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女王様の悩み事

「さぁクイーン、前へ」

 はぁ。また今回もヘマをした。

 今度こそはしっかり手を抜いたはずなのになぁ……。

 結局今年も学園のクイーンに選ばれてしまった私は心の中でそっとため息をついた。


 そもそも定期テストに何で魔力量の検査があるのよ! 学園なんだから在学中に身についたことをテストしなさいよ! と思いつつもその願いは叶うことがないことをこの学園の誰もが知っている。


 もともと定期テスト、というよりもこの学園のランキングは貴族たちの力を誇示するためのもので、貴族たちが優位に立ちやすいようになっている。それも古くから続く由緒正しき貴族は特に。

 私を含めこの学園の生徒の半分以上は貴族が占める。平民であっても魔力量の多いものはもちろんいるがそれでも魔力の強い者同士を掛け合わせて産まれた貴族の子どもに比べれば遠く及ばない。

 だからこそこの学園の貴族たちは常に優位に立ち続けることが出来る。全ては血筋がいいからとしか言いようがないが。

 


 その学園では中等部、高等部合同の学年末期末テストが一年に一度行われる。そこで優秀な成績を収めた者が次の年の長となる。代々その役目を担うのは男性だったことからその役名は『キング』と呼ばれていた。そこに現れ、女性初めての長を手にしたのが私、『初代クイーン』だ。

 そこまではまだいい。

 中等部の一年の私が生徒会に所属していても、周りの同級生及び上級生が私を敬おうとも、取り入ってこようとも、それが『クイーン』であるから仕方のないことなのだと割り切れた。


 でも、でもね!

 これはおかしいんじゃない?


「クイーン? どうされましたか?」

「いえ、何でもないわ」

 なんでもなくない。

 問題大ありよ!

 でも声を荒げたりしない。代わりに私にマイクを向けてくる放送部部長に微笑みを向ける。私の頬がピクピク震えていることなんてお構いなしに彼は頬を真っ赤に染めて進行を続ける。

「では、クイーン。御指名を!」


 もう何年も連続で聞かれた言葉。それに答えるのは毎年毎年同じ名前だ。

「ベーター=メタトロン」



「やはり今年もクイーンは獣王を選ぶのか……」

「お似合いですからね。……例え兄妹であろうとも二人の仲を引き裂けるものなど存在しませんわ」

 



