プロローグ 外れスキル
「次の者、こちらへ」
「はい」
神殿のスキルの間にて、神殿騎士に呼ばれた俺は返事をして前に出る。
「名前は?」
「ノクト=ビッグスモールです」
淡々とした問いに答えると、神殿騎士は紙に俺の名前を記した。
俺の名はノクト=ビッグスモール。
前世では日本というところで社畜をしており、若くして死亡したのであるが、気が付いたら異世界の貴族の息子に転生していた。
異世界系の小説なんかをかじっている人であれば、優雅な貴族ライフを送れる勝ち組だなんて思うかもしれないが、我がビッグスモール領は土地の広さしか誇れないような田舎で、凶悪な魔物が多く生息している大森林と隣接している。
それ故にうちの領地は何度も魔物の被害を出しており、領主である父と僅かな領民でそれを退けているという状況だ。
しかし、そのような状態が長く続くわけもなく、うちの領地はすでに限界を迎えている。
そんな時に領主の息子である俺が十五歳となり、成人を迎えることになった。
この世界では成人年齢になると、神殿で神様よりスキルというものが与えられる。
【剣術】【身体強化】【魔力向上】【再生】などなど、それは人によって様々で時に絶大なる恩恵をもたらす。
大森林によって魔物の被害に悩まされているうちの領地では当然、戦闘スキルを求められているわけで、領地の希望となる俺は【剣術】【身体強化】といった戦闘スキルを求めている。
それらのスキルがあれば、父や兄、村人と協力して魔物を撃退もできるかもしれない。
あるいは【剣聖】【賢者】といったレアスキルや、組み合わせのいいスキルを複数獲得すれば討伐に赴いて開拓をすることができるかもしれない。
大森林は誰の手も入っていない未開拓地。いわば、手つかずの自然なので開拓できれば大きな利益を上げられるはずだ。
そういうわけで、俺は父や領民の期待を背負って神殿にやってきているのである。
なんとしてでも戦闘スキルを手に入れなければ。
「では、あの魔術陣に入るように」
「はい」
神殿騎士に促されて、俺はスキルの間の中央にある大きな魔法陣の中に入る。
「神様に成人できたことの喜びを真摯に祈りなさい。さすれば、スキルが授与されるはずです」
神殿騎士が静かに告げると、俺は言われた通りに今日まで生きてこられたことに感謝する。
日本で生きていた頃は神様に感謝することなど形だけのものだったが、転生者として再び生を受け、スキルというものを授けてくれる存在がいるので今では心から信じている。
地球の神か、この世界の神かは知らないが、一度失った命であるにもかかわらず、こうしてまた命を与えてくれたことに感謝の念が絶えない。
願わくば、領地を救うために俺に戦えるスキルを与えてください。
心の中で祈っていると、不意に自分の身体が淡く光った。
その光が消失すると、頭の中にスキルが浮かんでくる。
【拡大&縮小】
それが神様より授かった俺のスキルなのだと魂が理解した。
拡大&縮小? これは一つのスキルなのか? 二つスキルを授かったということなのだろうか?
「無事にスキルを授かったようだな。こちらの鑑定水晶に手をかざしなさい」
神殿はスキルを管理しており、授かったスキルを申告するのは義務だ。
戸惑いの気持ちを抑えきれないものの、ひとまず義務を果たすために差し出された透明の水晶に手を乗せる。
すると、そこには先程頭の中に浮かび上がったものと同じ【拡大&縮小】というスキル名が水晶に表示された。
「【拡大&縮小】……二つのスキルがセットになったものか。珍しいな」
「これは一体どのようなスキルなんでしょう?」
恐らく、これは俺の欲しがっているような戦闘スキルではない。
そんな嫌な予感をヒシヒシと感じていたが尋ねずにはいられなかった。
「【拡大】という物を大きくする単体スキルがある。ということは、これは物を大きくしたり、小さくすることのできるスキルなのだろう」
「つ、つまり、これは戦闘スキルでは……」
「ないだろうな」
神殿騎士にハッキリと言われてしまい俺は絶望した。
父や領民も窮地を打開するような戦闘スキルを求めていたというのに、俺はそれを授かることができなかった。
領地を出発する際に笑顔で見送ってくれた村人や、期待の言葉をかけてくれた父や兄の顔。それらが浮かんでは消えていく。
俺は皆から戦闘スキルを授かることを期待されていた。なのに戦闘スキルではない物を大きくしたり、小さくするだけの外れスキルを獲得してしまった。
一体、どんな顔をして領地に戻ればいいのかわからない。
「まあ、このスキルも使いようによっては便利かもしれない。悲嘆することなく精進するように。では、次の者」
神殿騎士は慣れたように慰めの声をかけると、次の業務へと取り掛かる。
そう、戦闘スキルやレアスキルを渇望し、それが得られないというのはありふれた話。
