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第八話:はじめての決闘

街の外に出たかと思うと、ジャンは手を離し何やら指先を器用に動かしている。その表情は真剣そのものであり、熟練のプレイヤーを呈していた。


「こ、こんな誰もいないところに連れてきて…ど、どうするつもりなんですか!」


マイは困惑していた。まだ知り合って間もない異性に急に告白をされ、あまつさえ手を握られて逃走劇が始まったのである。だが同時に、知らない男の人に付いていっては危ない目に遭う、と母からは口を酸っぱく教え込まれていたため、一抹の不安もあった。


「今からPvPの申請をする。<アンノウン>。今から俺と決闘しろ!」


「へ?」


思いもよらないジャンの言葉に、マイの目は点になった。


(え、これって怖い人達から助けてくれたんじゃなかったの?それか悪い人だから危ないところに連れてこられたんじゃなかったの? どういうこと? え?え?)


「言っておくが、この申請を拒否する道はない。いまここで俺と決闘しPKから足を洗うか、それとも高額の賞金がかかったまま一生逃げ続けるか…。どっちが良いなんてわかるよな?」


そのどれもが間違いであったことに、今やっと気がつくマイ。


「ま、まってください!まだ状況がよく分からなくて…」


(決闘? 足を洗う…?)


単語自体は聞きなれなかったが、だがジャンの言いたいことはマイには分かっていた。自分はこの男から勝負を持ち込まれたのだと。それはつまり…。


(ゲームっぽくなってきたぁああ!!)


「ふっ…私に勝てるのかしら?」


全てを理解して調子に乗ったマイはふっと鼻で笑うと、ジャンを挑発する。自分がレベル1の最弱であること、さらに相手が熟練のプレイヤーであることは、もはやマイには眼中になかった。


「くっ…!それは、承諾したと受け取っていいんだな?」


先ほどまでとまるで人格が変わった少女に、ジャンは思わずたじろぐ。

ジャンからすれば明らかに装備だけを見れば相手は格下も格下。羽虫当然である。だが不敵に挑発してくるこの少女が、何か強大なパワーを持っているのではないか、何か特殊なチートスキルを持っているのではないかと疑ってしまうのは、数多の死線を潜り抜けて培った、まさに野生の勘だった。


「このボタンを押せばいいんだよね? いいよ、やってあげるよ。売られたケンカは無条件で買うってのが私の信条なんでね…!」


どこかの漫画の主人公のようなセリフを言いながら、マイは決闘を受諾する。何度も言うがジャンは知らない。目の前にいる少女が紛れもない最弱最低のクソ雑魚であることを。


「くっ…いいだろう。ここでお前に勝ち、仲間の仇を討つまでだ!!」


「仲間?…あ~あの人ね。なかなかだったけど、私にしてみれば良く頑張った方だと思うよ」


マイはジャンの仲間のことなど一切知らないはずなのだが、このシチュエーションがたまらなく面白かったので、さも当たり前のように知った振りをする。ノリノリである。


「う、うをおおおおおお!!!」


5秒のカウントダウンが合図を告げる。その数字が0になった瞬間、ジャンは大剣を構え、一直線にマイに向かって突っ込んでゆく。その頭は完全に血が昇っていた。


「きゃあああ!!!」


刃物を持って血相を変えて向かってくる大男に、ここでやっと初めてマイは本気であることを知る。なんだかんだ言って、女の子に本気で暴力をふるおうとする大人がいるとは微塵も思わなかったからである。だがここは現実の世界ではない。殺るか殺らないかの殺伐としたゲームの世界なのだ。


ザシュッ!!


ジャンが放った釼先は、袈裟斬りの如く何の抵抗もなく胸元まで深々と抉り、マイの体からは斜めに血が噴き出す。


「ぎゃああああ!!!!」


「え?」


この時一番驚いたのはジャンである。いや、マイかもしれない。


「いだい…いだいよぉおお…」


何の抵抗もなく初撃が通用してしまったジャン。


「お、お前!痛覚設定オフにしてないのかよ!ば、バカじゃないのか!?死ぬ気かよ!!」


マイのHPゲージはみるみると無くなり、あと数ミリを残して辛うじて生き残っていた。


「死ぬぅ…死んじゃう…いだいいいい」


噓偽りなく血を流しながらのたうち回るマイを見て、「やってしまった」とやっとここでマイが正真正銘のバカでアホなゲーム初心者であることを知ったジャン。


「す、すまなかった…。てっきりお前が熟練のプレイヤーかと…」


「ひぐっ…だからいっだのに…ひどいよおぉ…!」


ジャンはすぐさまインベントリから回復薬を取り出し、マイの口に流し込む。


「んぐ…んぐ…ぷはぁ」


マイのHPが急速に回復し、傷が完全に癒えてゆく。だが、服についた血の跡だけは残らない。「そうだ」とマイは思い出した。自分が賞金首になっていたのは誤算だったが、当初の目的は賞金首を討伐しお金を稼ぎ、新しい新品のかわいい洋服に着替えるためだったのだ。


