話があるんだが話だけでも聞いてみないか?」
「……話を聞くだけでしたら無料ですしね。お聞きしましょう」
「俺が神殿で授かったスキルは【拡大&縮小】といってあらゆる物を大きくし、小さくすることができる」
「【拡大&縮小】ですか? 二つの効果があるスキルでしょうか? 聞いたことがありませんね。ですが、それで納得しました。あの防壁はアースシールドを拡大したものなのですね?」
スキルの効果を聞いて、すぐにここまで推測できるとはやはり頭の回転が速い。
「そういうことだ。俺はこのスキルを使って高価な素材を拡大してやろうと思う。そう、たとえば、このネックレスについている宝石なんかを」
俺はそう言って首にかけていたネックレスを外す。
そして、中央にある宝石を外してしまい、赤い宝石に手をかざす。
「拡大」
俺がスキルを発動させると、小粒ほどの宝石が拳ほどの大きさに拡大された。
拡大された宝石を前にして、ラエルが目を丸くする。
こいつがこんな風に驚く姿は何年ぶりだろうか。驚かせるのが楽しくて仕方がない。
「触ってみるか?」
「え、ええ、お願いします」
拡大した宝石を渡すとラエルはおそるおそる受け取り、まじまじとそれを観察する。
「拡大された影響で品質が劣化するようなことはないよ」
「そ、そのようですね」
小さな宝石が一瞬にして大きくなれば疑いたくなるのも無理はない。スキルの力でなければ、詐欺の類かと疑いたくなる。
「ノクト様のスキルはいつまで保つのでしょう?」
「まだ獲得して一週間程度だから何とも言えないが、俺が解除しない限り永続的なものだと思う。試しにスキルを施した道具を放置しているが、一週間経過しても大きさが元に戻るようなことはなかった」
「なるほど……」
拡大した物体が元に戻ったことはない。こういうスキルの場合は大抵永続的な効果のあるものだと思われる。
「拡大した宝石を売り捌く。どうだ? 利益の出る商売だと思わないか?」
「永続的なものか、他の宝石でも拡大できるのか、加工しても問題ないのか……様々な懸念点はありますが、それがクリアされるとなると莫大な利益が出ますね」
拡大した宝石を売り捌くことを考えているのか、ラエルが顎に手を当てて考え込む。
確かに他の宝石や水晶なんかを拡大しても問題ないのか、加工することができるのか。そこまで検証はできていないな。
さすがは商売人だけあって、様々なケースを考えているようだ。
「俺はスキルで拡大した商品をラエルに売り捌いてもらいたいと思っている」
「……見返りはなんでしょうか?」
さすがは行商人。相手の話をすぐに理解してくれて非常に助かる。
「売り捌いた利益をこちらに払うことだな」
「当然ですね。割合はどのくらい?」
ラエルが真剣な表情で尋ねてくる。
「五割は欲しいと思っている」
「もう少し何とかなりませんか?」
半分も分捕られるとさすがにキツいか。宝石なら莫大な利益が出るので問題ないと思うが、高価な宝石がそうポンポンと売れるわけでもないか。
「しょうがない。じゃあ、四割にしよう。その代わり、俺の領地に人材を連れてきてほしい。できれば村人だけでなく、鍛冶師といった職人もだ」
「人材を連れてくるのにもそれなりの条件や費用は必要なのですが……」
「条件は後程纏めたものを出す。費用は俺に渡すお金を使ってくれても構わない。勿論、限度はあるがな」
「承知しました」
「後は継続的にうちの領地に商売にくることだな」
「それは勿論です。ノクト様とは今後も良いお付き合いをしていきたいですから」
この儲け話を聞くまでは、見限るつもりだっただろうによく言う。
しかし、商売人との繋がりとはそんなものだ。
「俺から提示する条件は以上だが、問題はあるか?」
「ありません」
「じゃあ、交渉成立ということで」
俺が手を差し出すと、ラエルがにっこりと微笑みながら手を握った。
とりあえず、これで人材に関しては問題ないだろう。
ラエルとの交渉が上手くいったことに俺はひとまず安心した。
「ところで、宝石を売るのであれば別の宝石にしませんか?」
「え?」
「それはお母様の形見ですよね? さすがにそれを売るのは心苦しいですから。代わりに私が持っている宝石に拡大をかけて頂けたらと」
どうやらラエルもこのネックレスが母の形見だと知っていたようだ。
ラエルの優しさに心が温かくなる。
「すまない、助かる」
「宝石の代金は利益から差し引いておきますので」
感動して思わず涙ぐみそうになった俺だが、ラエルの余計な一言で霧散した。
「おい、そこは代金いらないと言うのがカッコ良さだろう?」
「そのようなカッコ良さなどクソくらえです」
ラエルの守銭奴なところも相変わらずだな。
まったく、俺の感動を返して欲しい気分だった。