この世界ではどこにでもあるような光景なのである。
◆
王都の神殿にてスキルを授かった俺は馬車で領地に戻った。
当然うちのような貧乏領地に自家用の馬車などはないし、お供をつけるような余裕はないので乗り合いの馬車だ。
いつもはそれが恥ずかしかったが、今はそれが嬉しかった。
一体、どんな顔をして領地に戻ればいいのか。
どうやって父や兄、そして領民と話せばいいかわからなかったからだ。
外れスキルを獲得してしまい呆然としながら馬車に揺られること一週間。
俺は領地のすぐ傍まで帰ってきていた。
しかし、今の俺の心中は晴れやかだ。
王都から領地までの旅路が一週間あったお陰か、なんとか心を持ち直すことができたのである。
人間ずっと落ち込んではいられないもの。一週間という時間は良くも悪くも俺に気持ちを整理する時間を与えてくれた。
戦闘スキルを獲得できなかったのは確かに痛いが、それは仕方のないこと。この世の中で望んだスキルを獲得できる者などほとんどいない。
たとえ、戦闘スキルでなくてもスキルはスキルだ。あの神殿騎士が言ってくれたように使い方を模索して、領地に貢献すればいいのだ。
まだ具体的な使い道を考えてはいないが、それは皆と一緒に考えればいい。
そう思って領地にたどり着いた俺が見た光景は、ボロボロになった民家と浮浪者のような姿をした村人である。
「……こ、これは一体?」
悲惨な領地を目の当たりにして驚いていると、暗い顔をしていた村人が大声を上げる。
「ノクト様だ! ノクト様が戻られたぞ!」
「俺たちの希望だ!」
村人が声を上げると、どこかに隠れていたのかたくさんの村人が集まってくる。
その顔つきはどれもやつれており、尋常ではない状態であった。
集まってきた村人が口々に言葉をかけてくるせいで、何を言っているのかよくわからない。
「皆さん! ノクト様が驚いておられます、ひとまず落ち着いてください!」
群がってくる村人を一喝してくれたのは、うちの屋敷で働いてくれている執事のジョーゼフだ。
オールバックにした白髪を香油で固め、パリッとした執事服を着こなす老齢とも思えない彼であるが、珍しく髪は乱れ、表情にはやつれのようなものがあった。
「ノクト様、まずは無事に帰還してくださったことを喜ばしく思います」
「ああ、出迎え感謝するよ。それで、この状況は一体どういうことなんだい? どうして領地がこのように荒れ果てて……」
俺が疑問を口にすると、ジョーゼフだけでなく村人も暗い顔をした。
「魔物の襲撃でございます。大森林より、多くの魔物が領地に攻め入ってきました」
「――っ!! そうか、それでこのような惨状に。それで父上と兄上は?」
父は【指揮】という、同じく戦う仲間の身体能力を引き上げることができるスキルを所持していた。
兄は【剣術】で類まれな剣術で魔物を葬り去ることのできるスキルを所持していた。
有事の際は父が的確な指示を送りながらスキルで領民を強化し、兄が魔物相手に怯むことなく道を切り開いていた。
そんな頼りになる二人がいるからこそ、領民たちは付いてくることができた。
たとえ、領地が魔物の被害に遭おうと父と兄がいれば立て直せる。
しかし、ジョーゼフの口から漏れた次の言葉は、俺の希望を粉々にした。
「領主であるラザフォード様と長男であるウィスハルト様は魔物との交戦によりお亡くなりなられました」
「……なんだって」
俺たちの希望である父と兄が死亡した。
その事実は俺が外れスキルを獲得したことよりも遥かに重い絶望であった。
今までこの過酷な領地でやってこられたのは、父と兄がいてこそだ。
それが無くなった今、この領地の状態は非常にまずい。
「ラザフォード様とウィスハルト様がお亡くなりになった今、次の領主は次男であるノクト様ということになります」
ジョーゼフの続く言葉と共に高まる緊張と期待。
この時、ジョーゼフや領民たちが俺の戦闘スキルを渇望しているのだと嫌でもわからされた。
「ノクト様、王都でどのようなスキルを獲得されたのでしょう?」
ジョーゼフがその言葉を発すると、領民たちの期待にこもった眼差しが強く向けられる。
「……すまない、俺が授かったのは父や兄上のような戦闘に役立てるスキルではなかった」
俺がその言葉を発した瞬間、ジョーゼフと領民たちの表情は絶望に包まれた。
「そ、そうですか……」
ジョーゼフや領民から向けられる期待外れの視線。
一週間という時間の長さで覚悟を決めていたつもりだが、予想以上に応える仕打ちだった。
「すまない、俺は疲れたので屋敷に戻る」
領地の希望であり、家族であった父と兄が死んでしまった。
その情報は外れスキルを獲得して失望される以上に、俺の心を抉ったのだった。
しかし、俺の絶望はそれで終わることがなかった。
翌日、家臣や領民の全員が領地から逃げ出したのである。