【A.アイドルは汚い】
実はね、SNS上では昨日から、大変なことが起こっているの。
私と仲良しのアイドル『蛍乃アカリ』ちゃんが、めっちゃ大炎上しているみたい。
「なんだ、今日は浮かねぇ顔してるな」
「あはは、一応眼が付いてるんだね、う○ちにも」
「ウンPって呼べ、クソがっ!」
今日は気分的に、初めて部屋の中で、う○ちを漏らしちゃった。
も、もちろん、床とかじゃなくて、ちゃんとビニール袋の中に、だよ?
誤解されないようにちゃんと説明すると、まず床に新聞紙を敷いて。
その上にビニール袋を敷いた上で、100均で買った洗面器をセット。
それをビニール袋に包んだ中に、ポンッ!て出した感じ。
うぅ。
ちゃんと説明すると、意外に恥ずかしいことしてるね、私。
部屋でお尻出して、用を足しちゃうって、変態みたいだよ…。
そんなわけで、今日はう○ちを机の上に置いて、お話してるの。
「どうしたんだ?」
「これ見て。この前一緒にゴハン食べた、アカリちゃんなんだけど」
「あー、そいつの話か」
「なんか悪い噂が拡散されてて、すごい炎上してるの……」
噂の出所は謎なんだけど、噂の内容を簡単にまとめると、こういう感じ。
■「アイドルの蛍乃アカリが男とホテルに入っていくところを見た」
■「蛍乃アカリは無類のセックス好きで、ヤリマンビッチ」
■「蛍乃アカリは金持ちのオタクともヤリまくってる」
■「蛍乃アカリは『CRAEME JELLY』のミナコを敵視しており、『CRAEME JELLY』運営の男を誘惑し、ホテルに誘った」
■「蛍乃アカリはアイドルの風上にもおけない、アイドルのクズ。汚名。偽物」
こんな噂がSNS上で書かれて、一夜の内に拡散。
すでに大元のツイートは削除されているのだけど、噂に噂を重ねられて、どんどん話が大きくなっている感じだった。
【蛍乃アカリを応援していたのに、裏切りやがって。○ねビッチ】
【糞アイドル。さっさと辞めちまえ】
【蛍乃とかいうのアイドル語ってるだけのただの金好きのヤリマンだろ?】
【消えろ、偽者】
そんなツイートが、TL上を埋め尽くしている。
私の方にも結構来てくれている優しいオタクたちも、この噂の炎上に乗せられる形で、怒りと失望のツイートをしているし、なんでこんなことになってるんだろ。
―――――――ピロリンッ♪
「あっ、アカリちゃんだ」
本当は私から連絡しようと思っていたんだけど、先にアカリちゃんの方からLINEがきた。
(こういう時は、ちゃんと元気出してって慰めてあげなきゃね)
そう思いながら、私はプッシュ通知をスライドして、トークを起動する。
きっと、ショックを受けて凹んでいるメッセージが来ているはずだよ―――――。
――――――『私のこと、ばらした?』
「え……」
開いた瞬間に出てきた、ちょっと意外だったその文字に、私は絶句した。
絵文字もスタンプも使われていない、文字。
本人の表情は分からないけど、文体だけで、アカリちゃんが怒っているのが分かる一文だった。
(私は、何も……)
急いで返信を作成。
――――――『え……そんな、してないよ(汗』
――――――『だって私ひなにしか話していないし。いきなりこんなことされるの、アイドルじゃないことがバレたからに決まってんじゃん』
――――――『そんな、本当に違うよ』
心臓が、痛い。
仲良しだったアカリちゃんに、真っ先に疑われて、こんな冷たい言い方されて。
ショック過ぎて、心臓が痛い。
泣きそう。
――――――ピロリンッ♪
――――――『最低』
「―――――っ!?」
グサリ。
胸に刺さった。
ほとんど放心状態で、震える指で、私は慌てて返事を返す。
―――――『違うよ、本当に私は誰にも喋ってないよ』
信じて。
信じてよ、アカリちゃん。
そう思いながら、LINEのトーク画面を凝視。
でも……。
数秒待ったけど、もう既読は付かなかった。
―――――『アカリちゃん、元気出して。すぐに嘘だってみんな分かるよ、きっと』
―――――『アカリちゃん!』
―――――『私も協力できる事は何でもするから、信じてアカリちゃん!』
―――――『アカリちゃん!泣』
……ダメだ。
