第九話:新しい街へ!
嵐のような午前が終わり、マイは一人自室で一息つく。
「それにしても痛かったなぁ~」
ジャンに斬られた感覚が、不思議と胸に残っているのだ。もちろん、現実世界の自分の体を見ても傷跡一つないのだが、思わず服を脱いで確認してしまう。
「それにしても、全然成長しないな~」
ペタペタと自分の情けない胸を触りながら、落ち込むマイなのであった。
遅めの昼食を済ませベットに横になる。しっかりとトイレ休憩もした。余念はない。
「準備完了!ログイン!」
あれからジャンと別れた後、マイはポチとルドルフを連れて見慣れた洞窟の部屋まで戻ってきていた。既にマイのホームと化したこの場所であるが、洞窟の奥まった場所に位置しており、入り口のドアも暗闇で見えにくいため、滅多に他のプレイヤーが入ってくることはない。まぁ、マイが部屋に入っている時は重しを置いて開かないようにしているため、関係ないことではあるのだが。
「今日は何をしようかな~?♪」
鼻歌まじりに、これからの方針を考えるマイ。何気なくプレイヤー情報を開くと、マイのステータスは以前見たときよりも異様なほど更新されていたことに気づく。
プレイヤー名:未設定
レベル:1
ジョブ:調教師Lv2
HP:100
MP:30
攻撃力:5
防御力:3
魔力:5
素早さ:2
器用さ:3
知力:4
運:3
スキル:モンスター召喚Lv32 MP回復小 モンスター合成Lv1
称号:モンスターハウスの覇者 生粋の召喚士 ウォーウルフの神 洞窟の覇王
「えええ!なんか凄い増えてる!」
相変わらず自身のレベルは1のままなのだが、そんなことには目もくれず、獲得した称号の数に驚くマイ。
(モンスター合成ってなんだろう?…あ!)
昨晩、キチガイのように召喚マラソンをしていた際に新たなスキルを獲得していたことを思い出す。そして試しにと、ポチとルドルフに向かってスキルを発動してみるのであった。
「ポチとルドルフを…合成!」
二匹の狼が不思議な光によって、まるで引力が生じたかのように二つの姿が重なろうとする。やがて目を覆うほどの眩い光が交錯し、思わず目をつむるマイ。
「…っ!」
ゆっくりと目を開くと、そこには一匹の狼がマイの方を向いて座ってた。
「ゥワフ!」
「あ…れ? ポチ? ルド…ルフ?」
いま目の前にいるのは、ポチなのか、それともルドルフなのか。判別する要素はない。
呆気にとられたマイは目をパチパチさせながら辺りを見渡すが、他に狼らしきモンスターはいなかった。
「え、合成すると一匹になっちゃうの!?」
ここで初めて、どちらか一方が消えてなくなってしまったことに気づくマイ。
「また、一人ぼっちになっちゃったね…ごめんねポチ…」
残った狼をポチとすることにしたマイは、そっと近寄る。も、やっぱり噛まれそうになるので下がる。
(せっかくお友達ができたのに…)
まるで自分のことのように悲しむマイの共感能力は伊達ではない。
かといって、昨晩のような召喚ラッシュをする気にもなれなかったので、どうしようかとマイは悩んだのであった。
「うーむ…。ポチはどうしたい?」
相も変わらず威嚇してくるポチに、マイは尋ねる。当然、ポチが人間の言葉を話せるはずもなく、威嚇を続けている。
「モンスターも話せたらいいのにね」
ふと、何気なく呟いたマイ。
「……」
もうお気づきだろうか。マイはとんでもない可能性を思いついてしまったのである。
「!!!!!!」
マイは早速ドアの重しをどかし、ポチに向かって言う。
「行くよポチ!!おしゃべりできるモンスターを捜しに!!!」
「はぁ?」と首を傾げる狼ちゃんなのであった。
始まりの街とは反対方向に洞窟を出たマイとポチは、会話ができるモンスターの情報を求めて街を目指した。
しばらく道なりに歩いていると、草陰からモンスターが飛び出してきたり、上空からいきなり攻撃をしかけてくるモンスターに出くわすが、それらはポチの姿を見るやいなや、あれよあれよと尻尾を巻いて退散してく。
