そんなあなたが好きでした
「もう潮時か」
そう思うのはこれでもう何回目だろう。私が彼と結婚したことすらおかしなことだったのだろう。
そんなことは最初からわかっていた。
常に夜会の中心にいる彼と夜会に出るためのドレスすら仕立てることができなくなるほど落ちぶれた貴族の家の長女の私。
そんなの釣り合わないことぐらい誰が見たってわかることだ。
「結婚しよう」
彼は私に幼馴染のよしみで結婚を申し出てくれた。そのおかげで何とか我が家は存続している。
なのに、私は彼のために何かができるというわけではない。
恩返しをしなければいけないのに。彼に何か返さなければいけないのに。
そう思ってはいても何も行動に起こせないでいる。
そんな私は近々彼に捨てられる。
彼はかわいそうだから私を拾ってくれただけで私を、当家を養う義務なんてものはない。
寧ろ今までお世話になったというのに何も返せない私を彼は蔑みもしないだけ優しいのかもしれない。
こんな女と幼馴染であったがために、彼が優しくて誰かを見捨てることができなかったために、この数年を無駄に過ごさせてしまった。
そんな彼がやっと私を捨てる気になったのは、彼に好きな相手ができたから。
1か月ほど前のことだろうか。彼は私の寝室に現れなくなった。今までは何をするわけでもなく、ただ夫婦だからという理由で毎晩訪れていたというのにパタリと来なくなった。
それから数日すると彼は夜に頻繁に家を空けるようになった。
結婚してからというもの日課になっていた二人での朝食は回数を減らしていった。
彼が帰ってくるかもしれないと期待をし、しばらく待ってから食べるご飯は冷たくなっていた。
「奥様……」
使用人たちのかわいそうな者を見るような目にも慣れてきて、冷たいご飯を一人寂しく食べることが私の今の日課である。
そして、1週間ほど前からは毎日のように同じ相手から手紙が送られてくるようになった。
送り主の名前を見てピンときた。
ああ、彼は彼女と恋仲なのであると。
送り主は数か月前にデビュタントを終えたばかりの公爵家のご令嬢だった。夜会にはあまり参加しない私でも彼女の噂は耳に入るほど有名なご令嬢。
「白ユリのように美しい彼女は花の妖精とでも言うべきか」
彼女を見た誰もがその令嬢の美しさに見とれるのだという。その美しさからかの令嬢は多くの男性が狙っているのだとか。
きっと彼なら噂の令嬢と並んで歩けば絵になることだろう。
お似合いの二人だ。少なくとも私と並んでいる時よりもずっと。
私と彼が並んでいると夜会に出席するたびに好奇の目にさらされて彼は居心地が悪そうに俯いて。ふと何か思い立ったように唐突に
「帰るぞ」
と私の腕を引く。
それもそうだろう。
落ちぶれかけの家の娘なんか連れていたら、誰だって不思議に思うだろう。もしくは彼に哀れみの目を向けているのかもしれない。さぞ居心地が悪いことだろう。
私を連れて歩いたところで彼には悪いことしかない。
だが美しいと噂される彼女なら、彼女となら彼は胸を張って歩けるだろう。
自慢げにただ前を向いて。
私は彼に感謝こそすれ恨みはしない。
捨てられて悲しいなんて思うわけない。情けであれ、私を拾ってくれたことに感謝しているのだ。
いつだって私に手を差し伸べてくれる、そんなあなたが好きでした。
そんなことは言えないけれど。
だって、そんなこと言ってしまえばあなたを縛り付けてしまうでしょう?
優しいあなたはきっとこんな私に気を使ってしまうから。
だから、私は何も告げずに去ろうと思う。
あなたが気に病まないように。
ただ一枚の紙だけを置いて。




