第六話:久しぶりの街へ!
「どうしたのマイ!?」
「おかーさんおはよ〜」
翌日。マイは目の下にパンダもビックリな大きなくまを作り、リビングで盛大に披露していた。
「あんたもしかして、昨日一日中ゲームしてたの!?」
「うん! でも、すっごい楽しかった!」
「楽しかったってあんた…。…はぁ。何となくこんなことになる気はしてたけども…」
ニコニコ顔で食パンを頬張るマイに、これは何を言ってもダメだと悟った母なのであった。
「まぁ、今日から夏休みでよかったわほんと」
「流石にそうじゃなかったらゲームなんかで夜更かしなんてしてないよー」
「それはどうだか」
えへへ、と誤魔化すマイであったが、時間を忘れるほどあのゲームを楽しんでいたのは間違いない。今日からは少し気をつけようと思ったマイなのであった。
普段より遅めの朝食を終え、自室に戻ったマイ。さっそくヘッドギアを被り、<クラフト・オンライン>にログインする。
まだ不慣れな浮遊感を感じながら、昨晩ログアウトした洞窟奥の部屋に降り立った。
「やっほー!ただいま狼ちゃんたち!」
最上位クラスの個体値を持つ、レベル1の狼二匹に挨拶をするマイ。だが当たり前だが返事はない。狼二匹は、一定の間隔を保ちながらただ無表情で座っている。
「まだ緊張してるのかな? ふふ」
威嚇のスキル同士が相殺された、ある意味バグが発生している状態なのだが、マイはあさっての方向で現状を解釈していた。
「あ、もしかして気まずい雰囲気…? 私ったらお邪魔だったかしら!? やだもー!」
狼モンスターにオスとメスの区別はないのだが、マイの妄想を止められる者は誰一人としていない。マイは二匹から距離をとり、しばらく様子を見ることにした。
すると何気なく狼の片割れが、もう一匹の方へとスタスタと近づいてゆく。
「あっ!ポチが動いた! え~見ちゃいけないのに…!」
そこで、もう一匹の狼に名前を決めていないことに気がつく。
(ポチの相方は…うーん、よし!ルドルフにしよう!)
見た目は完全にトナカイではないのだが、その場のフィーリングである。マイはもう一匹の名前をルドルフと決めた。
ルドルフの方へとにゆっくりと近づいていくポチだったが。
「ドキドキ…!」
ルドルフには一切目もくれず、部屋の隅へと進んでいったかと思えば、あくびを一つしてうたた寝を始めてしまった。
「なんだぁ」
ロマンチックな出来事を期待していたマイは、それ以上二匹の観察はやめて、今後のことについて考えようと思ったのであった。
ポチの友達を見つける、という最初の目的を達成したマイは、きっと半分くらいはこのゲームを攻略しつくしただろうと思っていた。あとの半分が何なのかはマイ自身にも分かってはいない。だが、そこでふと自分の右肩の痛みがまだ残っていることに気がつく。
(一旦街に戻ろうかな…)
もう随分と慣れてきた痛みの感覚であるが、このままずっと痛むのはマイにとっても本位ではない。街に戻って回復薬を買うことに決めたのだが、
「またモンスターに襲われたら怖いなぁ…あ、そうだ!!」
マイの思いつきは良い方向には向かないことは実証済みである。だが何度も言うが止められる者は誰一人としていないのである。
ほぼ全ステータスがSSランクの化け物狼二匹を連れ、マイは無事洞窟の入り口まで戻ってきていた。
「やっぱり、どんなモンスターもポチとルドルフを見たら逃げちゃったよ!作戦成功!」
前方にポチ、後方にルドルフという最強の布陣に、本丸であるマイに近づけるモンスターなぞ一匹たりともいなかったのであった。だが、そんな二匹に挟まれたマイ自身が、ちょっぴり漏れそうなほど恐怖を感じていたのは言うまでもない。
一人と二匹はそのまま道なりに進み、街との境界線までやってきた。だが突然、二匹は見えない壁に拒まれるかのように、その先へと進むことができなくなっていた。
「モンスターは街の中には入れないのかぁ。まぁそんなことしたら街中がパニックになっちゃうから迷惑だよね! よし、ここまでこれば私一人でも大丈夫だから、大人しくここで留守番頼むね!」
最強格のモンスター2匹を、大通りの街道のど真ん中に放置する時点で、初期プレイヤー泣かせの大迷惑な行為なのだが、そこには一切考えが及ばないのがマイである。
「じゃあ行ってくるねー!」
