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「あらら、逃げられちゃったか」
そう言いながら火輪は近づいてきた。
「すいません」
思わず響は火輪に頭を下げた。自分が余計なことをしなければ、火輪と八千流の二人でマリノをあのまま結界に閉じ込めておくことは難しくはなかっただろう。
「いや、想像していたよりも強かった」
それでも火輪はさほどマリノに逃げられたことを気にしているようには見えなかった。
「ボクたちが邪魔を」
「君たちの気持ちがわからないわけじゃない」
「でも、これからどうするつもり?」
八千流が厳しく声をかける。「こんな機会、そうそうあるわけじゃないわよ」
「……わかりません」
「なあに、気にすることはないよ。もともと、こんな形で彼女を捕まえるなんてことは考えてなかったんだ」
「考えてなかった?」
「捕まえてどうするつもりだい?」
「どうするって……」
確かに響もそのことは考えていなかった。さすがにミラノの前で、御厨マリノの生命を奪うことなど出来るはずがない。
「まさかあのプロデューサーを紹介するわけにはいかないだろう」
冗談っぽく火輪が言う。
「それはそうですが……」
「大丈夫さ。彼女とはいずれまた会える。今日のはそのきっかけになればいい」
「彼女はどうしてあんなに苦しんでいるんでしょう?」
「どうしてだろうね。それは本人にしかわからないことかもしれない。今度、訊いてみるといいよ」
火輪は軽い口調で言った。
「でも、今度なんてあるんでしょうか?」
「あるさ」
と火輪は即答した。「人と人の縁というものはそう簡単に切れるものじゃない。ミラノさん、どうだい?」
「そう……ですね」
ミラノは意外にも素直に頷いた。
「ミラノさん、大丈夫?」
「うん……大丈夫」
響に対してもいつもと違って素直だ。
「ミラノさん、今日はもう帰りなさい。響君、君には話さなきゃいけないことがあったね」
「いえ、話はまた今度で構いません。今日はもう」
響はミラノのことが心配だった。だがーー
「私なら大丈夫よ」
「でもーー」
「待ってるから。邪魔しないから」
そう言ったミラノの目が微かに潤んで見えた。