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二日後の夜――
響とミラノは再び、火輪の住む屋敷に呼び出されていた。
暗い夜空に光る星の下、ヴァイオリンの音色が静かに流れている。
それは庭の真ん中に置かれたCDプレイヤーから聴こえてくるものだ。
響は、火輪とミラノと一緒に屋敷の縁側に腰掛け、その時がくるのを待っていた。
「これで本当に来るんでしょうか?」
「来るよ。この音色には力があるからね。この音色を奏でた人間ならば、どこにいてもこの音色は聴こえるはずだ」
「どこにいても?」
「音をもつ妖かしといったところかな」
「でも、誰が見てもこんなの罠にしか見えないでしょう」
ミラノの言葉にも火輪は温和に微笑んだ。
「そうだね。きっと罠だということはわかるだろう。でも、きっと来る。妖かしというのはそういうものだよ。常に理性よりも感情に強く動かされる」
「バカにしているんですか? 私もそういうものです」
ミラノが思わず言い返す。
「確かにキミには妖かしが憑いているようだね。でも、妖かしと憑いているものとは違うものだよ」
「違うもの?」
「キミは誰かを恨んでそうなったわけではない」
「恨んで?」
ミラノはチラリと響のほうを見た。その視線の意味を響は感じ取っていた。かつて『玄野響』という名を持ちながら暗殺され、妖かしである『草薙響』となった。
自分はどんな恨みを持っているのだろう。
「妖かしというのはね、やはり特殊な存在なんだよ。この世に対する恨みや呪いを持って蘇る。それは決してその人の幸せとはいえない。それでもそうならずにいられない。それが妖かしだ」
火輪の言葉はどこか自分に向けられているように感じられた。そして、なぜか自分が罪を犯したかのような苦しさがあった。
響は何も言うことが出来ず、ただ周囲に流れるヴァイオリンの音色に耳を傾けた。それはどこか不思議な音色だった。マリノはどんな思いでこの曲を弾いていたのだろう。
その演奏は何度も何度も夜空に向かって繰り返されていった。
それに最初に気づいたのは響だった。
それは一方からだけではない。周囲からいくつもの小さな気が近づいてくる。
すぐに火輪たちもそれに気づいて顔をあげる。
「来たね」
「でも、これはーー」
「うん、向こうもそれなりに知恵を使うタイプのようだ」
火輪が言い終わるより先に、それは姿を現した。
それは鼠だった。
無数の鼠が群れとなって周囲から響たちに向かって走ってくる。それを目にして、ミラノが小さく悲鳴をあげる。
「どうするんですか?」
「なんとかするさ」
火輪が手をパンと一つ叩く。そして、その両手を広げた瞬間、その手から無数の呪符が舞っていく。
操られた呪符は鼠たちの行く手を遮った。そして、それは爆発した。
「何をーー」
「大丈夫だよ。あれは操られているものだから、その力の範囲外に転送しているに過ぎない。別に鼠に哀れをかけるつもりはないが、朝になったら周囲が鼠の死体だらけというのも気持ちの良いものではないからね」
だが、鼠たちの数はなかなか減らず、群れはどんどん砂煙をあげて近づいてくる。
そのネズミたちのなかにもう少し大きな黒い存在があった。
黒猫だった。
それは巧みに走っていく鼠たちの中を素早く、庭の中央に置かれたCDプレイヤーへと向かっていく。
(これは)
響が声をあげるよりも早くーー
(鏡花水月)
周囲の地面から無数の呪符が浮かび上がり、その黒猫の周囲を取り囲む。呪符は壁へと変化し、 そして、そのまま黒猫を包み込んでいく。
次の瞬間、目の前に一つの洋館が現れていた。
「これは?」
「八千流さんの術だよ」
すでにネズミたちは逃げ去ったのか、姿は見えなくなっている。
火輪が響たちに向かって頷く。
覚悟を決めたかのように、ミラノが大きく息を吸い込む。
響とミラノはその洋館に近づいていき、ドアを開けた。