「らくちん、らくちん~♪」
現在のポチのレベルは35。さらにマイは知らないが、ルドルフとの合成により威嚇スキルのレベルも上昇していた。この周囲で出現するモンスターにしてみれば、魔獣と化したポチにケンカを売るのは自殺行為と同じである。
エリアボスは何というか、もはや可哀想だった。いらないシステムのせいで逃走することができない上に、狭い空間である。目を見ただけで殺されそうなポチの眼光に、ボスのプライドは瞬く間にズタズタにされ、逃げ場のない空間で必死に駆け回って逃げようとするも、素早さSSランクのポチから逃れられるはずはない。しまいには失禁して、見逃して欲しいと懇願するも、ポチに容赦なく首元をかみちぎれられ、あっけなく絶命したのであった。
「ナイス、ポチ!!あとでご褒美あげるからね~」
モンスターを使役しての戦闘は実はこれが初めてだったマイにとって、これが普通の戦い方なのだと、いらぬ知識を得たのは言うまでもない。
そして当のポチは、久々に対峙したであろう相手があっけなく死んでしまったことに物足りなさを感じていたが、マイの言葉にまんざらでもない様子を見せていた。
「ポチが好きなお菓子ってなんだろう? やっぱりビーフジャーキーとかかなぁ」
次に訪れた街でポチに食べられそうなお菓子があったら、真っ先に買ってあげようと思ったマイなのであった。
貿易港湾都市<マリンポート>に到着したのは、それから30分ほどした時だった。
「街だー!!」
始まりの街以上に人が溢れかえっている光景に、マイの目はキラキラと輝く。
そんな期待の眼差しにウキウキしているマイとは裏腹に、レッドネームの存在に気が付いた周りの反応は冷え切っていた。
「ちっ…」
「おいおい、レッドネームなんて初めて見たぜ」
「なにあれ、かわいい~!」
「おい、あれ<アンノウン>じゃね? 何でこっちの方まで来てんだ…?」
だがそんなことはお構いなしに、ずんずんと街の中央まで歩いていくマイ。まるでマイの進行方向が勝手に開くように、プレイヤーたちが身を引いて道を作るのであった。
「なんかちょっとした有名人になった気分!」
実際に有名人になっているのだが、そういうものなのかと納得したマイは、レッドカーペットの上を歩くハリウッド女優のように手を振るのであった。
「そうだ!ポチのご褒美!」
しばらく優越感に浸っていたマイだが、そういえば次の街に着いたらまず道具屋に行くんだった、と思い出し、方向を変えて足早に店を探すことにする。
「ここら辺かな〜?」
広間から階段を降り、暫く歩いたところで商店街のような開けた場所に出る。お目当ての道具屋はすぐに見つかり、マイは早速入店する。
「こんにちは!狼用のおやつって売ってますか?」
マイはいつだって本気である。一瞬頭に?マークを浮かべた店長だが、マイがレッドネームであることに気づくと慌ててこう言った。
「で、出てけ!この疫病神が!!」
「え?」
酒場での出来事を思い出したマイは、途端に嫌な気分に逆戻りした。
「お前らなんかに売れるものなんてない!さっさと消えな!」
もの凄い剣幕でまくし立てる店長に、思わず後ずさりながら店を出るマイ。始まりの街では普通に回復薬を買えた経験から、ここでも平気だろうと思っていたのだが、そうではなかったのだった。
(うーん。これじゃあおやつが買えないなぁ…)
だがこれが二度目であったからだろうか、マイは引きずることなく、次の方法を模索するほどにメンタルが成長しつつあった。
「よし!別のお店も当たってみよう!」
全てはポチを喜ばせるため。マイは力強く捜索を続けたのであった。
「全滅かぁ…!」
数分後。ひとしきり店らしき店を巡ったマイだったが、ほとんどがプレイヤーが経営している店で門前払いされてしまったのであった。NPCの経営する店はあるにはあったが、残念なことにそこにはめぼしい物は売っていなかった。