「はぁ……」

「これが終わったら帰ろう」

「……そうね。お兄様」

 私と私に選ばれたお兄様とで全校生徒の前で一曲分のダンスを踊る。

 事務的なそれが終わりを告げ、他の生徒たちのダンスの相手が決まるまでの間、座り慣れた王座へと身体を預ける。

 どうせ今は皆、自分の順位とダンスの相手の指名のことで頭がいっぱいで私たちのことなど見てはいない。


 ならばなぜまだこんな場所にいなくてはならないのか。


 それは単純に校則によって定められた義務だからだ。

 本当に面倒くさい……。

 差し入れられたジュースの入ったグラスをお兄様と並んで傾けながら、私と違って幸せに満ちた生徒たちを見下ろす。


 ある者は交際相手を、またある者は指名することによって秘めた想いをこの場を借りて告白するのだ。

 残念ながら想い人がすでに選ばれてしまった場合やそもそもダンスパーティーに興味のないものは選択権を破棄することもできる。


 なおその拒否権はランキング2位以下が行使できる権利であり、上位から指名された者は断ることはできない。

 つまりキングやクイーンは絶対に誰かしらを指名しなければならないのだ。


 本当に腹立たしい。

 怒りを募らせ、グラスに薄くヒビが入ったところでお兄様の手が重なる。

「もう少しだ。我慢しろ」

 耳元に口を寄せ、なだめられてようやく我に帰る。


 そうだ、これは行事だ。

 全校生徒を前にして恥を晒すわけにもいかない。

 気をそらすため、再び生徒たちを見下ろす。

 お兄様の言葉の通り、八割がたの生徒がダンスの相手を決め終えていた。

 残る者のほとんどは指名権を破棄し、会場を後にするのはこの5年間の経験から予測がついていた。


「行こう」

 最後の一人が指名権を破棄するとお兄様に手を引かれ、会場を後にする。


 私もお兄様ももうこの会場にいる意味などないからだ。

 背中には会場にいる生徒たちの視線が刺さる。もうこれで5年目になるものだがやはり慣れない。いたたまれない気持ちになるのだ。


 誰もいない構内をひたすらに足を進め、そして役員の自室が設けられている生徒会室へと滑り込む。

 防音と結界の張り巡らされた生徒会長室に入り、扉を閉めるとやっと怒りを爆発させることができた。


「お義兄様のせいで、お義兄様のせいで」

 慣れないドレスをわざわざ脱ぐのが面倒です胸元に手をかけ、乙女を襲う山賊さながらに破り捨てる。


 そしてボロボロになった布切れを投げ捨てると、タンクトップにハーフパンツという着慣れた服装が姿を見せる。

 そのまま進み続けた私が目指すのはサンドバッグだ。ストレス発散用に常に天井から吊り下げてあるのだ。


 まずは助走をつけて利き手で一発、景気付けに殴る。

 するとサンドバッグは固く支えられていた何本もの鎖の支えを失い吹き飛んだ。


「相変わらずのいいパンチだな」

「お兄様、これ、ちゃんと強化魔法かけてあるの?」

「ああ、メフィストに頼んで最大出力の魔法をかけてある」

「ふーん、そう……これで、最大出力ね」

 結界により、窓ガラスを破ることなく内部に弾き飛ばされたサンドバッグを回収し、お兄様に渡して天井に固定してもらっている間、バングルの確認に入る。

 魔法を勝手に発動させないようにと学園側から支給されているバングルは通常状態、魔法発現0値を示している。


 魔法は使っていない。

 むしろサンドバッグの方には最大の防御魔法がかかっている。

 数日前のお兄様の説明によると、この防御魔法は先の戦いによって大量の死者を出したドラゴンに匹敵すると言われている。

 そのおかげで吊し上げられたサンドバッグには傷こそあれど破損は見られない。


「はぁ……」

 再びため息をつき、今度は気をつけようと拳を構えた。


 この学園に入学して約一週間。

 そのわずかな時間こそが一ヶ月後にはもう最終学年へと進級する私の、唯一の青春の時間だった。


 普通に同じ学年の女の子たちと教室でたわいないおしゃべりをした。時には入学式で一目惚れした男の子を目で追ったり……。いや、これは今でもしているけど。

 あの時よりも格段に遠くなった距離で、生徒会室からホロスコープを覗きながら目で追っている。


 本当は私だって同年代の子たちともっといっぱい恋バナしたかった!


 だがそんな時間、私には与えられていなかった。

 入学して一週間後に行われた実力テストで私が叩き出した成績は学園史上最大値。学園二度目となる一年生での生徒会入りがその日確定した。

 ちなみに学園初の快挙を成し遂げたのは私が学園に入学する直前に義兄となった人物である。彼は私の自慢のお姉様に一目惚れをし、そして落とすまでに6年間を費やした変人でもある。

 お義兄様の前例があったせいで私の一年生での生徒会入りは即決され、そしてお義兄様がお姉様を口説き落とすまでに作った様々な校則によって私の青春はことごとく破壊されている。


 例えばさっきの第一位は相手を選ばなければならず、また選ばれた相手は拒否権を持たないといった頭のおかしなルールを作ったのは他でもない、お義兄様だ。

 あれはお義兄様の一つ下年下のお姉様が自分の不在の一年間で他の男に取られまいかと心配したお義兄様が全校生徒の前で牽制するためだけに作られた校則である。

 一応新たな校則が作られる前には生徒会もとい全校ランク1位から5位までのものの半数以上の同意が必要なのだがお義兄様にかかれば動作もない。彼の無言の圧力に勝てるものなどいなかったのだ。


 そんなふざけた理由で作られた校則ではあるが、なぜか廃止には持っていけていない。理由は簡単だ。全校生徒の過半数が廃止に反対の意を示し続けているからだ。さすがに私はお義兄様のように独裁を敷きたくはないので、いくら生徒会メンバー全員が廃止に賛成してくれようがこれでは廃止することはできない。

 ダンスの指名など全校生徒の前で告白しているようなものなのだが、今のところ施行されてから成功例しかないとの専らの噂で、特にクイーンかキングになったものには最高の幸せが与えられるとジンクスが立ち上がるようになったらしい。

 私には全く幸せがやって来ていないが、側から見たら私と兄は禁断のカップルだそうなので幸せそうに見えているのだろう。

 ……少なくともダンスパーティを抜けた先でサンドバッグを殴り続けているとは露ほどにも思ってはいないに違いない。




 そんな全校生徒の憧れらしい、キングやクイーン、そして生徒会役員という称号だが、実際のところは生徒会の仕事でろくに同学年の生徒との交流を図れず、生徒会を務めた一年のせいで出来た溝は中々埋まらず、万が一生徒会の役員でなくなったりなどしたら待っているのは友人のいない学生生活だ。

 楽しさなんて欠片もない。

 そんな彼らからしてみればキングやクイーンになったところで指名できる相手がいないというのが現状だ。

 そんな青春とはかけ離れた生活を日々送る生徒会の役員が狙うのは卒業後の優良な就職先だ。お兄様のように卒業後は家督を継ぐから就職先には興味がないという生徒でも生徒会役員であったというだけでも箔がつく。

 だから強制的に入らされたとはいえ職務を放棄するものは未だかつていたことがないのだ。





 私がストレス発散をしている一方でお兄様が何をしているのかというと、このサンドバッグの提供者にしてお兄様の友人のメフィストに送るための情報収集に徹している。

 メフィストは中等部二年から生徒会入りを果たし、実に五年の間、学園三位の成績を収め続けた秀才だ。庶民出の彼は生徒会の恩恵の一つ、卒業後の優良な就職先として見事魔法省の役人の座を手にし、今では魔法道具を開発する課に所属しているらしい。

