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奴隷少女  作者: Pのりお
1/11

1話 わたし

短編です。11話完結予定です。

バッドエンドですので、苦手な方はブラウザバックしてください。

 ぐっとつよく押し付けられて、背中からスプリングをきしませた。

 わたしはもはや抵抗する気もなかった。ベッドの弾力と上からの圧力の板挟みで、体がくだけてしまいそうだった。感じるのは、窓の外でとどろく雨音まじりの雷鳴と、部屋の薄暗さと、息苦しさ、そして、わたしの喉をしめつける手の冷たさだけだった。

 わたしのうえに馬乗りになり、体重を乗せるようにして、わたしの首根っこを押さえつけて、でもそうしているあなたの顔は、なんだかとても悲しそうだった。

 きっと、わたしは恨まれていたのだろう。理由は正直よくわからない。でもたぶん、わかっていなかったからこそ、こんなことになってしまったんだ。

 涙がほおを伝うのを感じる。死にたくないとは思った。けれど、わたしを死に至らしめようとしているこの手を振り払って、息を荒げながら逃げ出す気はまるで起きなかった。

 諦めて、いたから。

 視線を上にずらすと、窓に降りかかる雨粒がいくつもいくつも見えた。

 次の一瞬、窓いっぱいに、稲光がまぶしいくらいに広がった。


* * *


「そういえば佑香。また模試で全国一位だったらしいじゃないか。さすがだな」

 朝の眠たげな雰囲気を打ち破るようにしてお父さんはほめたたえた。ほんとねぇ、とお母さんは笑い、わたしも小さくうなずいた。お味噌汁をすすっていた姉さんは、器を置いてから微苦笑した。

「そんなことないよ、偶然だよ」

「偶然で何度も一位がとれるものか。お前は父さんの誇りだよ」

 お母さんとわたしは、また即座に相槌を打つ。

 わたしたちは、リビングの食卓で朝食を食べていた。背後の窓から朝光が差し込め、さらに朗らかな鳥の鳴き声と車のエンジン音が耳に届く。

 姉さんは微苦笑を崩さないまま腕時計に目を向け、

「って、あっ! もうこんな時間」

 食べ終わった食器をそのままに立ち上がった。

「部活か?」

「うん! 大会近いんだ。もう行かないと!」

 姉さんがあわだたしげに玄関へ行くのにつづいて、お母さんも立ち上がり、姉さんの学生鞄を持ってかけていく。「あ、忘れてた」という声が向こうから聞こえてきた。

 それからお母さんが姉さんに靴をはかせたのか、「行ってきます」という声がつづいた。

 玄関からリビングにお母さんが戻ってくる。

「ほんとあの子はすごいな。なあ、母さん」

「そうね」

 お父さんの言葉に同意しつつ、お母さんは姉さんの食器を持ち上げて台所まで向かう。

 お母さんはまだ全部食べ終わっていない。お茶碗にはご飯が半分以上も残っている。

「あの子が小さいころはまだこんなことになるとは思ってなかったのにな。いつのまにか、テストは満点が当たり前、運動もできて当たり前……今度の大会なんてあれだろ? インターハイだろう?」

「まだ予選らしいですけど……」

 それでも、お父さんは上機嫌でたばこに火をつける。姉さんの前では我慢しているのだ。

「なに、またいつのまにか全国大会に出場しているさ。ちょっと目を離しているあいだに、あの子はぽんぽんと上に行くんだからな。バレーボールの選手として佑香がほしいって、大学から人が来たこともあったじゃないか」

「ええ……」

 わたしは、もうわかっている。お父さんがこういった話をすると、たいていわたしが矢面に立たされるのだ。

「あの子を医者にするか、それともバレーの選手にするのか……。ほんとなんであの子ばかりに才能を与えたんだろうな」

 ほら、お父さんがこっちを見た。

「なぁ、美香」

 何度も何度も、同じ話をわたしにする。わたしに言ったところで、どうにもならないというのに。

「お前に、勉強の才能か運動の才能のどっちかを与えられたらよかったんだけどなぁ」

 わたしは目をそらす。お父さんのたばこの煙がこっちまで漂ってきていた。

「まったく、部活にも入らないで、それに勉強も大してできない。お前、インターハイって言ってわかるか? どうせわかんないだろ? 姉妹なのに全然似てないんだよなぁ」

 知っている。そんなことは、言われなくてもずっと前から知っていた。

「俺に養ってもらってるんだから、せめて自慢の種くらいにはなれよ」

「う、うん……」

「まったく、お前は食べるのも遅いな。まだ全然ご飯がなくなっていないじゃないか」

 きっとお父さんはわたしの何もかもが鼻につく感じで、こうやってとろとろと箸を運んでいるのも癇に障るのだろう。

 やがてお父さんも勤務先へと出かけていき、家にはわたしとお母さんの二人だけになった。

 わたしはそのころにようやく食べ終わって、食器を手に持って台所まで運んだ。お母さんは自分の食事は放ったまま、姉さんの食器を洗っていた。

 お父さんも姉さんもいない、この朝のわずかな時間がわたしは好きだった。部活をやっていないわたしはぎりぎりまで家にいて、その平穏に身を浸すのだ。



 高校に行き、教室に入ろうとしたところでドアに右肩をぶつけた。存外、大きな音がしたのでクラスメイトが何人もこちらに振り向いた。

 わたしは恥ずかしくなって、目をそらしてまた歩きはじめた。こういうどんくさいところに自分でも腹が立つ。自分の席に座り、カバンを机の上に置いたころにはもう誰もわたしのことなど見ていなかった。

 姉さんと自分は似ていない。それはお父さん以外からも何度も言われている。

 片や、学年主席、容姿端麗の、バレー部のスーパーエース。片や、成績中の下、容姿地味の帰宅部。性格だって両極端だし、出会う人出会う人にがっかりされる。

 あの佑香さんの妹なんでしょ? さぞかしすごいんだろうなぁ……。

 そんな期待はもううんざりだ。目立ってはいけない人間が、そのような形で注目されると何が残るのか。それは、嘲笑と侮蔑の嵐である。


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