第三話:はじめてのモンスター召喚
「街だ!すごーい!」
初めて修学旅行に来た中学生並みの感想を浮かべながら、マイは始まりの街へと降り立った。
チュートリアルはスキップしたが、歩くことはできる。ワクワクを抑えきれないまま、まずは街を散策しようと、駆け足で見て回ったのであった。
「ここでご飯が食べられるの? メニューは何があるかな~」
最初に訪れたのは、食堂。学校から帰ってきたまずすることは、夕食を食べるか無ければおやつを食べるマイにとって、食堂の前で脚を止めたのは偶然ではない。
「ほうほう。シープドッグのヒレカツに、シュガーラッドの照り焼き…」
メニューを眺めながら、材料に聞きなじみのないことから、おそらくゲーム内のモンスターでできた料理なのだろうと推測するマイだが、
「高い…買えない」
プレイヤー情報に書いてあった所持金に対して、現時点で買えるものがないことに気が付き、啞然とする。
「むむむ、仕方ない。お母さんのご飯でお腹を満たすとしよう」
何事にも腹が減っては戦はできぬ。
マイは早速ログアウトした。
気がつくと馴染みのある自分のベッドの上で目が覚める。リアルな夢から覚めたような感覚に違和感を覚えながらも、ベッドから降りて美味しそうな匂いのするリビングへと向かったのであった。
「あら、今から呼ぼうと思ってたところだったから丁度よかった」
リビングでは母がエプロンを脱ごうとしていたところだった。
「もうお腹空いて死にそう!あ、カレーの匂いだ!」
「正解。どうだったの?あのゲームの方は」
手を洗いながら、よかったよー、と返事をする。
「もうちょっと何か感想はないものかね。どんなゲームとか」
「んー。なんかいきなり電車の上に乗ったり、ビーチで日光浴したりしたかな」
「なにそれ、何のゲームなのよ。でもまぁ楽しそうなら良かったわ」
「うん。今度お母さんもやってみなよ」
「そのうちね」
黙々とカレーを口に運ぶ。いつもよりペースが早いのはきっと、早くゲームの続きをしたいから。思ってた以上に、あのゲームを楽しんでいるのだと思う。
(これがゲーム廃人か…。)
そんな的外れな分析をしながら、最速で夕飯を平らげたのであった。
「ただいまー」
先ほどログアウトした場所と全く同じ場所で再開する。誰に対して言ったわけではないが、マイの声を聞いた何人かが不思議そうにマイのことを見る。中には微笑ましく子どもを見るように目線を送る人もいた。
「みんなこんばんは!このゲーム楽しいね!」
視線を感じたので挨拶をするも、苦笑混じりにそそくさと離れていってしまう。
「みんな忙しいのかな?」
ちょっと寂しかったが、そんな風に自分を納得させ、街の散策に戻るのであった。
……あれから武器が売っている店や、お酒の飲める大人のお店を覗いてみたが、どれも所持金で買えるものはなかったので見るだけにする。回復薬などのアイテムを売っているお店では買えるものはあったが、よく分からないもののためになけなしのお金を使うのはちょっと引けたので、やめておいた。
「だいたい見尽くしたかな」
歩き回ったことで少し疲れたのか、ふぅとため息を付き、街の中心地である噴水の縁に腰をかける。
ぼーっと空を眺めていると、本当にここがゲームの世界なのか錯覚を覚える。心地よい風、澄んだ空気。どれも都会に住むマイにとって、気持ちを落ち着かせる、そんな場所であった。
「こうしちゃいられない!ゲームをしないと!」
ついゲームをしていることを忘れそうになる。ゲームについて全くと言って良いほど無知なマイだが、気の赴くまま、今度は街の外に出てみようと腰を持ち上げた。
「ここは、洞窟…?」
街を出てしばらく道なりに歩いていると、大きな鍾乳洞のような場所に到着した。暗い場所は苦手でないマイは、何の躊躇いもなく中へと歩を進める。