そう言って二匹に手を振り、マイは久しぶりの始まりの街へと入ってゆく。その後間もなくして、何も知らずに二匹を討伐しようとした初心者プレイヤーが無慈悲にキルされたのは言うまでもない。
マイはまだレベル1にも関わらず、プレイヤーキラーとなったのである。
「回復薬は確か道具屋さんにあったよね!」
以前一度だけ訪問した時の記憶を頼りに、路地を歩いていく。さほど道は入り組んでいないため、すぐに目当ての店を見つけることができた。
「こんにちは!回復薬ください!」
「いらっしゃい!…て、お嬢ちゃん大丈夫か!?」
威勢よく入店してきた客がいたと思ったら、その少女は肩から血をダラダラと流していて、それでいてヘラヘラしていたら誰だって驚く。道具屋の店長も例外ではなかった。
「あなたが店長さん?」
「お、おう。ちょっと待ってろ、いま薬持ってきてやるからな」
「お願いしまーす!」
そそくさと回復薬を探しに行く店長の背中に、マイは好感触を抱いていた。
(たくましい体だなぁ…きっと凄腕のプレイヤーなんだね)
<クラフト・オンライン>はその名前の通り、あらゆる物をクリエイトできる機能が備わっているので、生産職と呼ばれるジョブが存在する。その中には武器だけでなく、マジックアイテムなどの消耗品を生産することに特化したプレイヤーも存在し、自前の店を持っているプレイヤーも少なくはない。
だが、プレイヤーとNPCを見分ける知識を持たないマイにとって、街にいる人間は全て自分と同じようなプレイヤーなのであった。ちなみにその見分け方であるが、一般的なプレイヤーは青い文字で名前が表示され、NPCであれば白い文字である。
「待たせたなお嬢ちゃん」
しばらくして一本の青い液体の入った小瓶を店長は持ってきてくれた。
「ありがと!あと、私はお嬢ちゃんじゃなくてちゃんとマイって名前があるからね!」
「え? お嬢ちゃん名前があったのかい!? それは失敬」
マイは自分では見えないが、周りから見ると、赤い文字で<名称未設定>と書かれているのである。名前を設定していないのはマイがチュートリアルをスキップしたからであり、文字が赤いのは先ほどプレイヤーキラーとなったからである。因みにプレイヤーキラーでも一部のNPCからはアイテムを購入することができる。
回復薬を受け取ったマイは、道具屋を出てすぐに瓶の蓋を開ける。
「さっそく頂きまーす!」
回復薬を飲むだけなのに手を合わせて感謝するプレイヤーはマイくらいだろう。
「んー、メロンジュースをちょっと薄めた感じかな」
一気に飲み干したマイの体が、みるみるうちに軽くなっていくのを感じる。右肩の痛みも収まり、見てみると傷も綺麗に塞がっていた。
「え、すごいすごい!さすがゲームだね!」
もっと他に褒めるところはあるだろうに。現金なマイであった。
「でも服についた血は戻らないんだね…新しいの買おうかな」
マイだって女の子である。いつまでも汚れた服を着て街を歩けるほど分厚いメンタルはしていない。だが一つ問題があるとすれば…。
(お金なくなっちゃった…)
先ほどの回復薬で所持金は半分にまで減ってしまったため、洋服代の工面をしなくてはならなくなったのである。
「そうと決まれば、賞金稼ぎだ!」
マイはセオリー通りには金策をしない。マイはいつだって常人の斜め上を突っ走るのだ。
その頃一方、街から少し離れた街道では人だかりができていた。
「クソッ、なんで倒せねーんだ!」
「こいつら化け物か!? パーティ組んでも倒せねぇとかどこのボスだよ!!」
「普通のモンスターじゃない!最初は低レベルだったが、見てみろ!もう既にレベルが20を超えてるぞ!」
「それに奴らのステータス見てみろよ、全部最高ランクのSSじゃねぇか!こりゃあテイムするしかない!」
「お前馬鹿か!テイムどころか倒せねーんだよ! おい、そっち行ったぞ避けろ!」
「ぐおおおああ!!」
「この化け物狼め!! くっそおおおおおおお!!!!」
殺戮に次ぐ殺戮。突如発生した謎のボス級のモンスターに、名のあるプレイヤーが我先にと討伐に加わるが、それら全てを一瞬の内に殲滅。その度にレベルが上がり、さらに強くなるという悪循環。
だが近づかなければ攻撃してこないことが判明すると、近づかない方が良いと事態は沈静化するのであった。
この二匹の殺戮マシーンが、巷では「スプリット・ケロベロス」と恐れられるようになったことは、もちろんマイは知らない。