第七話:一流の賞金ハンターを目指して
「おっかね~♪ おっかね~♪」
新たな目標ができたことで小躍りしながら道具屋を後にしたマイだが、先ほどよりも街にいるプレイヤーの数が少ないことに気づく。
「何かあったのかな? ま、いっか」
そんなことに気を回すよりも、今は賞金首を見つけることが先決と思ったマイは、その原因がまさか自分であるとは夢にも思わなかった。と、その時だった。
「あだぁ!」
建物の角を曲がろうとしたとき、同じく曲がろうとしたであろう人物と出会い頭にぶつかってしまう。圧倒的に身長の低いマイは思わず尻餅をついた。
「いててて…」
「す、すまん…立てるか?」
見上げるとそこには大柄な男性プレイヤーがおり、尻餅をついたマイに手を差し伸べていた。
(お父さん以外の男の人とこうやって手を繋ぐの初めてだなぁ…)
そのベタベタなシチュエーションに、心の中はピュアな16歳女子は、ちょっとドキドキしたのである。
「あ、だ!大丈夫です!こちらこそかたじけない!」
だが現在のマイの目標は賞金稼ぎである。そして何事も形から入るタイプのマイは、既に心も完全なハンターとなっていたため、ナメられてはいけないと、意味不明のセリフを言いながら自力で立ち上がる。
「そ、そうか。いや、悪かったな」
「おじ…おにいさんは賞金首さんですか?」
立ち上がった直後にそんなことを聞かれた男は、「はぁ?」と首を傾げる。同時に年下の女の子におじさんだと思われたことに傷つく。
「違うならよいのだ!さらばっ!」
そう言って去って行こうとする少女に、男は思わず引き留める。
「おいおい、まてって!」
「…なんですか?」
まるで用無しだと言わんばかりに、興味のない視線を送りながら男を見つめ返す少女。
「そんな不審者を見るような目で見るなよ…」
「このご時世なんだから、見ず知らずの人、特に男性には注意しなさいってお母さんに言われてますから」
母親の献身的な教育の賜物である。だが、今回は目的が違うようであった。
「別にとって食おうってわけじゃないさ。お前さんもしかして、賞金首を探してるんじゃないかと思ってな」
男の言葉に「なぜばれた!?」と目を見開くマイ。数秒前に自分で言った言葉でさえ覚えていないほど、彼女の記憶力は乏しかった。
「実は俺もある賞金首を探していてな。ほら、例のやつだよ。俺のパーティーはあいつにやられちまったのさ」
そう男は言うと、拳を強く握りしめ怒りを露わにする。
「例の…」
マイは皆目見当がつかなかったが、ナメられてはいけないと思い、神妙な面持ちで知っている振りをした。
「お前さんプレイヤーキラーだろ?それに服もボロボロだ…。誰がお前をそんな修羅の道に引き込んだかは知らんが、やつを狙ってるならはやめておいた方がいい」
そうマイに忠告し、立ち去ろうと男は踵を返す。
「あ、まってください!」
思わずマイは呼び止める。
(この人なら、賞金稼ぎのやり方を知ってるかもしれない…!)
「なんだ?」
「こ、この街には最近来たばかりで…ま、まだ良く知らないんだ、ですよ。なので、どこに行けば賞金首さんがいるか、その…教えてくれませんか?」
カタコトの外国人でさえもっと上手く話せるであろう、珍妙な言葉遣いでマイは男に尋ねた。
「はぁ?プレイヤーは最初にこの街でスタートするんだから…はぁ。まぁいい。この先に酒場があって、そこで賞金首討伐のクエストが受けられる。だが、忠告だけはしておく。まだ若いんだから命だけは粗末にするなよ」
そう言って男は今度こそ本当に行ってしまった。
「あ、ありがとうございます!」
その背中に精一杯のお礼を言い、マイは教えてくれた酒場へと向かった。
「ここが酒場か…!」
以前、マイが最初に街を散策した際に、お酒を飲む人が集まる大人の店、と判断した場所であった。
「よーっし!たのもーー!!」
道場破りのようなセリフで勢い良く店の中に入る。店内はざわざわと大勢の人でにぎわっており、そこかしこで酒や料理が運ばれ、豪快に食事を楽しむプレイヤーであふれていた。
「すっごーーい!」
その様子をキラキラとした目で見渡すマイは、なんだか大人の階段を一つ登った気になった。
(大人だけじゃないんだなぁ)
中には自分と同じかそれよりも身長の低いプレイヤーがいるのに気づいたマイは、少しだけ安心感を覚える。マイは目当ての賞金首の情報がないか、店をぐるりと回った。
「あ!」
カウンターの隣にある壁に「クエスト掲示板」と書かれており、そのさらに端っこに小さく「賞金首討伐依頼」と書かれたスペースがあった。
(ふむふむ、なかなか良い商売だね!)
