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響たちが訪ねたのは、街の東の外れの山の中腹にある墓地で、『矢塚の地』と呼ばれている場所だった。
学校を出てバスで30分、バスを降りてからはさらに30分以上曲がりくねった山道を歩いた先にあった。そこには一条家に関わりのある人たちの墓があり、そこを遠野火輪が管理している。
遠野火輪はかつて『西ノ宮』で陰陽師をしていたことがあり、響のことについても詳しいだろうということだった。
それを教えてくれたのは栢野綾女だった。綾女もまた、以前、京都で陰陽師としての修行をしていて、火輪とは顔なじみらしい。
響は最初、行くべきかどうか迷っていた。過去の自分について知りたいという思いは強かった。だが、それを第三者の言葉で知ることがいいのかどうか判断出来なかったからだ。
だが、それを勧めてくれたのは、意外にも伽音だった。
――人の話というのはただの言葉ですよ。それが真実というわけでも、それが全てというわけでもありません。ただの一つの情報として知っておけば良いのです。
これまでの経験上、きっと伽音も一緒に着いてくるつもりだろうと予想していたのだが、珍しくそうしようとはしなかった。
――私は行くのをやめておきます。あの地に私が足を踏み入れるのはまだ早い。私にも遠慮するという心遣いはあるのです。
それがどういう意味なのか、それは響にはわからなかった。彼女は彼女で、拭い去れない過去や縁というものがあるのかもしれない。
山道を登っていくと、雑木林に囲まれた大きな古民家が見えた。
玄関口で声をかけると、奥から着物姿に襷をかけた小柄な可愛らしい少女が顔を出した。
「草薙響と言います。こちらに遠野火輪さんという方がいらっしゃると聞いたんですがーー」
少女はそれだけで理解したように小さく頷いた。
「こちらへどうぞ」
響たちが通されたのは、広い座敷だった。
その奥に一人の男が正座をして座っていた。烏帽子は被っていないものの、狩衣を身に付け、いかにも陰陽師であることがすぐにわかる。
「待っていたよ、響君。そして、キミが御厨ミラノさんだね」
「どうしてそれを?」
「どうしてって、二人が来ることを聞かされていたからね」
「聞かされていた?」
ミラノが響を睨む。「はじめからそのつもりで?」
「ち、違うよ」
響は慌てて首を振った。
「そうじゃないよ。今朝、一条家から使いがあったんだ。きっと、響君とミラノさんの二人が訪ねるからとね」
「誰がそんなことを? 綾女さんが?」
隣に座るミラノの反応を気にしながらも響は訊いた。
「使いにきたのは綾女さんだよ。でも、双葉伽音さんがそう言っていたらしい」
「……伽音さんですか」
きっと伽音ははじめからこうなることを予想していたのだろう。きっとミラノに、昨日のことを話したのもそれが理由なのだろう。だが、何のために?
ミラノにとっては、その名前は気に入らなかったらしく、少しムッとしたような顔をして顔をそむけた。
襖が開き、さきほどの少女が姿を現した。
少女は二人の前にコーヒーカップを差し出しながらーー
「二人が来るのを待っていたんですよ」と優しく声をかけ、火輪のすぐ隣に座る。その口調と行動からは、ここで働いているという雰囲気は感じられない。きっとこの火輪と縁のある女性なのだろう。
「妹さんですか?」
二人の年齢を計りながら、つい響は訊いた。それを聞いた瞬間、火輪は小さく笑い、隣に座る少女の顔がみるみるうちに赤くなる。
「妹じゃありませんよ。私はこの人のお嫁さんです!」
「まだ予定の段階ですけどね」と火輪がにこやかに付け加える。
「え? それじゃーー」
「私は遠野八千流です。言っておくけど、見てのとおり私はあなたたちより歳上よ」
八千流はすっくと立ち上がり、スタスタと座敷を出ていった。
「あの人はね、春影さまの娘さんだよ」
「え? 春影さまの?」
「僕は昨年までずっと京都で暮らしていてね、そこで彼女と知り合ったんだ。今は縁あって、こちらに引っ越してきたんだ」
「そうでしたか、失礼なことをーー」
「なあに大丈夫。間違わない人のほうが少ないんだから」
まだ火輪は小さく笑い続けている。
「今日、お伺いしたのはーー」
「うん、わかっている」
「そうですか」
すでに綾女から、話を聞いていたのだろうか。だがーー
「仕事を受けてくれるんだろう?」
「え?」
「依頼人ならちゃんと呼んでおいたよ。もうすぐやってくるはずだ」
まったく何のことかわからず呆然とする響を前に、火輪はスックと立ち上がった。