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君が好き

 

「フェイ、婚約を破棄してほしいんだ」

 別れたくなんかない


「いきなり何を・・・」

「好きな人ができたんだ」

 他に好きな人なんかいない。君が好きなんだ。


「・・・・」

「ごめん」

 君には幸せになってほしい。



 俺には前世の記憶がある。

 ここは、俺が生きていた世界でミリオンセラーを記録した恋愛小説の世界だ。全15巻で形成されるその小説の内容は簡単に言えば王子様と男爵家令嬢が幸せになる話。その2人の出会いのきっかけは王子の婚約者だった令嬢のいじめであり、2人の最初の試練は王子の婚約者だった令嬢のいじめに打ち勝つことだった。そして見事令嬢の悪事を暴いた2人は結婚をするために様々な試練を乗り越えていくといった内容の小説だった。

 その断罪される令嬢こそが俺の妹、カレン=ガルシアだ。


 俺はカレンが男爵令嬢をいじめないように何度も忠告をした。

 それでもカレンの暴走は止まらなかった。


 カレンの断罪はシナリオ通りに行われた。

 カレンの罪は何の罪もない男爵令嬢を陥れようとしたこと、王子を欺こうとしたこと。そしてガルシア家の罪はカレンを止められなかったこと。

 ガルシア家は、王家からの反感を買い、それから逃れるようにして引っ越しが決まった。王都から遠く離れた場所に。

 カレンは嫌だといったけれど、俺たちが生きていくためには王家の目のはいらないところに行かなくてはならない。

 そんなところなんてないのかもしれない。でも、せめて離れた地へ。


 俺ではフェイを幸せになんてできないから。

 俺にできるのはフェイの元から去ることだけなんだ。



 そして俺たちは引っ越した。

 持ち物は最低限に。使用人なんて連れてくる余裕はなかった。


「こんな何もないところに引っ越してきてくれるなんて……」

 何も知らない住民たちは俺らを歓迎してくれた。

 ここでの過ごし方なんてしらない俺たちに生活のすべを教えてくれた。

 そうして俺たちはなんとか暮らしていくことができた。

 俺は不満なんてなかった。フェイはいないけれど、それでも生活をするに十分のものがそろっている。

 これ以上何を望むというのだ。

 でも、妹たちは違った。


 豪遊ばかりしていた母は、豪遊ができなくなって気が病んでしまった。

 ずっと暗い部屋でブツブツつぶやいている。


 カレンが王子と結婚することを疑わなかった父は、全てはカレンが悪いと言ってカレンをだまし修道院に入れてしまった。

 カレンがいじめをやめなかったのは俺たちだって悪いのに、カレンだけを悪者にして。


 俺たちは3人暮らしになった。

 気が狂うような生活。


 それも長くは続かなかったのだけど。

 父が母と心中をした。

 もう生きていけないと書き残して。

 両親にとって権力や金がなくなってしまっては生きていけなかったのだろう。

 それでも生きていてほしかった。

 権力や金に目がない人だったけれど、それでも俺の家族だったから。

 命さえあればなんとかできたかもしれないと思うのは俺が貴族らしくないからなのかもしれない。



 そして俺は一人になった。

 とはいえ、住人たちは俺に優しく接してくれる。

 まるで家族のように。


「おい、リーン酒盛りしようぜ!」

「カイ、まだ昼なんだが……」

 特に酒屋の息子のカイはとてもよくしてくれる。

 だが、まだ正午を過ぎたばかり。いささかなまけすぎではなかろうか。


「何固いこと言ってんだよ! 今日はお祝いだろ?」

「お祝い?」

 何かあったのだろうか?

 収穫祭までは後1か月はあるし、誰かが結婚したという話も聞かない。

 もしかしていまさっき婚姻が決まったばかりなのだろうか?

 ならば酒盛りをする前にお祝いの言葉だけでもかけてこなくては……。


「ああ、そうだよ! 騎士様の婚姻が決まったんだろ?」

「騎士様?」

 誰だ、それ? この村に来てから初めて聞く名前だ。

 その名のとおり役職が騎士なのかもしれないが、俺はこの村に来てから一度たりとも騎士なんて見たことがない。

 駐在さんなら見たことがあるが、彼はそのまま名前で呼ばれているから違うのだろう。


「ああ、騎士様だよ」

「誰だ?」

「お前ひどいな。婚約者の騎士様のことを忘れるなんて」

「俺に婚約者なんていないぞ」

 そう、俺にはもう婚約者はいない。

 自分からフェイの元を去ったのだから。

 その後に彼女でも何でも作れたのかもしれないが、俺には無理だった。

 フェイのことを忘れることはできなかったし、彼女ほど愛おしいと思う存在なんていなかった。

 ああ、なんか泣きそう。

 せっかく心の踏ん切りがついたというのになぜ思い出させるようなことを言うんだ。


「は?」

 きっとカイは思い違いでもしているんだろう。そうに違いない。

 こんな気持ち引きずっていられない。忘れよう。酒でも飲んで!