「だれか~、いますか~?」
ぴちょん、と水の落ちる音しか何もしない洞窟。天井は比較的高いようなので、普通に立って歩くことができる。とりあえず一番奥を目指してマイは進んだ。
「…グルルル」
どこからともなく、奥の方で声が聞こえてくる。
暗いところは苦手ではないが、驚かされるのは違う。素直に驚くマイ。
「え、なに!? その声は人じゃないよね!誰!?」
人ではないのに、誰ですかと謎の質問をしてしまう自分に、心の中で「間違えた」と訂正を入れる。
その声の主がモンスターだと気づいたのも束の間。視界の悪い暗所で、突然右肩に激痛が走るのを感じた。
「いたっ!え、なに!?」
得体の知れないモンスターに攻撃をされたのだと、やっと理解できたころには、今度は背後から別のモンスターに攻撃される。
「いたたた!なんで? 何が!?」
軽いパニック状態である。一先ず逃げよう。マイは一心不乱にわけもわからず洞窟の奥へと走った。
「…はぁ…はぁ。つかれた…」
部屋のような場所を見つけたマイは、咄嗟に中に入りドアを閉めた。鍵がついていなかったので、近くにあった大きめの岩で開かないようにする。
「んしょ! …ふぅ。これで一先ずは安心かな」
まだ痛む右肩を見ると、血のようなもので服が滲んでいた。
「うわー、グロいなぁ。これホラーゲームなの…?」
以前動画サイトで見たホラーゲームで、頭を打たれて中身が飛び散る映像を見たことがあったのを思い出しながら、ズキズキと痛む肩を抑えながら壁に持たれて座る。
「もうゲームオーバーなのかな…。短かったな、私の第二の人生…」
感慨深げに耽りながら、マイはそんなことを思った。
「これからどうしよう…」
(ログアウトしても、どうせまたここから始まるだろうし。さっきの街に戻ろうにも痛いのはもう懲り懲りだし…)
「こんなことなら回復薬買っておけばよかった」
ゲーム初心者のマイですら、こういう事態では回復薬を使えば良いのだろうということは分かる。こんなことなら下手に意地を張らないでチュートリアルをしておけばよかった。そう、湿っぽく後悔する。
(私が知ってることは…あ、そうだ。メニュー画面)
メニュー画面を開き、内容を確認しようとして思い出す。
(そういえば、スキルなんてものがあったんだっけ)
「モンスターの召喚。てことは、さっきのモンスターみたいなのが召喚できるってこと?」
方法は分からないが、このままここに居ても何も進まないと思ったマイは、半ばやけくそになっていた。
「モンスター召喚!」
試しに唱えてみたが何も起きない。頭の中で念じてみたりするも、非情にも何も起こらなかった。だが…
「さっきの狼みたいなやつ!出てきてよ!」
先ほど襲ってきたモンスターが狼なのかは分からなかった。だが、その面影を強くイメージしたとき、小さな光と共に、一匹のモンスターがマイの目の前に現れた。
「…っ!!本当に出てきた! 私すごい!もしかして天才!?」
たまたま召喚できたにもかかわらず、願いが叶ったことが嬉しかったマイは、肩の痛みも忘れて盛大にはしゃぐ。
召喚されたモンスターといえば、推測通り狼のような出で立ちをしており、赤い目にふさふさの毛並み、鋭い歯をちらつかせながら、こちらを威嚇している。
「おおーよしよし。私は怖くないよ~。大丈夫だよ~」
まるで野良猫を懐柔するような甘い声で、狼に向かって声をかける。だが、手を出した途端に噛みつかれそうになり思わず手を引っ込めるマイ。
「うわ!あぶなっ!何するのよまったく!」
急に凶暴さを見せる狼に、先ほど襲われた記憶がフラッシュバックし、右肩の痛みが頭を支配する。
「いててて…」
無事モンスター召喚を成し遂げたマイであったが、前途多難な状況であることには変わりないのであった。