第五話:狼ちゃんのお友達を作ろう!
部屋の中には、一人と一匹。先ほどまでの奇怪な現象に、思わず顔を見合わせる。「今のは一体何だったんだ?」と頭の中をよぎるもつかの間、召喚された狼は明らかにマイに向けて威嚇している。
「え、私が悪いの!?そうなの!?」
面食らったマイの顔に向かって、今でも襲い掛かってきそうな狼。だが実際には攻撃はしてこない。
そんなとき、マイはある可能性を思いついた。
「もしかして、誰に対しても威嚇してるの?」
そしてマイは、視界の端にあるものを発見する。
(…ウォーウルフ?)
緑色のバーの上に、白い文字でそのように書かれている。本当は先ほどから見えてはいたのだが、あまりにも気が動転していたせいで見落としていたようである。
「なんだろ?これ」
そう呟きながらマイはその文字を触ろうと手を伸ばし、人差し指でつついてみると、視界の真ん中に画面が映し出された。
【ウォーウルフ】
レベル:1
カテゴリ:四足歩行型モンスター
HP:150
MP:0
攻撃力:D
防御力:F
魔力:None
素早さ:D
器用さ:F
知力:F
運:F
スキル:威嚇LV1
「これって、狼ちゃんのステータス…だよね?」
モンスターを捕縛し使役することのできるテイマー、モンスターを召喚し調教することができる調教師、そしてモンスターを分析することができるライブラのスキルを持つプレイヤーのみが閲覧できる、モンスターのステータスであった。
(威嚇…)
マイは狼のステータスのある部分を見て思った。なんて悲しい運命なのかと。
「威嚇なんて…威嚇なんてするから逃げちゃうんだよ!!」
マイは不遇なスキルをもって生まれてしまった狼に同情していた。
「でも、私は逃げないよ!みんないなくなっちゃっても、私だけは狼ちゃんの味方なんだからね!」
そう言って狼の元へと近づく。も、噛まれそうになるのでやっぱり距離をとることにするマイ。
「ぐぬぬ…。一筋縄ではいかないみたいだね…!」
そんな時、スキル蘭の「威嚇」がほかの説明文とは違う色で書かれていることに気づく。マイは不思議そうに「威嚇」の部分をタップしてみた。
――<スキル:威嚇>自身よりレベルの低いモンスターを戦闘離脱させる。同レベルの場合は、より個体値の低いモンスターが対象となる。戦闘離脱に成功したモンスターの経験値は獲得できない。
「自身よりレベルの低い…」
マイは気づいてしまったのである。ある決定的な事項を。
「つまり、私が弱いから威嚇されているってこと…?」
本来、威嚇の対象はモンスターだけと記載してくれているはずなのだが、盛大に勘違いしてしまったマイを止められる者は誰もいない。
「確かにレベルはまだ1だけども! いくらなんでも酷いよ…!私はこんなに仲良くなろうと頑張ってるのに…」
必死に説得し、懐柔を試みようとするもなかなか上手くいかない。そんな状況にヤキモキしていたマイに、天啓が降ってくる。
(そうか、威嚇しても逃げない友達なら、本当の友達になれるんじゃ…!)
