【アイドル≠普通の女の子】
アカリちゃんが『アイドルじゃないのにアイドルやっている子』だって知った数日後、ちょっと悲しい出来事があったの。
私がアイドルになった時に、何も知らない私にアイドルの事やう〇ちのことについて色々教えてくれた、同じ学校の同級生アイドル聖澤 甘華ちゃんが昨日、突然SNSでアイドルの卒業を発表したんだ。
学校で会った時にも全然そんな素振りなかったし、ついこの前だって「これからも一緒に頑張ろうね」って話をしたばかりだったのに、信じられなくて。
それでその卒業発表があった次の日の放課後、私は慌てて甘華ちゃんを呼び出して、サイゼで話を聞いていたのだけど……。
「甘華ちゃん……アイドルやめたってホント?」
「アイドル……そうね。やめたわ」
まるで未練や後悔なんてないみたいで、あっさりと頷いた甘華ちゃん。
やっぱり、本当に辞めちゃうんだ……。
「でも、どうして……?」
「私……―――――普通の女の子に戻ったの」
戻った?
普通の女の子に?
アイドルが卒業する時によく言うセリフだ。
今までだったら違和感なかったけど、アイドルの秘密を知ってからその言葉を聞くと、ちょっと色々考えちゃうよね。
っていうか、ちょっと待って。
普通の女の子に戻ったってことは――――。
「え……それじゃあ、もしかしてウン―――――うぐっ!?」
「どうしたの?」
――――――ぎゅるるるるるっ……!!!
うぅっ!
最近来てなかったのに、急にきたよぉ。
やばいやばいっ!
これ我慢むり。
「――――――ごめん、ちょっとトイレっ」
甘華ちゃんは心配そうに首を傾げていたけれど、私は一目散にトイレに駆け込んだ。
ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ ξ
「―――――もうっ、なんでいきなり出てくるの!?」
トイレに駆け込むと同時に、ポンッて出てきたのは、う〇ち。
あ、もうその説明は不要だよね。
う〇ちは私のお尻から出てくるなり、神妙な面持ちで天井を見上げていた。
う〇ちだから見上げる首なんてないけど。
「ひな、さっきの女だが……」
「甘華ちゃんのこと? それがどうしたの?」
「アイツはもう、アイドルじゃねぇ」
「……うん。辞めちゃったんだって……もったいないよね」
う〇ちの言葉に頷いた私だったけど、
「そうじゃねぇよ」
「えっ」
否定されちゃった。
「……アイツの中に宿っていたウンコが、もう居なくなっちまったんだ」
「いなくなった、って……どういうこと?」
う◯ちが、いなくなった?
アイドルの妖精さんが?
「……お前も考えたら分かると思うが……アイドルなんて存在は、所詮は期間限定の幻みてぇなもんだ」
「期間限定……」
「分からないか? ほとんどのアイドルは、年月を重ねるにつれ、年齢という人間の肉体が抱える問題に勝てなくなってくる」
確かにアイドルは、10代から20代前半までの人がほとんどかも。
30代を超えてなお現役アイドルの人もいるけど、それはほんのわずかで、たいていの子達は20代の内に卒業や引退を発表しちゃうから。
「アイドルの辞め時が、ウンコの切れ時だ……悲しいが、アイツは……ウンコは、もうあの肉体の中で寿命を迎えて、妖精としての使命を全うしたんだろ」
「えっ!? じゃあ、う◯ちのせいで、甘華ちゃんはアイドル引退になっちゃったの……!?」
「だからウンコだ! ったく……でまぁ、それは少し違う」
つまりはう◯ちの寿命がアイドル生命の終わりっていうことじゃないの?
「俺たちウンコは、お前たちアイドルの肉体的な若さと心の輝きの中でしか生きられねぇんだ」
「心の輝き……?」
「あぁ、川魚が綺麗な水の中でしか生きられないのとと同じようにな」
へぇ。
意外と繊細な生き物なんだね、う◯ちって。
「だからアイツが早くして生きられなくなったのは……母体であるアイドルの心が、汚れちまっただけだ」
「心が汚れた?」
なにそれ?
いったいどういうこと?
甘華ちゃんになんかあったってこと?
