仕事熱心な酔っ払い
佐伯瑠璃はカンがよかった。仕事のコツをあっという間に覚え、しかも自分なりの視点で+αのおまけまでつける。春山がOJTとして指導をやっているが、ときどき影で彼女の出来のよさに舌を巻いてる。とはいっても、世界中の百戦錬磨のオオカミたちとやりあう友菱本体ではやはり実践の経験がものをいう。2年は春山の下でみっちり修行をしてもらう予定だ。
一か月の出張から戻った俺は、春山のオフィスを訪ねた。
「ロシアからの天然ガスのパイプラインの件だが」
「おお、光世、久しぶりだな。挨拶くらいしようよ。ドア開けたてでいきなり主題をふるな。驚くだろう」
くすっと小声で笑う彼女。
「あ、なんだ、打ち合わせ中か? 失礼」
仕事上の指導を受けていたのか、大テーブルで書類を広げて、彼女と春山が座っている。
「なんだじゃないよなぁ。キミは私に対してはマナーを時々忘れるようだな、それとも俺様主義の暴君なのかな?」
「ん、まぁ、どっちもあるかな」
彼女が破顔してこぼれるように笑う。可愛い。思わず口元がゆるんで、その瞳をみつめる。
それに気づいた彼女は一瞬目を泳がせて、ゆっくり目をそらす。残念。
そんな俺たちを春山はニヤニヤしながら黙って見てる。どうも俺の気持ちはバレバレのようだ。
「光世、10分程待ってくれるか? 佐伯くんの報告を聞いてから、その案件の話をしよう」
「ああ、じゃ、ここで待たせてもらう」
春山に与えられたガラス張りの個室。そのソファにくつろいで座って二人のやり取りを聞くことにした。さすがに春山がほめるだけのことはある。彼女は確かに力がある。
ただし、この案件に関しては、分析の観点とそれに付随する実行計画ががちょっと不足しているな。
「光世、どう思う?」
いきなり春山がふってくる。
「・・・。一部のさわりを外から耳にしただけで、意見できるわけないだろう」
「できるだろう。キミなら。キミが来てから話した内容で、重要な情報は足りている」
「・・・そうか。なら、見当違いだったら言ってくれ」
彼女の提案の足りない部分を指摘する。春山を見ると了という表情だ。そのまま、ではどうすれば改善できるか、数種類の方向性を提案する。どれを選ぶにせよ、キミ自身の吟味が必要だと、簡単に述べるにとどめた。わざと、できないヤツには、言った内容の正しい理解さえできないかもしれないサラッとした言い方にした。
「さすがだな。たったこれだけの情報提示で的確な指摘。恐れ入る」
春山がニヤニヤしながら口にする。
彼女は、目を丸くして黙ってる、そして、
「わかりました。アドバイスありがとうございます。もう一度練り直してきます」
そう言って退出し、すぐに自分のデスクについて、何やらすごい勢いでキーボードを操り始めた。
「ははは、彼女もかなり真面目だからなぁ」
「なんで俺に言わせるんだ? 」
「そろそろ、私に慣れが出てきてるから。たまには他の者からビシッとダメだししてもらった方が彼女のためになるだろう」
「そこまで厳しくダメだししてないつもりだが」
「光世、キミの存在自体が刺激になるのさ」
光世は、ガラス越しに、熱心に仕事に取り組む瑠璃を見ていた。シャキッと背筋を伸ばし、クールな表情ではあるが、その瞳には熱がこもっている。驚く早さでPC画面上の目を動かし、頭の中を高速で処理しているのが、傍目にもわかる。
仕事に熱中している女の顔っていうのもいいもんだな、そう思った。
「おい、大丈夫か?」
彼女はずいぶん飲んだみたいだった。友菱本体の飲み会。北アフリカの大規模開発のプラント受注を祝っての会だった。いつものように開始30分で無礼講状態。いつもはすましたクールなエリートたちが、虎になったり、子供になったり、ハンターになったり、賑わしいことこの上ない。
みんな素を出して、笑い声あるれる愉快な会だ。酔って機密情報をしゃべっても他に聞かれないように、料亭を借り切って行っている。
その帰り、千鳥足の彼女を介抱した俺。もちろんこの役は誰にもわたさない。
「うふふっ。わ、私・・・よっぱらいで~す」
にやにやしてふらふら歩く瑠璃。うっ、その顔、エロい。
「ほら、しっかりして。家まで送るから」
「い・え。・・・うっ、かえるのめんど。 わた、し、ここに、とまりますっ」
彼女はそう宣言して目の前にそびえ立つ高層タワーの5星ホテルを指さした。
って、その千鳥足じゃ、チェックインカウンターまで歩いていけないだろ?
彼女を支えながら、ホテルの入口をくぐると顔なじみのコンシェルジュが寄ってきたので、案内を頼んだ。
と、いうわけで、自分の方から俺の腕の中に落ちてきた彼女を美味しくいただこうとしたんだが、・・・そうはいかなかった。
部屋に入った途端、熟睡だ。
「おい、寝るな」
ス-。寝顔もカワイイ。見てると癒される。
でも俺のこの熱、どうしてくれるんだ?
一瞬不埒なことを考えたものの、あきらめてシャワーを浴びた。やっぱり初めてで意識がないのはダメだろ。
髪をタオルでふきながら部屋に戻ったら、今度は着ていたスーツはベッドの下に脱ぎ散らかされている。ストッキングもブラも。彼女はキャミソールとショーツのみの姿でスヤスヤ。
これは・・・・、もういいだろう!? 手をだしても許されるよな!?
綺麗なウェーブの黒髪に手を入れる。ほおにそっと触れる。耳に触る。柔らかい肌が心地いい。興奮するというより、心の中にあったかものが広がっていく感じ。
「くすっ。 ん-。くす・・ぐった・・い」
ちょっと起きかけてるのかな?
「す、きっ」
ドキッ。
「誰が?」
「ん~」
「誰が好きなんだ? 言ってごらん?」
「・・・せん、ぱい」
先輩? 俺のことだよな、頭の中で彼女の先輩にあたる奴を思い浮かべる。学歴的に数人が思い浮かべられる・・・。
「先輩って誰?」
くっそ、本人に言わせるしかない。でも、彼女はもう夢の中で、問いかけには答えなかった。
朝の光で目が覚めるとすでにベッドに彼女はいなかった。
失敗した。
抱きしめて寝たんだが、今まで感じたことのないような、あまりのやすらぎに熟睡してしまったのだ。
あ~あ、彼女に決める前までは、こんなヘマやったことないのになぁ。
つくづく俺は最近情けない・・・。