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ミラノのことを八千流に任せ、響は火輪と共に奥の座敷で話をすることにした。
その部屋は奇妙な感じがしていた。
「ここはね陰陽師のために作られた部屋だ」
響の様子を見て、火輪が教えてくれた。
「陰陽師の?」
「香が焚かれ、霊力を常に高めるようになっている。響君にとっても少なからず影響があるかもしれないな」
確かに奇妙な感じが伝わってくる。だが、今の自分は妖かしの存在であり、それが良い影響と言えるのかどうかはわからなかった。
「今のボクは陰陽師と言えるかどうか」
「君も知っているように、私は縁あってこの街にやってきたが、もともと宮家陰陽寮に仕える陰陽師だった。宮家陰陽寮は今、玄武、白虎、青龍、朱雀の四家が取りまとめている。玄野家は玄武の直系で、常に頭領となる者を排出してきた。私の家は朱雀の名を名乗っていたが、実際には朱雀の遠縁の親戚筋だ。だから、あまり陰陽寮の中で起こったことについて詳しいことを知る立場じゃない。だから今は『遠野』の姓を名乗ることになった」
「火輪さんは『玄野響』のことを知っていますか?」
「玄野響の名は昔から私も聞いていた。会ったこともある。いや、個人的な付き合いがあったわけじゃない。そういう意味では、会ったというよりも見かけたというほうが正しいかもしれない。陰陽師としては非常に優秀で、人柄も問題がなく、仲間からも先輩からも多く慕われていた。直江四門も彼を可愛がっていた一人だ。しかし、ある時から彼はあまり人前に姿を見せなくなった。何があったのか私にはわからない。だが、それから間もなくして、彼が殺されたのだという話を聞くことになった」
「何があったのですか?」
「申し訳ないがそれは私ではわからない。いろいろな噂が囁かれた」
「どんな噂ですか?」
「いろいろだよ。だが、こういうことは噂で知らないほうが良いだろう。噂なんてものは9割が嘘と間違いで出来ている。ただ疑心暗鬼になるだけだ。宮家陰陽寮から正式に聞いたものは『病死』というものだった」
「蒼鬼百太郎という陰陽師を知っていますか?」
「知っているよ。玄野響とは少し年齢は離れているが、彼もまた有能な術士だ。玄野響が正統派というのなら、百太郎は異端と言っていいだろう。だが、異端でありながら彼もまた頭領候補になれるほどの能力を持っていた。しかし、玄野響が亡くなった後、彼は表舞台から姿を消した」
「彼は、自分がボクを暗殺したと言っていました。それは本当ですか?」
その問いかけにも火輪は冷静だった。
「君はそれを信じるのか?」
「わかりません。でも、嘘だというなら、何のためにそんな嘘をついたのかがわかりません」
「嘘をつく理由がわからなければ信じると?」
「……いえ……わかりません」
「そうだね。信じてもいけない。嘘だと思ってもいけない。真実は他人から告げられて知るものではない。もちろん言葉で知ることもある。それでもその言葉の真実もしっかり自分の目で計らなければいけないものだ。だから、私は答えない」
「ボクはどうすればいいんでしょう?」
「それは質問じゃないね。君はどうしたいかわかっているんだろう?」
それは十分に納得出来る言葉だった。
響はゆっくりと頭を下げた。
「ありがとうございました」
そして、響は立ち上がった。だが、ふともう一つ気になることを思い出した。
「なぜ、今回の件にボクを?」
「君は彼女と会って何を感じた?」
「何を……ボクは……彼女を以前に知っているような気がしました」
それはマリノのほうも同じだったような気がする。だからこそ、以前に会ったことがあるのかどうかを訊いたのだ。
「そうだろうね。君はいくつもの妖かしとつながりがある」
「どうして?」
「それも君自身の目で確かめなければいけないことだ」
「ボクが……」
「君は妖かしをどう思う? 幸せだと思うかい? 妖かしは人への恨み、この世への呪いをもって生まれてきた存在だ。その存在を否定はしない。そうならなければならない者たちだったのだろうと思う。だが、それは決して幸せだとは思わない。そもそも妖かしになるということは別の存在として生まれ変わることだ。外見は同じだとしても、中身は別人になるようなところもある。ただ生き返るというだけではないんだ」
火輪の言葉に、自分の知らない罪を指摘されているような気がした。