 丁度目の前にはカイが酒盛り用に持ってきた大量の酒がある。

 カイは酒屋の息子なだけあって持ってくる酒もうまいものがそろっている。

 特に今日はお祝い用らしく高価な酒ばかり。


 俺はカイの持っている籠の中から適当に一本奪い取った。

 そして、グラスに移すことなく瓶から直接酒を飲んだ。

 こんなはしたない真似、両親がいたら止めるのだろうが彼らはもういない。


「おい、リーン?」

 目の前でカイがあたふたしているがそんなことなぞ知ったものか。

 フェイを思い出させたカイが悪いのだ。せいぜい高い酒が消えていくところを見ているといい。


「ちょっと待て」

 俺が二本目の酒瓶に手を伸ばした時にカイは俺の腕をつかんだ。


「んだよ」

「一旦落ち着け。深呼吸でもしようか。」


「はい、すってー、はいてー、はいてー、はいてー…………」

 俺はカイの掛け声通りに深呼吸をした。


「苦しいわ!」

 だんだん苦しくなって俺は勢いよく息を吸い込んだ。


「よし、落ち着いたな」

 おい、無視かよ!


「では、聞かせてもらおうか」

「何を?」

「騎士様は、フェイ様はお前の婚約者なんだろう?」

「違う」

 元婚約者だ。

 フェイはもう俺の婚約者ではない。


「でも、フェイ様はお前の婚約者だと言っていたぞ?」

 ん? 言っていた……?


「カイ、お前フェイと会ったのか?」

 そんなことはないだろう。

 だって、ここは王都からとても離れた地だ。

 彼女がいくら騎士だと言ってもこんなところに派遣されることなんてないはずだ。


「ああ、俺だけじゃなくて村のみんなあったことあるぞ?」

「俺はこの村に来てから一度のあったことありませんけど?」

「そうなのか? 結構な頻度で来てるんだけどな」

「いつから?」

 結構な頻度で来ている割に俺が会ってないというのだから最近のことなのだろう。


「お前が越してきてからすぐ」

「は?」

 俺がこの地に越してきてからもう5年が経つんだぞ?

 俺は地元の人たちともっと仲良くなるように積極的にコミュニケーションをとってきた。

 引きこもりだとか根暗なんてイメージを持たれないようになるべく外出するようにもしていた。

 なのに、5年間全く会わないってどうなっているんだ?


「まあ、騎士様ならさっき会ったからまだ近くにいると思う」

「いってくる」

「いってらっしゃい」

 そういってカイは笑顔で俺に手を振った。

 もともと酒に強くない俺は一気に大量の酒を飲んだことで足元が多少ふらついている。

 それでも俺は走った。何度も転びそうになったがそれでも走ることをやめなかった。

 フェイに会いたかったから。


 カイの家の近くまで来たときに金色の髪の人を見かけた。

 俺が見間違えるわけがない。あれはフェイの髪だ。


「フェイ」

 いてもたってもいられなくて俺はフェイの名前を呼んだ。


「ああ、リーン。久しぶりだな」

「なんでフェイがここに?」

「結婚式を挙げる際の酒を注文しに来たのだよ」

「は?」

「この村の人はよく酒を飲むだろう? たくさん用意しておかないとすぐなくなってしまうから」

「結婚式って誰の?」

「私とリーンのだが?」

「聞いてない」

「言ってないからな。言ったらリーンは逃げるだろう」

 俺は言葉に詰まった。

 フェイの元から去ったことのある俺に逃げないとは言い切れなかったから。


「本当は君にばれる前に準備を終えてしまいたかったのだが、ばれてしまったなら仕方がない。だが逃げても無駄だぞ。既に君に思い人がいないことなんて分かっているからな」

「でも俺たちはもう婚約者ではないだろ」

「私がいつ婚約破棄を承諾したというのだ?」

 確かにしていない気がする。

 それでも彼女はあの時何も言わなかった。

 だから承諾したのだとばかり……。


「君の周りを調べるのに少し時間がかかってしまったが、もう逃がさないぞ。私と結婚しろ!」

「俺にはもう地位なんてものはない」

「私にはあるから安心してくれ。苦労なんてかけない」

「ただ君は私のそばにいてくれるだけでいいんだ。拒否権はない。いいな?」

「ああ」


 断ることなんてできない。

 俺はフェイのことが好きなのだから。


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