マイは頭はお花畑だが、その思いつきを即実行に移す類稀な能力を持っている。
「同じレベルでも、個体値って奴が低いと逃げちゃうんだよね。つまり…」
マイは早速、狼を召喚しまくった。今度は逃げ道を作るために、あえて部屋のドアを開け放しておいた。
「逃げない狼ちゃんは、きっと強い子ってことだよね!その子が二人いれば、本当のお友達になれるんじゃなかろうか!ひゅう~マイってば天才~!惚れそう!」
誰が誰に惚れるのか意味不明であるが、つまりは、最上位の個体値を持つ狼同士であれば争いは起きないのではないか、という推察である。
そうと決まれば、と、どんどこ召喚を始めるマイ。
一匹ずつ召喚しては威嚇させ合い、どちらか片方は尻尾を巻いて逃げていく。より強い個体値を求めて、マイはひたすら召喚を続けた。
本来であればすぐにMPが枯渇してしまうが、マイの持つ<MP回復小>により、減ってしまったMPが時間経過により補充されていく。もちろん、そんな無限錬成が可能になっているとは、本人であるマイは知らない。
「いけいけー!お前の力はそんなものなのか〜!」
下手な煽りを織り交ぜながら、次々と個体値厳選を行なっていくマイ。その数はゆうに100を超えそうな勢いであった。
しばらくすると、とある一匹の狼を残し、それ以外の狼が軒並み尻尾を巻いて退散していくという状況が続いた。そこでマイは一旦召喚を辞め、残った狼の個体値を調べることにした。
「ふむふむ…」
【ウォーウルフ】
レベル:1
カテゴリ:四足歩行型モンスター
HP:180
MP:0
攻撃力:S
防御力:SS
魔力:None
素早さ:A
器用さ:S
知力:S
運:A
スキル:威嚇Lv1
「SSって何だろう? でもなんだか強そう!」
マイ以外の誰もが知っているであろう、SSランクとはつまり、最上位のことを指す。
「Sが一つのもあるし、二つあるってことはそれ以上ってことだよね! よし!Sがいっぱいある狼ちゃんを目指そう!」
あながち間違った解釈ではないが、単純を絵い描いたようなマイにとって、わかりやすい目印となったようである。
この時、マイは召喚に夢中になっていたせいか気がついてはいないが、モンスター召喚のスキルレベルは5まで上がっていた。
「よーっし!じゃんじゃん召喚しちゃうよー!」
ーーモンスター召喚のスキルレベルが5に達しました。これにより新しく<モンスター合成>のスキルを獲得しました。
新しく召喚をしようとした矢先、突如マイの頭の中にアナウンスが流れる。
「へ?」
それまで完全にスルーしてきたマイだったが、今回は特に理由もなく、その言葉の意味することを考えた。
「合成?…ってなんだろう?」
頭の中で考えようとしたマイであったが、理科の実験は苦手な科目のワースト3に入る程、嫌いな分野であったので、考えるのをやめた。
「ま、いっか」
現在のマイにとっては、一刻も早く狼の友達を作ることが最重要項目であった。それ以外のことは、それを達成した時に考えようと決めたのである。
「再開、再開♪」
それからと言うもの、時間を気にせず召喚に明け暮れ、気がつけば1000体もの狼を召喚していた。
ーーモンスター召喚の累計が1000体を突破しました。称号<流浪の召喚士>を獲得しました。
ーー同一のモンスター召喚の合計が1000体を突破しました。称号<ウォーウルフの母>を獲得しました。
ーーダンジョン<始まりの洞窟>におけるモンスター召喚の合計が1000体を突破しました。称号<洞窟の覇者>を獲得しました。
称号に次ぐ称号の嵐もなんのその。それが何だ美味いのか、とばかりに華麗にスルーを続けたマイは、召喚の手を止めることは一切ない。
「もうそろそかな〜?」
かなりの時間を洞窟から一歩も出ずに過ごしていたマイにとって、陽はとうに暮れていることですら分からなかったが、腹時計が鳴ったのだろう。やっとのことでその手を止めた。
「この狼ちゃんは、かなり強い気がする!うん!」
そう自信満々にマイはステータスを確認した。
【ウォーウルフ】