「また服が!もう許さない…!許さないんだからね!」


痛みが無くなった途端マイは冷静になり、冷静にふつふつと怒りが湧いてきたのである。


「わ、悪かったって…まさかそんな…」


必死に弁明しようとするジャン。そのジャンにキッと鋭い眼光でにらみつけるマイ。二度も大事な服を汚されてしまった、そのことが何よりも許せなかったのだ。


「ポチ!ルドルフ! 集合!!」


そう少女が叫ぶと、どこからか狼の雄叫びが聞こえてきた。と思った瞬間、少女の周りを取り囲むように二匹の狼モンスター<ウォー・ウルフ>が姿を現したではないか。


「なっ!!」


突如として現れた二体のモンスターに、思わずたじろいでしまうジャン。それもよく見ればパーティーメンバーをものの数秒で壊滅させた、あの憎き<スプリット・ケルベロス>ではないか。


「よーしよしよしよし。ちゃんと呼んだら来てくれるいい子でちゅね~」


手をわしゃわしゃさせながら、少女はニコニコと化け物狼二匹をあやす。それも赤ちゃんをあやすように。


「やはりお前が飼い主だったのか…」


「そうだよー。かわいいでしょ?」


そのあまりにも異様な光景に、ジャンは全てを理解した。


「ねぇ見て見て! ポチ、お手! ほらね、かわいいでしょ?」


ほらねといいながらも手は出さない。ジャンにはこの少女が何をしたいのか理解できなかった。


「お前、調教師だな? それも、お前自体はさほどレベルが高くない。そうだろ?」


二匹を警戒しながらジャンはマイに尋ねる。


「うんそうだけど。おじ…お兄さんは何で知ってるの?」


「頼むからそれ以上間違えないでくれ。これでもまだ20代なんだ。心が折れる…」


「ごめんごめん、つい…」


「調教師はかなりレアな職業だ。一般的なテイマーと違って、いつでも大量にモンスターを召喚できるのが強力なメリットだが、召喚直後はレベルが1のため育成の手間がかかる」


頼んだつもりはなかったが、ジャンはマイのジョブについて詳細に教えてくれる。

恐らく、現実のジャンは真面目な人間なのだろう。


「へぇ~。そうなんだね!全然知らなかった!」


「自分のジョブくらい把握しておけよ…はぁ」


チュートリアルをスキップしたマイにとって、自分で見て聞いたものだけが真実であり、それが全てである。


「じゃあ、ていまー?っていうのは、召喚したら最初から強いの?」


「逆にテイマーは召喚できるスキルを持っていない。文字通り、モンスターをテイム(捕獲)することでモンスターを使役することができる。その場合、戦ったモンスターのレベルがそのまま引き継がれる。だから、強いモンスターほど強力な仲間として使役することができるようだ」


「なるほど…」


話の半分ほどは理解できたマイだが、一つ気になったことがある。


「あの、ジャンお兄さん。私、この子たちに嫌われてるのかなぁ。もっと仲良くなりたいのに…」


二匹の狼に手を伸ばそうとする度に噛みつかれそうになるマイを見て、ジャンはため息をつく。


「はぁ…。それはお前のレベルが低いからだ。調教師のレベルが高いほど召喚したモンスターは主人の言うことを聞くようになるんだが。その様子だと完全にナメられてるな」


「……」


そんな理由があったなんて…。マイは、しゅんとなって落ち込んだ。


「じゃあさじゃあさ、どうやったらそのジョブレベルっていうのは上がるの?」


「ジョブによって様々だな。俺はクルセイダーだが、死地を何度も戦い抜いたことでレベルが上がっている。残念ながら調教師に関してはまだ情報が少ないみたいだな」


「そんなぁ…」


情報がない。その言葉を聞いてさらに落ち込んだマイであったが、裏を返せば前人未到の挑戦が待っているということに気がついたマイは、まだまだこのゲームを楽しめることに途端にワクワクしたのであった。


「まぁ、ここで考えててもしょうがないよね! それでお兄さんどうする?このままポチ達と戦う?」


おしゃべりはこれでおしまい。と戦闘態勢に戻るマイ。


「いいや、流石にその二匹を俺一人で相手するのは荷が重いな。今回ばかりは降参させてもらおう」


そう言ってジャンは大剣を鞘に戻し、両手を上げる。


「そっか。無抵抗の相手に攻撃するほど嫌いなことはないからね。いいよ、見逃してあげる!」


「はは…恩に着る」


自分より遥かに格下の相手に見逃されることに、少しイラッとしたジャンであったが、今もなお威嚇し続ける二匹の化け物モンスターを目にして、賢明な判断だと言わざるを得ない。


「ゲームって楽しいね!また機会があったら勝負しよう、次は負けないからね!」


こうしてマイの始めてのPvPは、ジャンの降伏宣言で終えたのであった。だがマイの最後の一言に、心の底から「なんだかなぁ」と思うジャンなのであった。



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