「……心が汚れるって言ったって色々な原因があるけどな。例えばそうだな……受験ストレス、将来への不安、彼氏ができた、妊娠した、枕営業で闇に染まったとか、か」
そう言ってう◯ちは、サイゼのトイレの便座の上で少し寂しそうに俯く。
「少女がアイドルの心の失う理由なんて意外に単純なもんさ。夢や輝きを忘れて、現実の視界に目を向けてしまったアイドルは、もう幻や理想の世界を見失っちまう。自分は特別なアイドルなんかじゃない、主人公じゃない、普通の少女なんだと自覚してしまう。やがてそうしてアイドルとしての心や肉体を失ってただの少女に戻ってしまった時、俺たちアイドルの妖精ウンコは……
――――――――死ぬ」
「そんな……」
「だからまぁ、さっきの奴が言っていた普通の女の子に戻ったって言い方は正しいかもしれねぇな。あいつは自らが原因でアイドルを続けることを、アイドルでいることを拒んだんだろう」
「甘華ちゃん……」
甘華ちゃんは中学生の頃からアイドルになったって言っていたから、私よりもずっと先輩で。
きっと私の知らない苦労や努力があったと思うから。
悩みに悩んでの決断だったり、するのかな。
「身から出た錆、なんてよく言ったもんだけどよ……」
色々と考えている私を尻目に――――う〇ちの眼のことじゃないよ――――う〇ちは続けた。
「人間の心、気持ちってのは誰かのせいじゃねぇ。自分次第でいくらでも錆びついて腐れるんだ。身も心もずっとキレイでいたいなんて、それこそがキレイ事だ。キレイで居続けることは、決して簡単なことじゃねぇんだ……お前も、40過ぎても未だアイドルの輝きを持っているような奴らを観てりゃ分かるだろう」
「そう、だね……」
10代の頃からアイドルとして駆け抜けて、40歳になった今でも現役アイドル顔負けの輝きで、ステージやモニターの前に立ち続ける人たち。
そんなベテランアイドルさんを思い浮かべながら、私は小さく頷く。
もちろん、その人たちの全盛期は私は生まれてもいないわけだから、名前くらいしか知らないけど。
それでも音楽番組とかでたまに出て歌っている姿を見ると、お父さんなんかは「この子は何十年も変わらないよなぁ」なんて言ったりするから。
たぶん、ずっと輝いている、ずっとアイドルしている人なんだろうなっていうのは分かるよ。
「なぁ……」
「ん……?」
う◯ちは、少しだけ俯いたまま、私を見上げた。
見上げる顔ないけど。
「お前は今でも、俺たちウンコが汚いもんだって思うか?」
「それは……」
うん。
―――――って即答しようと思ったけど、空気を読んでガマンガマン。
う〇ちは我慢できないけど、それ以外なら全然ガマンできるよ、私。
「まぁ正直、汚いよ……」
あ――――。
ガマンできずに言っちゃったじゃん……!
あぁ、私のバカバカ。
なんにもガマンできてないし!
そんな風に言ったらまたう〇ちに怒られる、って思ったけど、
「……そうか」
う〇ちは、今日はなんだか元気がなくて。
寂しそうに、小さく頷いただけだった。
まぁでも本当のことでさ、う〇ちは汚いわけだけど、本当の実際はどうなんだろうね。
「いいか、ひな」
「はいっ、な、なにっ?」
突然名前を呼ばれて、ビクリと慌ててしまう私。
今、完全に油断してたよ……。
「これだけは言っておく。ウンコはてめぇの腹の中から出てくるもんだ。そうだよな?」
「うん……」
「てめっ……ウンPだろ、呼び捨てにすんな」
「してないよ……」
そんなやり取りにも、今日のう◯ちにはあんまり元気がない。
「ウンコはもちろん言うまでもなくそうだが……じゃあ、言葉はどうだ? てめぇの心の中のモノを口から出すもんだよな……口から出すかケツから出すかってだけで、俺から言わせれば『ウンコ』も『言葉』も大して変わらねぇんだ」
「えぇっ!? それは流石に違うでしょ。言葉は臭くも汚くないよぉ」
「―――――果たして本当にそうか?」
「えっ?」
う〇ちが意味深に言ってくるので、思わず私は目を丸くしちゃった。
なんだか今日のう〇ちはどこかセンチメンタルな雰囲気を醸し出している気がする。
「―――って言っても、てめぇには分からねぇか……」
ため息を吐きながら、う〇ちはコホンと咳払い。
描写の説明はくどいから省くけど、毎回う〇ちのため息とか咳払いって、心の中では「臭そう」とか「ひぃっ!?」って思ってはいるよ。
口には出さないけど。
「……てめぇ、聞こえてんぞ」
「えぇっ!?ご、ごめんなさいっ」
言ってるそばから漏れちゃってたみたい!
