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その片道切符は誰行きですか?

作者: nakoso


 男ってバカだなぁ、と思う。

 肉じゃが作る女が好き、だとか。

 Gカップ、ってだけで大いに盛り上がるとこだとか。

 将来は日本のトップチャートを総入れ替えさせて、全国ドームツアーを敢行してやる、だとか。

 浮気がバレてないと思ってることだとか。

 彼に教えてやりたいもんだ。


 あきらめな、おまえはウソがヘタなんだよ。

 

 こう、ビシッと、仁王立ちで彼を見下ろしながら、あたしの中にある悪意のすべてのすべてのすべてを集めて固めた極悪意(今作ったコトバ)を投げ付けてやりたい。

 そうだ。どうせ家を出るなら、ビシッと投げ付けて出てくりゃ良かった。

 まあ、ケンカなんて何度もしてることだし、その果てにこうして彼の家を飛び出すなんてことも、それこそたくさんあること。

 彼が謝ってくるか、あたしが謝りに行くか。

 結論はそのどちらかしかない――そう、思ってる。

 彼のケータイを鳴らすか、あたしのケータイが鳴るか。

 ケータイのチェックは、怠らない。



 キタローが死んだ。

 実家のとなりの家で飼っていた、真っ白な雑種犬のキタロー。

 あたしが犬好きになったのは、彼の存在があったから。

 人懐っこい性格で、あたしが家に帰ると真っ先に吠えて、尻尾を振りながら足元にじゃれついてくる。

 ふわっふわの毛がくすぐったい彼を撫で回してやると、なんとも言いようのない、独特のケモノ臭がしたもんだ。

 ご主人である坂田さん(52歳)の言うことをしっかりと聞く、とてもとても利口なキタロー。

 同じオスなのに、人間のオスってのはどうしてバカなのかね。

 キタローに聞いたことがあるんだけど、当然キタローが言葉を理解してくれることもなく、

「あんたはまだ、いい男に出会ってないからさ。そう、俺みたいなね」

 みたいな、ハードボイルドにあたしを口説くこともなく、はふはふ言いながらじゃれつくばかりだったんだ。

 あの、ふわっふわの毛が足に触れるとくすぐったい、真っ白な雑種犬キタローが、死んだ。




 キタローは夕方に、毎日毎日坂田さんに連れられて、近くの川岸まで散歩に行く。

 川に着くと坂田さんは腰を下ろして、タバコに火を付けてゆっくりと煙をくゆらせる。

 キタローは利口で従順な犬だから、坂田さんのとなりでじっと座り続けるんだ。

 2人(正しくは1人と1匹)の後姿を見ると、何だか感慨深い思いが胸に浮かぶ。

 まるで2人は十年来の友人のように、さながら戦友のように、黙ったまま座り込んで、ただ夕日を見つめてる。

 きっとあたしは、線路脇にある屋台で坂田さんとキタローが酒を飲み交わしているところに遭遇したとしても、絶対に驚かない自信がある。

 季節によって変わる風だとか、夕日の色だとか、そういうのを犬が感じるのかどうかなんてさっぱりわからないけど、キタローはまるで風を感じるように、季節の香りを嗅いでいるように、坂田さんの古くからの友人のように、となりに座り続ける。

 肩を並べる2人を眺めていると、なんだかいいなぁと素直に思える、何かがある。

 キタローは最後の日、坂田さんと一緒に川岸まで散歩に出かけた。

 もう少し待てば春という風と、ずいぶん日の長くなった夕日と、向こう岸を駆け抜ける高校生の自転車を坂田さんと一緒に眺めながら、キタローは逝った。

 眠るように。

「川岸から見える景色が、好きだったんだろうなぁ」

 坂田さんは、真っ赤に腫れた目をこすりながら、言った。

「最後の力を振り絞って、川まで行ったんだよ、あいつは。

 帰りの分の力なんて考えてなかったのかね」


 

 キタロー。

 ふわっふわの毛であたしの足に絡みつく、真っ白な雑種犬。

 人懐っこくて、坂田さんと並んで夕日を眺める、犬。

 夕方に伸びる2人の影を思い出した。



 最期になるなんて、知ってたのかな。

 もしかしたら、歩く力も、生きる力も、そんなに残っていないって知ってたのかもしれない。

 だって、キタローは利口だったから。

 それでも坂田さんと散歩に出て、川岸まで行って、夕日に見守られて息を引き取った。

 なあ、キタロー。幸せに逝けたかい?

 片道分の命を削ってまで足を運んだ夕日は、綺麗だったかい?

 坂田さんのとなりは、温かかったかい?

 あたしはね、わからないよ。

 もしも今、片道分の命しか残っていないとして、彼の家まで行くのかと聞かれたら。

 あたしはね、わからないんだよ。

 大好きだから。

 大好きだけど。

 大好きなのに。

 ほら、同じオスでも、人間のオスはバカだから。

 あなたにとっての坂田さんに、彼がなれるかなんて、わからないんだよ。

 片道分の命を片手に彼の家まで行ったら、彼はどんな顔をするのだろう。


 

 キタロー。さようなら。

 あたしはこれから、彼に電話してみるよ。

 電話して、あんたの話を聞かせてみるよ。

 反応によっちゃ、その場でおさらばしてやるさ。

 最後に1つだけ。



 あんたになら口説かれてもいいと、本気で思ってたよ。



 バイバイ、キタロー。

 またどっかで会おう。

 あたしの大好きな、ふわっふわの真っ白な犬。







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― 新着の感想 ―
[一言] なんとも文章が素敵な作品でした。スカッとする。爽快感がありました。魅力溢れる、一人称でした。 そして、キタローの主人への想い。いえ、違いますね。古くからの友人への想いの深さの深いこと。短い表…
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