傲慢な悪役
暗めです。
私は体が震えそうなのを手を握りしめることで耐えた。
「お前なんぞ、婚約破棄してくれるわ!」
そういうのは我が婚約者…いや、元婚約者。
…神さま、なぜ今私を目覚めさせたのですか。報いを受けるべきは、彼女本人であるべきなのに。
私は今、前世を思い出した。そして、人格も入れ替わった。不幸なことに。
この状況に陥っているのは、前の人格のせいである。前の人格はただただ気に入らない、それだけの理由で沢山の人間を陥れてきた。その報いを受けるときがきたのが、今だ。
なぜ、そのタイミングで私という前世の記憶を思い出し、人格は入れ替わったのか。
それは神さまと前の人格のせいである。
神さまはお前は傲慢だ、と仰られた。実際、私は傲慢だがそれを何重もの仮面で隠してきた。それこそ、寿命で亡くなるそのときまでだ。で、あるのにだ。
神さまは次の人生は不幸となるようにしよう、と仰られた。私は傲慢であった。だが、それを誰にも悟られなかったはずなのだ。内心で何を思おうが個人の勝手である。そもそも、私より傲慢な思想を持った人間はいただろう。なぜ、私?そう思うのは仕方のないことと思う。
…それにしても、神さまは今、私の内心を読めないようである。読めるのであれば、神さまは怒り狂っているだろう。なんせ、私は心の中でずっと神さまを罵り続けているのだから。
その報いなのだろうか。それとも、神さまは私の内心を本当は把握していたのだろうか?
私は他人の罪を、その報いを受けることになった。
しかもである。前の人格はあれだけのことをしておいて、私は悪くない、そのことしか考えていない。そして、この状況にショックを受け、眠りについた。そして、今の人格を引きづり出した。要するに、前の人格に罪と報いを押し付けられ、万が一それが片付いたならばきっと、また眠りから目覚めて人格を取り戻すのであろう。
私は許せなかった。自分勝手な正義心を振りかざした神さまも。悪行を散々し他人に押し付けた前の人格も。色々喚いている元婚約者も。それを当然とし怯えるばかりの悲劇のヒロイン擬きも。そんな彼女を慰めるために囀る男共も。それを喜劇を見るかのように眺める周囲の人共も。
全てが許せない。なぜ、私が。なぜ、こんな目に。
そして、ふと思いついた。元婚約者を殺してしまえばいいのだと。元婚約者はこの国の第二王子だ。王太子のスペアとも言える立ち位置だ。そんな奴を殺してしまえばいいのである。
第二王子を殺すことはリスクが高い。だが、効率が良く、かつ、私が犯人であるということが発覚する可能性が一番低いと考えられる。
神さまを殺す。どうやって?現状不可能である。
前の人格を殺す。どうやって?これも現状不可能である。
悲劇のヒロイン擬きを殺す。今、もっとも怪しまれるのは確実に私である。
彼女を慰める男共を殺す。相手は五人もいるため、効率が悪い。そして、人数が多い分犯人が私だと発覚しやすいことだろう。
周囲の人共を殺す。この場にいる人間全てを把握している訳ではないので、誰がいるのか、そこを探らなくてはならない。よって、もっとも効率が悪い。
それでは、元婚約者を殺す。これはどうだろうか。元婚約者ならば、警備は厳しいと言えども、一人殺せば事足りる。そして、元婚約者を殺す動機があるもの、彼女に侍る多数の男共が存在している。政治関係にも複数存在していることだろう。
そして、である。私にとって、元婚約者を殺す利点がいくつか存在している。前の人格、悲劇のヒロイン擬き…そして、その他大勢の人々。具体的に言えば、家族を含めたこの国の人間すべてだ。それらの人々を悲しみ、怒り、それらの負の感情を抱かせることができる。
一石でいくつもの鳥を仕留めるが出来る。私の怒り狂い、冷静でない思考、そして凡人と言える程度の頭脳で導き出したのがこれである。
傲慢な人間といえど、出来ることに限りがあることくらい、知っている。だから、一人を殺すだけという結論になった。難易度が高くとも、最も可能性が高いと考えた。
もし、犯人が私だと判明したとしても、それはそれだ。殺した後でさえあれば、それほど問題はないだろう。相手に私を殺す大義名分を与えるだけだ。
さて、どのように殺そうか。