ザッツ共同生活(ゴキブリと共に)
★格安物件にいらっしゃい
雨が降りそうで降らない。傘を持っている身としては、雨が降って涼しくなる事を願うのだった。実際のところ、目を閉じればナメクジとか想像してしまうほどの不快指数が高い。
「ここか」
川野勇気がとある不動産の前で足を止めた。軽い緊張を胸に抱えているって面持ちだ。22歳にして一人暮らしをしてみたい彼は、どうあっても無視できない情報を昨夜ゲットした。それが本当だとするのなら中に入って話をする必要あり。
「いらっしゃいませ」
勇気より先に、中から男性が顔を出し微笑む。仕事熱心な店員にとってみれば、迷っている者は上等なカモになる可能性あり。だから勇気を中へ案内する。ふっと漂う心地よい冷気に引かれてしまう。若者は緊張に飲まれるより先に口を開いた。昨夜ネットで見た、あの情報は本当なのですか? と問いかける。
「超ウルトラ格安ですか?」
「そう、それ!」
「お目にされたのですね」
「あの数字は本当ですか?」
聞かずにいられなかった。アパートで即入居が可能。しかも月々4000円ときた。中古のスマホを買うより安い仰天レベル。
本当ですよと店員がほほ笑む。小ぶりなグラスに冷たいお茶を入れてくれる。それを飲んで勇気が一息つくと、ただちょっとねと言って別種っぽい笑みを見せた。4000円の意味が潜んでいるのだろう。
「よく出るのです」
「何が?」
「黒いテロリスト」
そう言った店員は、人差し指と親指をだけを広げる。それだけで分かってしまうから怖さに勇気はゾッとする。彼はタバコを取り出す。ちょっと待ってくださいよと言いながら、吸い込んだ煙を吐いて考えをまとめた。
信じられない格安にするほどゴキブリが多いというべきか? ゴキブリが出るだけで格安なら有難すぎると考えるべきか。
「よく出るってどのくらい?」
「友達になれるくらい」
「ちょっと!」
勇気が真顔で怒りかけると、店員は落ち着いてくださいと宥める。彼の言い分としてはこうだった。今どきの対ゴキブリ用アイテムは進化がすごい。それまさに人類の英知。それらを駆使すれば駆除できる。ゴキブリの駆除に関しては口を挟まない。それであの値段は素晴らしいと思いませんか? と。
「言われてみれば確かに」
「そうでしょう? 人生に悩んでいる暇はありませんよ?」
場の空気が店員のフンイキになっていく。勇気もそれは自覚している。それでも、あっさり飲まれてはいけないと気合を入れ直す。
「見せてもらえませんか?」
「もちろん、今から行きますか?」
「契約しなくても怒ったりしませんよね?」
「そんな悪徳業者みたいな事しませんよ」
かくして2人はお目当ての場所へと出かけた。○○小学校を○○山に向かって上がって行く道は知っている。だが途中から迷路になった。少しクネクネっと曲がっていくところからは初めてだ。そして姿が見えてきたわけである。
○○アパート。車から降りた勇気が感心。なんてレトロな雰囲気だろう。これが自販機だったらマニアが撮影してネットで自慢するだろう。でも自販機ではない。仮にも人が済もうという空間だ。
「どのくらいの人が住んでいるのですか?」
「いません」
「え?」
「今どきの人間は神経質すぎます」
歩き出した店員は不服そうにぼやいた。ゴキブリ如きでギャーギャーわめく方がまちがっている。その存在を生活にかかせない絵と思えばいい。格安を提供でがんばる業者を悪人扱いするのは間違っていませんか? と。
ガタガタにしてボロボロの建物を見ながら、二階と一階のどっちがいいですか? と聞かれたので、一階にする。何か驚いたりした時、下の方が逃げやすいと思ったから。2人は建物へと近づいていく。すると早速だ。壁に黒いやつがチラホラ。かなり大きいからメスだろう。
「外にまでいる……」
「風情ですよね」
店員は無責任に笑い鍵を差し込んだ。黒いのが飛び出さないかとドキドキしたが大丈夫らしい。それなりの数、カサカサっと音を立てて引っ込む姿は目にしたが。
コンロだの換気扇。小さいながらも居間スペース。狭い風呂場。TVやら机を置けるだろう部屋。押入れのある隣を寝床にすればいい。何度となくカサカサ音や黒い移動が気になったものの、これで月額4000円ぽっきりはありがたい。
「4000円は魅力的だなぁ」
「宇宙で一番安い物件ですよ」