賞金首とは言わばプレイヤーキラーのことを指し、プレイヤーが他のプレイヤーをキルした回数により賞金額が増えていく。賞金額を設定されたプレイヤーキラーは賞金首となり、討伐依頼対象となる。依頼者のほとんどは街や村の首長であり、名目上は「健全なゲーム進行を害する悪人退治」ということのようである。
賞金額はピンキリで、最低設定額は1000G。最高ランクの賞金首になると、5万Gという破格の賞金がかけられる。マイは当然の如く一攫千金を狙おうと、始まりの街周辺の最高賞金額が提示された依頼書を手に取るが、そこに書かれている情報を見てその手が止まってしまう。
「あーーー!!??なんで私が賞金首に!?!?」
依頼書に書かれていたのは、マイの顔と身体的特徴、そして賞金額である32000Gという文字であった。
「私いつの間に悪人になってたの!?悪いことなんてしてないのにーー!」
すぐさま自分の討伐依頼書を持ってカウンターへ行く。
「ちょっとこれ!どういうことなの!?」
その声が思った以上に大きかったのか、酒場にいたプレイヤー全員がその声の主であるマイを見る。あれほど煩かった場所が、一瞬にして静寂へと変わった。
「おい、レッドネームだぞ…」
「あぁ。なんでこんなところにいるんだ?」
「もしかしてあれ、自分の討伐依頼書なんじゃ…?もっと高額にしろってか?…けっ!」
「でもよく見てみろよ、初期装備なくせにしかも武器すら持ってねーんじゃないか?」
「マジだぜコイツ、完全に俺らのことナメてやがる!」
「…やっちまうか?」
「いや、ここでケンカはご法度だ。バレないように尾行して、街の外に出た瞬間に…」
「あぁ…そうしよう」
周囲ではひそひそと噂が流れ始める。だが恐らくこの中の誰も知らないだろう。マイが実際はプレイヤーレベル1の雑魚であることを。ちなにみレッドネームとは、プレイヤーキラーのことである。
「何の用だ?ここはレッドネームがくる場所じゃねぇ」
カウンターの中でグラスを拭きながら、酒場のマスターらしき人物が凄む。
「レッドネームとかキラキラネームとか分かんないけどさ!なんで勝手に賞金首にされてるの!」
ブフゥと誰かが吹く音がしたが、マイの耳には入らない。
「それはお前が良く知ってるだろ、プレイヤーキラーさんよ」
「犯罪者なんかじゃない!だって私このゲーム初心者だもん!昨日始めたばっかだもん!」
マスターとマイの会話を静かに聞いていた周りのプレイヤーは、「おいおい、たった二日で賞金首トップとかマジかよ…」とどよめき始める。
「なるほど、とんだ腕前の持ち主ってことか。それともチートか?」
「チート?」
「とぼけるのもいい加減にしろ!お前みたいな奴が野ざらしにされてるから、俺たちプレイヤーはロクに攻略できねぇんだよ!キルペナ緩すぎんだろ運営さんよぉ!」
そうだそうだ!とマスターの言い分に周りも同調する。
「デスペナとかうんえーとか、そんなの知らないもん!マイは生まれて一回も悪いことしたことないもん!」
無知ゆえの罪であることを知らないマイは、必死に弁明する。
「おい、この馬鹿をとっととつまみ出せ!」
「マイだって、好きで賞金首になったんじゃないもん!いやだいやだ!」
知らないところで想定外の事態が起きていたことに、マイは困惑する。いや、それ以上に他人からここまで批判されたことがなかったマイにとって、嫌われ者になったことが何よりも悔しかったし、認めたくなかった。
「うるせぇ!二度と来るんじゃねぇ!」
「ごめんなさい…!ごめん、なさぁいぃ…ひぐ!パパが、パパがいなくなっちゃたのは…マイが、マイが…うぅ。うわあぁぁあああ…」
「っ!」
突如泣き始めた謎のレッドネーム。それは賞金首トップの正体とは思えないほど弱弱しいものだった。先頭を切って非難したマスターだけでなく、周りのプレイヤーでさえも「大人げなくやりすぎたな」と同情する空気に変わり始めたのである。むしろ人違いだったのではないかと疑う者もではじめた。
「そこまでにしてやってくれ、マスター。こいつは俺がここに行くように案内したんだ」
「ジャン…」
突如現れたジャンと呼ばれた大柄の男は、そっと優しくマイの肩を持つ。
「おじ…じゃなかった。さっきのお兄さん…?」
そう、彼は先ほど街角でマイとぶつかった男だったのである。ジャンはマイと別れた後、彼女の様子が気になったので顔を出してみたら、正体不明の極悪賞金首<アンノウン>その本人だったのだから驚きである。
<アンノウン>とは、マイが名称未設定のままプレイをしていたので呼び名が必要ということになり、どこからともなく作られたあだ名だった。
「まさかお前が<アンノウン>だったとはな…。まさかとは思ったが、もっと早く気がつくべきだった」
「<アンノウン>?私そんな名前じゃないよ?」
「お前が何者かは興味がない。俺はお前をずっと探していたんだ」
(えっ…?ずっと私を探してた…?)
突然の告白に、思わず心臓が破れるんじゃないかと思うほどドキドキするマイ。そういう意味ではないとマイ以外の誰もが知っているのだが、彼女の心を読めるわけではないのでツッコミようがなかった。
「<アンノウン>。今から少し俺に付き合ってもらうぞ!」
ジャンはそう言うなり突然マイの手を握ったと思えば、強引に酒場の出口へと引っ張っていく。
(俺に…付き合って…って?え? えええええ??!?!)
酒場を出た二人は街の外へ向かってゆく。マイはジャンに連れられるまま、思いがけずこの状況を少し楽しんでいた。いや、かなり楽しんでいた。
(なになに、この胸キュンな展開!? やだ、みんなに見られてるよぉ…!キャーー!!)
周囲からしてみれば大柄な男プレイヤーが、小柄な女プレイヤーを無理やり連れ回すかなり怪しいシチュエーションである。だが、男プレイヤーからしたら仲間の仇であり、女プレイヤーからすればさながら恋愛ドラマのヒロインなのだった。