とぼとぼと首を垂れてベンチに座るマイ。歩き疲れたのもあり、ログアウトしようか一瞬迷ったが、最後に寄ってない店があることを思い出す。
「確か、こっちの方だったっけ…?」
商店街から一本路地に入り、そこからさらに歩いて少し奥まった場所に目的の店ーー<メリン・ポプキンの店>はあった。
少々怪し気な雰囲気の漂う外観であったこと、何の店か一見して分からなかったことから、何となく避けた店であった。
「お、お邪魔しま〜す…」
ゆっくりとドアを開けると、カランコロンと来客があったことを告げる鐘が鳴る。その音に多少ビクつきながらも、マイは店の中へと入った。
店の中を見渡すと、瓶詰めされた丸い玉やモンスターの剥製と思われる模型など、歪な形をした見慣れぬアイテムがそこかしこに棚に並べられている。中には「触るなキケン」と書かれたプレートや、失敗作と思われるガラクタも置いてあった。試しにウニョウニョと蠢く謎の発光体を触ろうとマイが手を伸ばすと、突然ドアの開く音がしたので、思わず手を引っ込める。
「…あら、いらっしゃい」
ドアを開けた人物は、ボロボロになった白衣を着た20代と思われる女性プレイヤーだった。髪はボサボサで不潔感があったが、出で立ちはスラッと高く縦に伸び、マイとは正反対の見事なプロポーションをしている。
マイの来店に気だるそうに対応する女性は、頭をぽりぽりと掻きながらカウンター“の上に”座る。
「何をお探し? 冒険者さ・ん?」
「あ、あの〜。ここは一体…」
入店したことを早くも後悔しそうになるマイだったが、もう他に見る店が無かったので仕方なく女性に尋ねる。
「私はここで手作りの創作アイテムを売ってるイザベラよ。例えばそうねぇ…」
イザベラと名乗る女性プレイヤーは、そう言いながら手元にあったダイヤ型のアクセサリーを手に持つ。
「これは<マスター・シークレット>っていうアイテムで、一定時間自分の姿を消すことができるアイテムなの。ま、まだ試作品段階ではあるんだけど」
イザベラは脚を組み直し、指先でつまんだそれをくるくると回転させながら説明する。その様子を不思議そうに眺めるマイに、今度はイザベラの方から質問する。
「それにしてもこの辺では見ない顔ねえ。ちいさくて汚い。まるで捨てられた人形のよう…」
それに…と、マイの頭上に表示された名前を見て、イザベラはふっと小さく口角を上げる。
「それで? 有名人がこの店に何の用かしら?」
イザベラは<マスター・シークレット>を元あった場所に戻したかと思うと、カウンターからすっと降り、ずいっとマイの近くまで顔を近づける。イザベラからは砂糖を焦がしたような甘い香りが漂ってくる。その匂いに心臓がドクドクするのをマイは感じた。
「あの、お友達の…なんですけど。えっと、いつも頑張ってくれてるから、その子にプレゼントをあげたくて…」
思わずしどろもどろになりながら、マイは来店した理由を説明する。
「ふふ、なぁ〜んだ。可愛いとこあるじゃない」
マイから顔を話したイザベラは、カツカツとヒールの音を立てながら「う〜ん。これかな」と棚を物色し、その中からあるアイテムを取り出す。
「これなんてどうかしら?」
そういって、紫色に発光した液体の入った小瓶をマイに手渡す。
「これは…?」
「惚れ薬」
「ほれ…?」
「媚薬のことよ?知らない? 一滴垂らして飲ませるだけで、どんな男だってイチコロよ? こ〜んなふ・う・に」
フウ〜、とマイの耳元で息を吹きかける。
「ひゃわわ!!や、やめてください!! それにイチコロだなんて、ポチが死んじゃったら困ります!」
「あら、そう?」
残念そうに口を尖らせ、イザベラは今度は別のアイテムをマイに渡す。
「今度はなんですか?」
「拘束具」
「こう…え?」
「こうやって手足を縛って動けないようにすれば…ほら、生殺しでしょ?」
実際にマイの手首を掴んで試そうとするので、マイは全力でそれを振り払おうとする。だが攻撃力たった5のマイにとってそれは無理難題である。瞬く間に手足を拘束され達磨になったマイは床に倒れた。