「しかしゴキブリが……」
カベに張りついているのを見て表情がしぶる。
「いい事を教えてあげましょう」
店員は勇気と共にタバコを吸い始め色々教えてやった。まずは入居前にバルサン。その後コンバットとブラックキャップ、その両方を大量に配置し以後はローテーション。もちろんホイホイも脇役として配置。湿気を溜めない事。夏はエアコンで涼しい部屋にする事。窓を開けても網戸はしめる。もし網戸が破けたらガムテープ。後は食い物などを散らかさないこと。そういう努力をするとビックリするほど見かけなくなる。それで月に4000円。仮に毎日ネットカフェに寝泊まりすれば安くても6万円くらいはする。
「どうです?」
「ここにします」
「ありがとうございます」
話が決まった。一人暮らしをしたい勇気にとってみれば、月収5000円あれば支払いがやっていけるアパートなんて天国だ。ゴキブリの多さからすると、天国もどきかもしれないが有り難いのは事実。店に戻りあれこれ話をしてから契約。気持ち良すぎる即効だ。カバンから取り出した免許証をわたしてハンコを押せば、相手から鍵を受け取れるのだから。
「1Fの106号室か」
自分の城を手に入れた勇気。少しして落ち着いたら愛しの彼女を呼ぼうと考える。もちろん夜を楽しく過ごすこともムフフっと想像して。
★もう慣れてしまった
自分のお城を手に入れて2ヵ月。ただいまは過酷な8月。焼けるように暑くバタバタと熱中症で人が死んでいく。炎天下のお祭りが始まっている。
「昼は暑い。アパートは夜になってからだ」
スマホで彼女と話をする勇気がいた。今日は彼女と会うのだ。昼間はデート、夜はお城に招き愛し合う腹積もり
よし行くか! と気合を入れ外に出た。このアパート、驚くべきことに住居人は勇気一人だけ。爆音で音楽を聴いても、音楽を聴きながら踊っても、その他モロモロ一切気にする必要なし。慣れてしまった今は世界一のお城。
「勇気!」
駅前にたどり着くと女子が手を振った。語気野黒美22歳。ツヤツヤする黒く長い髪の毛、ややツンデレっぽいがかわいい性格。そしてバストは……まだサイズを教えてもらってはいないが巨乳で柔らかそう。これについては今夜、やっとたどり着けるって話だった。
「まずは繁華街に行って遊ぼうか」
「うん」
順調にイチャラブが始まった。ジリジリと皮膚を焦がすような暑さの中、繁華街の冷房空間を渡り歩いて凌ぐ。
そして夕飯が済んだ午後8時。薬局でローションとコンドームを購入したら、いよいよとばかり電車に乗る。黒美は彼氏がお城を手に入れたとしか聞いていない。子供みたいにワクワクする。
「めちゃくちゃ楽しみ♪」
ニコっと微笑む黒美。夜遅くまで2人で楽しんだら、朝が来るまで愛し合う。もう初体験する気持ちはバッチリ。
電車を降りるとたどり着くまでの道が長い。勇気は駐輪場から取り出した自転車を押しながら、真っ暗な山道を上がっていく。
「まるで肝試しやっているみたい」
「怖いのか?」
「こ、怖くないわよ! 見くびらないで!」
女子中学生みたいな反応に胸キュン。早くやりたい。黒美の豊かでやわらかそうな胸に甘えたい。今夜は眠らせないぜという歌詞が書けそうなほどに。
「あそこだ」
ようやく勇気が指出した。
「えぇ……」
出現したゴーストハウスにたじろぐ。月の明りだけを頼り見つめるボロいアパート。人の気配がない。聞いてみると住居人は一人らしい。驚いてしまったが、他に誰もいないから遠慮せず激しく出来るだろうとか言われ赤らんでしまう。
「大きい声を出しても平気だよ?」
「もう……バカなんだから」
イチャイチャやりながらドアの前にたどり着く。鍵を差し込みドアが開かれる。中の電気がつけられる。そして黒美が彼氏に続いて中に入った。笑顔で靴を脱いで前を向いた。
「きゃ! ご、ゴキブリ!」
カベ、天井、そこいらに黒くて大きなテロリストがいる。
「風情だよね」
「風情って何よ……」
「とりあえずチューハイで乾杯しよう」
「か、乾杯ね」
コンビニで買ったチューハイだのポテトチップスの入った袋。それを勇気がテーブルの上に置くと、ササっとたくましい大きさの黒が駆け下りていった。
「なんだよ、早く座れよ」
「急かさないで」
