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奴隷少女  作者: Pのりお
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4話 雷光

 お母さんは、姉さんがいるときはいつも忙しそうにしている。

 いつも背中をぴんと伸ばし、汗の臭いもない姉さんの前で、腰を曲げ、汗を滴らせながら一生懸命にサポートしている。食事中、魚の骨が喉に引っかかりそうになったのを見るや、あわててかけより背中をさする。床に転がっていたものを踏んづけて転びそうになったら、次の日、その箇所を何度も何度もぞうきん掛けしてきれいにする。

 今日もその例からは漏れなかった。

 いつもより早く起きないといけないのに寝坊したのか、髪をつんつんに立てた状態でリビングに顔を出した姉さん。朝ご飯いらない! という宣言を聞いたお母さんは、けれど倒れてはまずいからと大急ぎでおにぎりをこしらえた。それを持たせたうえでブラシを片手に姉さんの寝癖を直したり、おにぎりを食べて手が使えない姉さんの代わりに靴を履かせたりしていた。

 さらに、車のエンジンをかけて姉さんを乗せ、学校から家までを往復し……家に戻ってリビングで腰を下ろしたお母さんは、朝だというのにすごくげっそりした表情になっていた。

「大丈夫……?」

 お母さんはうなずく。けれど、ソファに体をうずめ、ぼーっと天井を見上げているお母さんの顔を見ているのはつらいくらいだった。食事を終えたわたしは、自分の食器をすべて片づけると、お母さんのお茶碗にご飯を盛り、おかずをソファの前のテーブルに並べた。

 いつも大変なお母さんが、少しでも楽になるように……。

 登校時間の迫ってきたわたしが立ち去ろうとすると、お母さんは小さく「ありがとう」と言ってくれた。


 学校では、わたしは相変わらずだった。

 授業中はぼんやり、休み時間はぐっすり、放課後はいそいそと家を目指す。今日は先生が休みの日だった。なので、昨日の面談でのことを追及されることなく、平穏に過ごすことができた。


 家にはまだ姉さんとお父さんはおらず、お母さんだけがいた。

「ただいま……」

「おかえり。今日は佑香もお父さんも帰ってこないって」

 たしか姉さんは、友達と自主合宿みたいなものをすると言っていた。大会が近くなると、たまにそういうのを実施するのだ。今日、早くでかけたのもそれに関することらしい。

 そして、お父さんは…………たぶん会社で忙しいのだろう。

「……」

 テレビを無表情で見つめるお母さんの横顔は、だいぶやつれて見えた。体力的にも精神的にもどんどんすり減っているのがわかるようだった。

 むろん、わたしも……。

 わたしは階段を上り、自分の部屋へと向かう。けれど、その足取りはだんだんと軽く、最終的には跳ねるような、リズミカルなものになった。

 今日はわたしとお母さんしかいない。そのことが、正直とてもうれしかった。


 夕飯を食べ終わっても、お母さんはじっと座ってテレビに見入っていた。

 いつもだったらすぐに立ち上がり、姉さんの食器を洗ったり、姉さんのユニフォームを洗濯したりと忙しそうにしているのに、今日は呆けたようにじっとしている。

 わたしと二人だけの日は、お母さんはこんな感じで過ごすことが多い。

 ほんとは、ずっとこうしていたいくらいだ……。

 雨が降り始めていた。それも、強い雨だ。お母さんに合わせて見ていたテレビに、今日は台風がやってきているという情報が流れていた。夜通し、雨が続くのだろう。

 窓の外で、稲光がきらめき、雷鳴がとどろいた。雨がその中を横切るように落ちていく。


 風呂に入ったあと、わたしはベッドの上に寝転がった。

 ベッドのすぐ横に大きな窓があり、少し視線を上方に向けると外の景色が見える。

 見ているだけで不安になるような空模様だった。遠く遠く、犬の鳴き声が雨の中を突っ切り、窓を通り抜けてわたしの耳まで届く。どこかで、雨に全身を濡らし、寒さに震えながら待っている犬でもいるのだろうか。その鳴き声は、自然とわたしのなかに溶け込む。

 瞼を閉じれば、お母さんの顔が浮かぶ。もっともわたしが信頼している人。

 お母さんは弱い人だ。きっと、一人では生きていけないくらいにもろい。だれかに依存し、誰かに寄りかかり、それでなんとか踏ん張って今を過ごしている。わたしが、そんなお母さんを支えなければならない。それこそ、わたしの存在価値、生きる意味だと思っていた。

 そして、思い出す。明日は学校がある。どうにかして先生をごまかさなければ……

 こんこん

 そのとき、ノックの音がした。他に誰もいないし、もちろんお母さんだろう。

 わたしはドアを開けるために立ち上がる。いったいなんだろう、そうやってドアを開こうとしたその瞬間――

 背後で、大地を震わすような雷鳴が、また耳朶を震わせた。

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