はぁ、完全に私、嫌われたよ。
本当に私は悪くないのに、なんでだろ。
「ふむふむ……なるほどな」
「ねぇ、どうしたらいいと思う?」
こういう時こそ、う〇ちを頼っていいよね。
だってう〇ちは本来『ウンP』、私のプロデューサーなわけで、『ウンA』という名の運営さんなわけだから。
お願い、う〇ち。
私とアカリちゃんを助けて。
「どうしたらいいも何も」
う〇ちは悩ましげに唸っている。
ご想像の通り、唸り方は「う~ん」だよ。
「俺はウンコだ、残念ながらウンチ野郎とは言葉も通じ合わねぇ」
アイドルである私のう〇ちは「ウ〇コ」で。
アカリちゃんはアイドルじゃないから普通の「ウ〇チ」。
普通のウンチは喋らないもんね。
それは、言葉も通じ合うはずがないよ。
「悪いがハッキリ言う。自業自得だ」
「そんな、どうして……アカリちゃんは、何も悪い事してないよ。こんな噂、ウソだもん」
「そういう問題じゃねぇ。アイドルの素質がないやつはアイドルをやっちゃいけねぇんだ。そんな奴がアイドル紛いなことをやっているから、こんなことになる」
「でもっ! アカリちゃんは頑張ってるんだよ?」
「頑張ったところで、そいつはアイドルじゃねぇんだよ」
「そんな…」
そんな言い方ひどいよ。
「……悪いことは言わねぇ。アイツとはもう、関わらない方がいい」
「……」
「お前はアイドルだ。自分が輝くことだけに、集中するんだ」
う〇ちは冷たくそう言い放った。
排泄した瞬間はホッカホカのくせに!
そんな冷たい言い方しなくてもいいじゃん!
そう思ったけど、私はただ、唇を噛む事しかできなかった。
(アカリちゃん……)
私はもう一度、LINEのトーク画面を開いた。
既読はまだ、付いていない。
そこで私は、ふとあることに気が付いた。
(あ、そういえば明日はライブで一緒だったよね?)
そういえば、明日は『CRAEME JELLY』さんとの対バンイベントだ。
そして、タイテ(タイムテーブル、出演者や出演時間などの詳細のことだよ)を確認すると、アカリちゃんの名前もそこにはあった。
(アカリちゃん…… ―――――――よしっ!)
既読はつかないし、私の事をもう嫌いになって、ブロックしているかもしれないけれど。
私は最後にLINEで送っておく。
―――――『本当に私はアカリちゃんの味方だから。明日のライブ絶対助けるよ。だから、一緒に頑張ろうね。』
私は、アカリちゃんを見捨てたりしない。
それに、こんな噂を流して、アカリちゃんを傷つけた犯人を許さないよ。
ハッキリとそうメッセージを送って、そっとスマホを閉じた。
今ここで私がハッキリ言っておかないと、こんなに炎上した状態で誰も味方がいない状況だったら、明日はアカリちゃん、ライブに来ないような気がしたから。
アカリちゃん自身も楽しみにしていたライブだし、オタクのみんなも予約してくれているわけだから、こんな形でドタキャンして、終わっちゃうなんて。
そんなの悲し過ぎるもんね。
明日は全力で、アカリちゃんの潔白を証明しなきゃ。
私は珍しく、燃えているよ。
それは私自身、この前アイドル仲間だった甘華ちゃんが突然辞めてしまった、っていう寂しさもあったのかもしれないけど。
アカリちゃんには絶対やめて欲しくないし、こんな形で嫌われたくなんてないから。
「ひな……お前、何をする気だ?」
そんな真剣な私の表情を気にかけて、う〇ちが心配そうに見つめていたけど、
「ごめんね。でも、私はアカリちゃんを助けたい」
ただそれだけ答えて、それ以上は何も言わなかった。
「ったく、どうなってもしらねぇぞ、クソアイドルが」
う〇ちはそう言って毒づいたけど、きっと分かってくれている部分もあるんだと思う。
ちょっとだけ、優しかった。
(お願いだから、明日来てね、アカリちゃん……)
そんな風に願いながら、私はその日の深夜までLINEを何度も確認したけど、結局既読は付かなかった。
それでも――――。
きっと来てくれるって信じてるよ。
だって、アカリちゃんは、アイドルなんだから。
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