レベル:1
カテゴリ:四足歩行型モンスター
HP:200
MP:0
攻撃力:SS
防御力:SS
魔力:None
素早さ:SS
器用さ:SS
知力:SS
運:S
スキル:威嚇Lv1
「惜しいーー!運だけSSじゃないなんて!」
確かに、運だけ見れば最上ランクではないが、それでも十分上位ランクである。マイの感覚は完全に人外そのものであった。
「でも、まぁいっか。そろそろ疲れてきちゃったし、君が暫定、一番強い狼ちゃんってことで!」
パチパチと狼に拍手を送るマイに対して、当の狼はすまし顔でそっぽを向いている。
「さて、君の名前は…うーん。よし、ポチにしよう!」
ポチと命名された狼は、「え、俺ポチなの?え?」と言わんばかりに思い切り威嚇して抗議するも、マイには通用しなかった。
「よーしよしよしよし」
手を奇妙にわしゃわしゃと動かしてあやすジェスチャーをしながら、満面の笑みを浮かべるマイ。もちろん、実際にやろうとすれば顔が傷だらけになるのでやらない。
反対に、「いや、ポチって器じゃないでしょ!もっとカッコいい名前をつけろよ!」と今にも舌打ちをしそうな表情で呆れるポチ。
「待っててポチ!今から君の友達を連れてくるからね!」
ポチほどの最上位のスペックを持つモンスターを召喚するのに、およそ1500体。かかった時間はおよそ5時間。それと同じことを今からマイはしようと言うのである。
「それができたら今日はログアウトしよ! 召喚!」
マイの執念の個体値マラソンはログイン初日から猛威を振るったのであった。
ーーモンスター召喚のスキルレベルが32に達しました。
ーーモンスター召喚の累計が3000体を突破しました。称号<生粋の召喚士>を獲得しました。
ーー同一のモンスター召喚の合計が3000体を突破しました。称号<ウォーウルフの神>を獲得しました。
ーーダンジョン<始まりの洞窟>におけるモンスター召喚の合計が3000体を突破しました。称号<洞窟の覇王>を獲得しました。
それから約3時間後。累計召喚数が4000の大台に乗る手前で、マイはふと手を止める。
「飽きてきた…」
それもそうだろう。単純作業を8時間近く続け、あまつさえその目的はゲーム攻略からは一切かけ離れている。むしろ8時間でそのことに気が付いたことが奇跡である。
(次でやめようかな…)
ふと諦めようとそう思ったが、ある異変が起きていることにマイは気がつく。
「ポチ?」
それまで威勢よく同族たちを威嚇してきたポチであったが、ここに来て、なぜかポチはじっとマイのことを見ては、微動だにしないのである。
普通に考えれば、何かのバグの一種なのかもしれない。
だが、マイはそうは思わなかった。
「ポチ…ごめんね。私…」
一直線にマイを見つめるポチ。プログラムでできたただのオブジェクトに過ぎないデータである。が、その表情は、何か大事なものを伝えようとしているように見えた。
「私、もういいかな…。こんなことして、意味あるのかな」
いや、本当はただの杞憂に過ぎないのかもしれない。勝手なマイの妄想なのかもしれない。でも、マイはただポチの奥底にあるメッセージを読み取ろうとした。
「ポチ…わかんないよ。私にはわかんない。でも…」
でも、
(一人ぼっちでもいいなんて、そんなこと絶対にない!)
「ポチ!」
(お友達を絶対に連れてくるって、私約束したもん!)
「ポチ!」
(おばあちゃんが言ってた。動物だって心があるんだって!)
「ポチ!」
(だから、ううん。ごめん。絶対にもう諦めたりなんてしない!)
「ポチ!」
(だって…だって、ポチは…!)
「ポチいいいいいいいいい!!!!!」
まさに奇跡が起きようとしていた。
マイの放った渾身のスキル:モンスター召喚が、爆煙と共にまばゆい光となり、部屋を充満させる。
「ワオーーーーーン!!」
ポチの雄叫びがこだまし、マイを祝福する。
「けほっ、けほ! な、なに!?」
煙を掻き退け、咳払いをするマイ。やっとのこと視界が戻ったマイが見たものはーー。
「「ワウゥフ!!」」
二匹の狼であった。