「手足のどれかに引っ掛けるだけで、あとは自動的に拘束してくれるの。なかなか便利でしょ?」
「ムグッ!ウ"ゥーー!!」
必死に声を上げるマイ。だが口を猿ぐつわで固定された状態では言葉にならないのであった。
「これでもない、となると…」
「ぷはぁ!なっ、いきなり何するんですかっ!!」
何とか拘束具から逃れ、立ち上がるマイ。
「あ、これこれ、これなんかどう?♪」
「いいです、もう帰ります!」
完全にイザベラのモルモットとなっていることに気がついたマイは、関わってはいけないと思い、出入り口の方向へ向かう。
「これならどんなモンスターでもメロメロになっちゃうわよ?」
ドアノブに手をかけて今にも出ようとしたマイの耳に、その言葉が刺さる。思わず振り返ると、ツナ缶のようなアイテムを、わざと見せつけるようにチラつかせるイザベラがいた。
「そ、それ…!それください!!」
ずっと探していた念願のものがあったことに驚いたマイは、イザベラの手にあるそのアイテムを迷わずひったくる。
「あらあら、がっついちゃって。ふふ」
「あの!これ、いくらですか!?」
エリアボスを討伐した報酬としていくらかお金を手に入れていたマイは、高額であることをやや心配しつつも尋ねる。無論、どんな手段を使ってでも代金を稼いでくるつもりではあったが…
「そうねぇ。色々遊ばせてもらったから…、おまけで400Gでいいわよ?」
その金額であれば十分所持金で足りる金額であった。
「ありがとう!お姉さん大好き!」
イザベラに抱きつき、最大級の感謝を述べるマイ。そしてその足でポチの元へ戻ろうと勢いよく店を出たのであった。
「そう言えばその<ジャンキーズ・フード>なんだけど、ちょっと副作用が…。って、あらあら。もう行っちゃった」
話の途中で居なくなってしまったマイに、「お友達ってモンスターのことだったのね」と笑うイザベラなのであった。
「ポチーー!!」
ツナ缶、もとい<ジャンキーズ・フード>を振り回しながら猛ダッシュで街をでたマイは、早速ポチの元へ行き、街での戦果を報告する。
「これは、いつも頑張ってくれてるポチへの特別なご褒美、なんだからね?」
いつでも食べられると思わないでよ?、とあえてもったいぶらせてから、缶の蓋に手をかけ…ようとして一旦その手を止めたマイは、
「その前に、お手!」
マイは祖母の家で犬を飼っていた経験があったので知っているのだ。ご褒美は特別でないといけないこと。それも、良い行いをした時にだけご褒美をあげることで、良いことをすれば良いことがある、と覚えさせることができるということを。
「ポチ、お手だよ!お手をするときは、こうするの」
マイは自分の手をポチの手に見立てて、実演してみる。だがそのようにプログラムされていないモンスターに、芸を理解できるはずもなく。
「あぶなっ!!」
案の定、噛まれそうになってしまうマイであった。
「これは手を焼きそうだね…。仕方ない!今日はいいや!」
文字通り、本当に手を焼かれそうになる前に諦めたマイは、缶を開けようと蓋に手をかけ、カチっと音を立てる。
「!!」
その直後、なぜか突然、ポチが雄叫びをあげマイに向かって一直線に突進してくるではなかろうか。
「え。ポチ!? どうしたの急に!? ってえええええ!!!」
ズドン、とみぞおちに体当たりを食らったマイは、思わず持っていた<ジャンキーズ・フード>を地面に落としてしまう。するとポチは狂ったようにガフガフと鼻息を荒げ、缶めがけて噛み付いたのであった。
「なになになに!?」
一心不乱に缶の中身を貪るポチの姿に、マイは呆気にとられて立ち尽くすしかなかった。
「ま、まぁ喜んでくれて何より…?」
一先ず書き溜めてあったものは全て吐き出しました!今後は不定期(できるだけ一日一ページを目標に)更新していきますので、どうぞコメント、レビュー、高評価お願いします!!
初日なのに日間ランク80位!ありがとうございます!