どうにも怖い。黒美は怯えながらしっかりと確認。イスの前、後ろ、お尻を下ろす場所。そこに黒いのがいないか。大丈夫と見てから腰を下ろす。だがコンロの所でカサカサっと音が聞こえ顔をしかめずにいられない。ゴキブリが多すぎじゃないの? 言わずにいられない。そして重要な事をはっきり伝えた。
「エアコンは? 早くつけて」
「まだ設置してない……」
「は?」
「金がかかる。夜は窓を開けていれば大丈夫だよ」
そう言った勇気が台所のドアを開くと、大慌ての黒いやつが逃げ去っていく。こうなると黒美は怯えた。隣に来て! と指示。向かい合わなくていいから隣に座って! と大きな声。勇気が椅子ごと隣に座ると、怯えながら手をつかんできた。かわいいなと思う。このまま押し倒したくなる。
「勇気……あのさぁ、あれ……」
「ん?」
冷蔵庫に黒くデカいの一匹。気にするなって勇気は言う。明らかにおかしかった。ゴキブリを不愉快と思うよりも、仕方ないと悟っているように思える。黒美に言わせればありえない事だが、勇気にはもう慣れたこと。ゴキブリは友達だ。仲良く暮らせば平和は保持されると頭ができつつある。
震える手でチューハイのグラスを持つ黒美がつぶやく。確かにゴキブリはどこにでもいる。山奥のボロいアパートならいない方がおかしい。でも限度っていうのがあると力説。
「ほら、あそこ!」
怯える赤い顔。液晶テレビの画面を一匹ウロウロしていると訴える。
「大丈夫」
「何が大丈夫なのよ」
「コンバットにゴキブリホイホイしまくりだから」
「しまくりでこんなに目立つなんて……」
黒美は彼氏の手を握って立ち上がる。あっちこっち、上下、左右などをなめるように見渡して胸一杯のためいき。よくよく見れば飾りすぎってくらいコンバットにホイホイ、ところどころにブラックキャップ。寝転がって寝返り打ったら手がホイホイに当たるんじゃないかと思うくらいビシッと配置されている。
「中にいるの?」
「一杯いるよ、見る?」
「止めて! 見せたら殺すわよ!」
赤い顔で全力否定。その反応がかわいいと思う勇気、最初の頃は20匹くらい入っていたとか、5cmくらいの母親ゴキブリも入っていたとか言って彼女を怯えさせたりした。
それからしばらくすると、夜は恋人の時間へ流れていく。大切なのは求め合い愛し合う事。もう待ちきれないのだからと、早くシャワーを浴びろと彼女に促す。
シャワー? 黒美はオドオドビクビクして提案した。ラブホテルで結ばれようと、手をにぎって訴える。
「勇気……ラブホに行こうよ」
「いつまでもガマンできるものか」
勇気、彼女の手を掴むと2人で洗面所に入った。一緒に入ろうと言って逃がさない。カサカサっと音がしても、あれは友達の生命音とか言い出す始末。だんだんとやけくそになってきた黒美。2人で裸になり浴室へ進む。
「お、おっぱいに甘えたい」
「ダメよ……こんな場所でやりたくないわ」
黒美としては、いくら吹っ切れても布団の上でやりたい。ここでやるは人として終わっているような気がしてイヤだった。
そレからしばらく後、布団の上で求め合い愛し合う男と女の姿あり。熱い吐息の絡み合い、見つめ合う無言の会話、そして体への点火。順調に進んでいく。窓を開け夜風が入ってくる事もあって、2人はどんどんつき進んでいく。
「黒美……これ以上ガマンできない」
「わ、わたしも……」
もうすぐ銀河が一つになる。刻一刻と迫ってくるゴール。愛し合う者だけが成し得る共有の果てにたどり着かんとする。だがその時、悶えながら表情をしかめた黒美がいる。
「て、天井に……ご、ごき……」
「大丈夫、友達は邪魔したりしないさ」
勇気が黒美をやさしい目で見つめる。だが次の瞬間、2人に嫉妬するように黒い体が黒美の手の上に落ちた。モゾっと来た。
「や、やだ!」
慌てた黒美、うっかりゴキブリを勇気の背中に押し当て殺してしまった。冷静でいられるわけがない。
「いやぁ!!!!」
黒美が叫んだ時、ギクっと青ざめ動けなくなった彼氏がいる。
「ぁ……」
膣痙攣が起こっていた。2人は離れることができなくなったのだ。夜、○○アパートを目指してサイレンが鳴る。白い車は気の毒な2人を病院へと運んでいく。愛し合うままに固まった2人は、愛し合うままに病院へ運ばれた。大勢の友だちに見送られて。
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