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 御厨みくりやミラノは不機嫌だった。

 草薙響くさなぎひびきは、彼女の機嫌が悪いことが妙に気にかかっていた。

 朝からずっとミラノは響を無視するように一言も話そうとはしなかったが、放課後になって急に屋上に呼び出した。

 梅雨は既にあけているが、ここ数日は曇り空が続いている。

「話って何かな?」

「最近はずいぶん充実した生活しているみたいね」

 苛立ちを隠そうともせずにミラノは言った。

 ミラノには妖かしが取り憑いており、それをきっかけにして個人的な話もするようになった。特殊な関係性ということもあって常に本音で話をしてくれるのだが、少しは遠慮してほしいと思うこともある。

「何のこと?」

 響にはミラノが何を怒っているのかまるでわからなかった。

「昨日、どこに行っていたの?」

 冷たい視線を向けながらミラノは訊いた。

「どこって……ちょっと用事が……」

 どう答えてわからずに響は言った。

 響が暮らしている一条家はこの街では有力な資産家で、多くの不動産や会社を経営している。だが、実際には『妖かしの一族』として、多くの陰陽師などの術者たちを使い、妖かしに対処する仕事をしている。

 響が一条家で暮らすようになったのは一年以上前のことだ。目覚めた時、響はそれまでのことを全て忘れていた。一条家の当主である一条春影からは、大きな事故の後遺症で記憶を失ったと教えられてきた。だが、それは単に事故にあったというものとは違っているのかもしれないと、最近では思うようになっていた。

 実は、昨日、響は一条家の手伝いである家を訪ねていた。そこで思いがけず自分の過去を垣間見ることになった。それについてはさすがにミラノにも話す気にはならずにいた。自分でも未だに整理出来ずにいたからだ。

「だから、その用事は何なのかを聞いているんだけど」

 なおもミラノは問い詰める。

「一条家の手伝いでね」

 出来ることなら曖昧にして済ませたかった。だが、それをミラノは許さなかった。

「手伝い? どんな? 栢野綾女かやのあやめさんだっけ? あの人と一緒にどこに行ったの?」

「綾女さん? どうしてそれを?」

 栢野綾女は一条家に仕える陰陽師の一人だ。ミラノの言うように、昨日はその綾女と共に行動していた。

 その響の反応を見て、ミラノの表情はさらに険しくなった。

「やっぱり本当だったのね」

「何か誤解してない?」

「いいえ、ちゃんと聞いたのよ。昨日、一条の家に行ったら、伽音かのんさんが出てきて教えてくれたの」

 双葉伽音ふたばかのんは響たちのクラスメイトであり、響とは共に一条家で暮らしている。妖かしについて詳しく、響にとってはとても頼りがいのある存在なのだが、その挙動にはいつも驚かされ、困惑させられることが多い。

「伽音さんは何て言ってたの?」

 何か嫌な予感がする。

「気になる?」

「……少し」

 本当なら聞きたくはないのだが、そう言っても話は済まないだろう。

「本当なら綾女さん一人で処理出来る仕事なのだけど、草薙君が色香に迷って勝手について行ったって。実は草薙君は歳上が好きなんだって。戦闘服姿の女性が好きなんだって。そんな趣味があったなんて知らなかったわ」

「……どうしてそんな話に?」

 響は頭を抑えた。いったい伽音は何を考えているのだろう。もちろん伽音は、響とミラノの関係を知っている。しかも、ミラノは真剣に伽音の言ったことを信じているようだ。

「違うっていうの?」

 ミラノが自分のことをどう想っているのかをハッキリ聞いたことはない。もともと妖かし絡みで親しくなっただけで、それ以上の関係ではない。だが、好意を持ってくれているにしろ、違うにしても誤解されるのは困る。

「違うに決まってるだろ」

「じゃあ、歳上好きっていうのは嘘?」

「なんでそこを気にするの?」

「否定しないの?」

「だから、そういう意味で一緒に行ったわけじゃないよ」

「本当にただの手伝いなのね?」

「そうだよ。あ、いや、でも、あれはボク自身のためでもあったかな」

「あなたの?」

「話すと長くなるから」

 と、話を切ろうとするとーー

「じゃあ、手短に話しなさいよ」

 ミラノはそう言って顔を寄せた。とても断るわけにはいかないようだ。

 響は、仕方なく自分がかつて『玄野響』という人物だったかもしれないということを話した。ただ、その『玄野響』が暗殺されたということまでは言う気になれなかった。そもそも、自分が一度殺されているなどと、どう説明していいかわからない。

「ちゃんと話せなくてごめん」

「まあ……べつに構わないわよ。私に言わなきゃいけない理由もないしね」

 そう言いながらも、ミラノは少しだけ機嫌がなおったように見える。

「何かあったの?」

「何が?」

「昨日、ボクを訪ねて来たんだろ?」

 ミラノの目が何かを思い出したかのように再び険しくなる。

「ただの気まぐれよ……ちょっと嫌なことがあったから」

「嫌なこと……あ、いや、言いたくないならーー」

「そんなこと言ってないでしょ」

「……はい」

「昨日、ヴァイオリン教室に行ったのよ。人が気持ちよく弾いているのに、あの先生、『あなたは勝手に音を作りすぎる』だって。音楽っていうのは音を楽しむものでしょ。なんでもかんでも楽譜ばっかり気にしていたらつまらなくなっちゃうのよ」

 音楽のことはよくわからないが、ミラノが楽譜通りに弾くのが苦手だということはわかる気がした。

「今日、教室は?」

「行かないわよ。行くわけないでしょ」

 吐き捨てるようにミラノは言った。

 響の前では常に感情むき出しのミラノだが、意外にもクラスの中では穏やかで大人しい性格だと思われているようだ。『猫をかぶっている』という言葉がピッタリだ。

 ミラノはさらにーー

「草薙君は? 今日は用事があるの?」

「うん、ちょっと」

「ちょっとって何?」

 口調は大人しいが、妙に迫力がある。これはちゃんと話さなければいけないだろう。

「実は、今日、遠野火輪とおのひのわさんという人を訪ねるつもりなんだ」

「何者なの? まさか……また歳上の女性?」

 よほど伽音の言葉が頭に引っかかっているようだ。

「違う違う。火輪さんは男の人だ。以前、京都で陰陽師をしていたんだって」

「どうしてそんな人をあなたが訪ねるの? また一条家の仕事?」

「違う。これはボク自身のために必要な事なんだ。さっき話しただろ。ボクがボクになるまでのことをその人は知っているかもしれない」

「そう、わかったわ」

ミラノはフッと息を吐きながら言った。「仕方ないわね。一緒に行ってあげる?」

「え? どうして?」

「言ったでしょ。私、今日、空いてるのよ」

「でも……」

「行ってあげる。何? 歳上じゃなきゃ嫌なの? 戦闘服着てなきゃダメなの?」

「いえ……お願いします」

 仕方なく響は言った。


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