ダメじゃん、私。
う〇ちも心の声も漏れまくりだよぉ……。
「俺から言わせればなぁ…… ―――――――汚ねぇ心を持った奴の言葉ってのは、反吐が出るほど汚ねぇもんだ。胡散臭ぇ人間の、偽善者ぶった臭ぇ言葉も虫唾が走る」
「それは……」
確かに、う〇ちの言うことは、少しだけ分かるけど。
流石にう〇ちの汚さとは、別じゃないかな。
「腹が黒い奴ってのは、たいていゲロみてぇな汚ぇ言葉を使う、下痢みてぇな臭ぇ言葉を吐く。いいか、ひな」
「ん……?」
「よく覚えておけ。人間ってのは、排泄物を『汚いもの』って勝手に認識しやがるが、別に俺たちやウンチのクソみてぇな、出すもんが汚いんじゃねぇ。汚いものから出るから汚ぇんだ」
「うん……」
なんか、言ってることが難しくて、全然意味わかんない。
けど、そう言うと怒りそうだから、分かったフリしてる。
「お前はさっき、ウンコは汚ぇもんだって言ったわけだが……それじゃあ、『アイドル』はキレイだと思うか?」
「うん、もちろん」
キラキラしてて、ピカピカしてて、良い匂いして。
アイドルはいつでもどこでもキレイな存在。
それは、当たり前だよね。
「……そうか、それならそれでいいんだ」
納得したような、していないような。
そんな微妙な反応する、う〇ち。
「ひな……お前は、汚れないでくれ」
「うん…?」
「――――俺のように、ずっとキレイでいてくれよな」
でも、そう言ったう〇ちの表情は、なんだかちょっと穏やかで――――。
表情? 顔はないんだけどね、う〇ちだから。
まぁ、いいや。
そんな風に穏やかだったから、私は「ぷっ」って思わず吹き出しちゃった。
「ぷっ! えぇ、う〇ちは汚いよぉ」
「あ、てめぇっ! まだ俺のことウンチとか思ってやがるのか! 俺はキレイで匂いのねぇ清潔ウンコだって言ってんだろうが!」
ずっと元気のなかったう〇ちは、私にそんな話をしてスッキリしたみたいで、ようやくいつもの調子を取り戻していた。
なんだかそれが嬉しくて、おかしくて。
私はお腹から込み上げてくる笑いを、もうガマンしなかった。
「――――ぷっ、あはははっ……!」
そしたら、う〇ちもおかしかったみたいで、私と一緒に笑い出したんだ。
「ぶりゅっ、ぶっびゅびゅびゅびゅwww」
―――――いや笑いかた汚すぎじゃないっ!?
でも、甘華ちゃんに宿っていた同じ『アイドルの妖精』さんが死んでしまったから、この日だけはちょっとだけ、私のう◯ちも感傷的だったというか、寂しかったのかも。
う◯ちの言うにはね、もう甘華ちゃんはアイドルじゃなく、普通の女の子になっちゃったから。
つい最近まで宿っていた、ずっと一緒にアイドルをやってきた「う◯ち」のことは全部忘れてしまっているんだって。
覚えているのは、自分がアイドルだったっていう外側の情報だけ。
他のお客さんや周囲の一般の人が見ていた情報と同じ部分だけなんだって。
だからさっき、私が甘華ちゃんにう〇ちの話をしそうになった時、慌てて出てきたんだって言ってた。
私はそのままう〇ちをトイレに流して席に戻った後は、アイドルの話は一切しないようにして、普通の話で盛り上がって、解散することにした。
甘華ちゃんが「アイドルの秘密」を忘れてしまっている、っていうのは少し寂しかったし――――。
甘華ちゃんがアイドルを辞めた―――――アイドルではなくなってしまった理由は、よく分からないけど。
この日サイゼでお話をした普通の甘華ちゃんは―――――。
「ずっと好きだった人に勇気を出して告白して、付き合うことになったの。アイドルを辞めて、彼といられる時間がこれからはもっと増やせるから、私は今がとても幸せっ」
そんな風に、すごく幸せそうに笑っていた。
その表情は、アイドルのステージの上に立っている時よりもキラキラしているような気がして、けれでも私にはよく分からなくて。
でも、幸せそうだから、アイドルを辞めて良かったんだよね。
そんな風に思った、今日でした――‐―――。
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