 メフィストが魔法省に勤め始めてからというもの、頻繁に新しいサンドバッグが送られて来るようになった。私はわざわざ生徒会の経費で買わなくてもよくなり、メフィストは防御魔法の強度について調べられるらしくウィンウィンの関係が続いている。



「……せいっ!」

 回し蹴りをかますとついにサンドバッグの防御魔法が限界を迎えたようでボロボロと重力に従って中身を床へと落とし始めた。



「うん。強度的に問題ないだろ」

「……こんなに弱くて何が作れるの?」

「城の塀」

「もっと強いものにした方がいいと思うけど……」

「お前の殴りと蹴りに十分も耐えられたら結構なもんだぞ?」

「魔力使えば一瞬で吹き飛ぶわよ?」

「そんな魔力有してるの、お前と義兄さんだけだ。そして俺たちメガトロンが寝返った時点でどこの国にも対策なんてものはない」

「…………なんで最強の一族なんて作ろうと思ったのかしらね?」

「血、かね。少なくとも俺も姉さんもお前もそう思わなかったが、実現されたからな……」


 私たちメガトロン三兄弟の魔力は、私、お兄様、お姉様の順に強い。

 だが私たちには一切強くなろうとの意思がない。

 私は産まれた時には魔力量が人の二倍ほどあって、制御していたらいつの間にかほとんどの基礎魔法を習得していた。

 お兄様は生まれ持っての野生の感覚でどうにかしてしまう。

 そしてお姉様は『鍛えるなんて美しくない』が口癖だ。そんなお姉様は卒業後すぐにお義兄様を婿養子として迎え、今では立派な三児の母である。

 そしてその三人ともがお姉様とお義兄様の魔力を受け継いでいる。


 こうして願わずとも最強の遺伝子が次世代にも立派に受け継がれているのだ。


 私は国家反逆なんて普通の女の子からこれ以上離れるようなことはしないし、お兄様は溺愛している婚約者さえいればどうでもいいと考えるような人だし、お姉様は美しくないと一蹴し、お義兄様はお姉様が否定するものを率先して行うことはしない。

 つまり少なくとも何か害を与えられない限りは私たちの代で反逆を起こそうなんて思うものはいないといえよう。



「んじゃ、これはメフィストに送っとくか」

「次のもよろしくって言っておいて」

「ん」

 床に散らばり落ちたサンドバッグの残りカスを集めたお兄様は魔法省のメフィストに送るべく部屋を後にした。


 思えばお兄様とこの部屋で過ごすのも今日で最後だ。

 そういえばあの場所にいるのが苦痛でちゃんと聞いていなかったが、次期生徒会メンバーは一体誰なのだろうか?


 お兄様ともう一人、前期の試験で四位の成績を収めた潔癖症をこじらせていた先輩は卒業により抜けるが、他の二人はおそらく来期も継続していることだろう。


 三位の書記を務める後輩君はおそらく今期同様、経費での発明に明け暮れて姿を見せることはないだろう。

 五位の庶務の後輩ちゃんは頭こそいいが私よりもコミュニケーション能力に欠如している子なので、彼女と上手くやれるような子が新しく入ってきてほしいと願うばかりである。


 二人の役職はランキングによって変わるだろうが、残る席は2つ。一体どんな生徒が来るのだろうか。



 誰も居なくなった部屋で、デスクに入れておいた替えの服に着替えようとするとドアがトントンと叩かれた。

 お兄様がわざわざノックするなんて珍しい。普段は私が着替えてようと全く気にもしないのに……。

「なによ、勝手に入って…………よ」


 面倒ながらも適当に返事を返し、替えの服をデスクの上に置いた。そして汗で濡れた服を脱ごうとタンクトップに手をかけた時、目に入ったのはお兄様ではなかった。



「失礼し……ま、す?」

 私の初恋の相手、ガルマディア=オクトルダンが目の前の光景、つまり私の今の格好を理解できずに固まって居た。


「す、すみませんでした!」

 しばらく静止したままだったガルマディアは我に返って勢いよく部屋を後にした。


 私が待ってくれと制止する間も、この状況の言い訳すらする暇なく。



 終わった……。

 完全に私のかすかに残ってはいた青春が今、終わりを告げた。

 私はこれから一年間、変態生徒会長として過ごし、そして初代クイーンは変態だったと学園に名を残すことになるだろう。


 キィっと再びドアが開くと今度こそ入ってきたのは紛れもなく私のお兄様だった。

「ただいま、リア。……ってどうした?」

 お兄様はデスクと熱烈なキスを決め込んでいる私を見るや否や駆け寄ってくる。

 できることなら後数分早く帰ってきてほしかった。


 お兄様がこの部屋に入ればあんな失態犯すことなんてなかったのに。

 よりによって目撃されたのは初恋の、そして今もホロスコープを通して覗いている相手だなんて……。


「お兄様のバカ、ノロマ……」

「は? 本当にどうしたんだよ……」

 実の兄にすらさっきの出来事を話す気にはなれず、事情を知らない無実のお兄様に向けて弱々しい罵詈雑言を吐き続けるのであった。




 その一ヶ月後、新副会長として改めて彼が会長室へと挨拶に来るのはまた別の話である。


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