2人の片思い
婚約者とは所詮、婚約ーー将来結婚することを約束しただけの関係に過ぎない。
つまりは赤の他人である。
政略的要素が絡んでいようと、それはあくまで私の生家と相手の生家が関係を持つことを『おトク』だと考えただけ。
いや、今回の場合は『現状維持』の要素が大きいだろう。
同じ公爵家同士。
幼少期に王子の婚約者に選ばれた姉の代わりに家を継ぐことになった私と、公爵家の子息とはいえ次男に産まれ、家督を継ぐ権利のない彼。
シュタイナー=ベルンという男は我がリールドベール家の婿にしても構わないと思えるほどには頭が良く、身体能力も低くはない。
婚約者歴が6年目に到達し、社交歴もそれ相応にあるが悪い噂一つ立ったことはない。
その上、婿に来るという自覚があるからか、火遊びも一切しない。
ただただ勉学に明け暮れる日々。
私自身、当主にはなれずともリールドベールの娘として教育はしっかりと施されている。
それこそ王子の婚約者のお姉様に負けないくらいには。
後数年もすれば、政略的な婚姻は予定通り行われることだろう。
けれど難を言えば、私の婚約者が『つまらない男』ということだろうか。
真面目に婚約者をしてくれているが、それだけだ。
結婚してからも私の趣味に口出ししてくることはないだろうが、それは興味がないことの裏返しとも言える。
前まではそれで良いと思っていた。
ほんの数ヶ月前までは。
けれど本にすら嫉妬するお義兄様を目にしたら、なんだか自分が何もないように思えてくるのだ。
あの人達が特別だということくらい分かっている。私達のような、名ばかりの婚約者が大半であることだって。
「聞いて、ミュウ。王子ったら私の本をまた隠してしまったのよ!」
その言葉を耳にするたびに、そんなことでお姉様の楽しみを奪うなんて! と憤りと同時に羨ましさが湧き上がるのだ。
お姉様は気づいていないだろうけれど、お義兄様が取り上げる本はきまって冒険小説なのだ。
昔からお姉様は冒険小説が好きで、いつだって主人公が切り開く物語をキラキラとした目で読み進めていった。
「主人公がやっと脱出の糸口を見つけたの!」
主人公の活躍シーンに気持ちが昂ぶれば、本を胸の前で抱えながら私の元まで走ってやってくる。
はしたないですよ! と使用人に注意されながら、社交界では淑女の見本のようなお姉様が顔を赤らめてやってくる。
きっとお嫁に行ってからは、その対象は妹から王子へと移ったのだろう。
愛する女性が興奮気味に他の男のことを語る。
その男を目の前から隠してしまいたくて、王子は本ごと隠してしまうのだ。けれどそれすらも数日で、王子は謝罪と共に感想と新刊まで持ってきてしまうらしい。
今ではネタバレを恐れているのではないだろうか? と勘ぐってしまうほど。
頬は膨らましても、瞳の奥は城の王子様への愛で満たされている。
そんな関係、ただの政略婚姻相手に求めるのは間違っているのだろう。
相手に求めるのは領土の運営技術と貴族としてのコミュニケーション能力の2点である。それだけ兼ね備えていてくれれば十分なのだ。
ーーだが最近になって、私の婚約者殿にとある問題が浮上した。
休日はリールドベール屋敷の庭園でお茶をして過ごすことに決まっているのだが、その問題は一年ほど前から起きるようになった。
「ミュウ嬢」
「なんですか?」
「今日はシャルロット嬢は来ていないのか?」
「はい。お姉様は今日、公務で出ていますから」
「そうか……」
お姉様が王子妃になった少し後から、お姉様が居ない日は決まってこの会話は繰り返されることとなった。
居れば会話の中心はお姉様へと運んでいく。私だってお姉様のことが大好きだからそれで構わなかった。
だがいつだってお姉様のことばかりを気にする彼に、お姉様が気にしてしまって、次第に訪問頻度を減らしていった。
そこからこのやり取りが恒例化したというわけだ。
彼がお姉様を愛していて、週に一度会えるかもしれないという希望を持って屋敷に足を運んでいることくらい嫌でもわかる。
けれどお姉様はすでに王子妃様で、彼だっていずれは私の婿になるのだ。
そんな恋、叶うはずがない。
そして芽生えてしまった私の恋も。
つまらない男につまらない女。
叶うことのない恋心を秘めたもの同士、いい夫婦になることだろう。
お姉様の留守を聞かされ、視線と気持ちを落とす彼の前で私は今日も本を開く。
ヒロインがヒーローに愛される恋愛小説を。
私はなれないその少女に夢を見て、そしてお姉様のように幸せになった少女を見守るのだ。




