帰還 ~母親視点~
私の子供が、ある日突然消えた。
短い髪はイヤと、髪を長くのばした私のかわいいお姫様。
良く笑い、ちょこまかと動く活動的な女の子。
素直すぎて、金髪に染めている日本人を見ても外国人と誤解しているほどだ。
親ばかかもしれないが、周りからも『礼儀正しく、優しい子供だね』と言われてうれしく、私達親もそう思っている子。
この夏休みで、もうすぐ7歳の誕生日がくる小学1年生だ。
毎年誕生日には、写真館へ予約し写真を撮った帰りにお昼をレストランで過ごす。
夜には、これまた予約したケーキを買って帰り、あの子が好きな料理を中心にご馳走を出す。
毎年食べきれなくて、次の日にも残った料理&ケーキを食べるが、あの子にはそれすらも心躍らす行事らしく喜んで食べる。
誕生日プレゼントもたくさん用意して、あの子にわからないように隠してたのに・・・あの子は消えてしまった。
夏休み期間中にある登校日の朝、起きるのが遅いと叱りながら朝の支度をさせて家を出した。
1学期で毎日おなじみとなった、玄関先で会社に行く父親と一緒に出ていく姿。
『行ってきます』と笑顔で出て行ったのに・・・いくら待っても『ただいま』と玄関から聞こえる声はなかった。
今日は学校に行っている午前中の間に用事を済まそうと、歩いて数分の場所にある役所&ATMへ行く。
途中近所のおばさん達と井戸端会議をして時間をとられるのはいつものこと。
ご近所づきあいが良好で、一歩外へ出るとみんなから声をかけられ、掛け合う地域。
そんな仲の良い地域のことだから、毎度挨拶だけではなく目的地に着くまで一度は立ち止まって話し込んでしまう。
さて、家に帰ったら一休みしてから家事をするかと考えながら歩いていた。
帰宅してすぐに学校から電話がかかってきた。
家の電話は誰からかかってきたのか表示されるようにしてあるので、電話に出ずとも相手がわかるのだ。
だから担任の先生が要件を話す前に思ったのは、怪我でもして学校に子供の引き取りの内容かと頭に思い浮かべながら聞いた話は思ってもみないことだった。
『子供さんが学校に来ていませんが、今日はお休みでしょうか?』と、確認の電話だったのだ。
そんなはずはないと、今日は1学期の登校と同じように父親と一緒に出掛けたはずだと。
その話を聞き、先生のほうでも登校してきた子供達に誰か見た人はいなかったか聞いてみると言ってくれた。
もしかして教室にいなかったが学校内にいるかもしれないから探してみるとも言ってくれた。
私は電話を切ると旦那の会社に連絡を入れた。
ちょうど会議中だったらしく、私の携帯に連絡を入れてもらえるように頼んで家をでる。
もしかすると、途中で旦那と別れてから通学路で遊んでいるかもしれないから。
真面目なあの子にかぎってそんなことはないと思いつつも、遊んでたら叱らなくてはならないと考えていた。
不安だったのだ。
何かあったらどうしよう、誘拐されたかもしれないとか、怪我をして動けないのかもしれないとかの考えを頭から追い出したかった。
だから遊んでいるあの子を見つけたら、周囲にどれだけ迷惑をかけて心配させたのかしっかりとしからなくちゃと、あの子はすぐ見つかると自分自身に言い聞かせていた。
探してしばらくたった頃、旦那から連絡がきた。
学校から電話があったこと、まだ教室に姿が見えないこと、私は通学道路を探していることを伝える。
旦那もだんだん焦ってきている様子が電話口からもわかる。
不安そうにいつものように途中で別れたと、元気に手を振りながらまがっていったと私に教えてくれた。
旦那はいつも子供が曲がってしばらくその場にいると言っていたのを思い出し、来た道を戻らなかったか聞いてみた。
来ていないと、その日もしばらくその場にいたが俺のところに戻って来なかったとよわよわしく答えてくれた。
もしかすると学校から連絡が来るかもしれないし、あの子が家に戻ってくるかもしれないので家に帰るよう旦那から言われた。
逆に旦那が会社を早退して、通学路を探しながら学校に行ってくれると言う。
言われてみれば、家に誰かがいないとならないだろう。
自分で探して無事を確かめたいが、旦那にまかせることにした。
もしかすると家に帰っているかもしれない。急ぎ家に戻ることにする。
急ぎ戻ってみても家には誰にもいなかった。
留守電にもなにも入っていない。電話がかかってくると記録残される機能もついているから、自分が外に出ている間に電話がなかったか見てみたが、どこからもかかってきていなかった。学校からも電話がなかったみたいだ。
一人家にいると、不安はますます増してくるばかりだ。
まだ一年生だからとあの子の部屋はないが、あの子の使う場所として置いてある棚を意味なくながめてしまう。
そして窓から外をみる。その繰り返しだ。
どのくらい時間がたったのだろうか?
不意に携帯が鳴る。
飛びつくように急いで電話に出ると旦那からだった。
「戻ってきたか!」
切羽詰まった、望みをかけるように聞いてくる。
第一声がこれでは見つからなかったのだろうか?
「家には戻ってなかった。学校からも電話がないの・・・いなかったの?」
不安が声にでて、うまく声がでなかった。
「そうか・・・途中で近所の人も探しながら学校の前まできたが駄目だった。これから先生に会って詳しく聞いてくる。」
落胆する声で返事を返してくれた。
「もしかすると学校に・・・よろしくお願いします。」
学校にいるこを願いつつ、電話を切ったとたんに家の電話が鳴り響く。
もしかして!
こちらも飛びつくように電話に出たら学校からだった。
電話に出て、学校名と担任が名前を名乗ってくれている間さえももどかしく急いで聞いてしまう。
「見つかりましたか!」
気を悪くした様子もなく、逆に一瞬申し訳なさを漂わせ答えてくれる。
「いえ。学校中を探したんですが、見つからず・・・普段使われていない空き教室とか、屋上等ての空いている職員全員で探したんですが見つかりませんでした。生徒たちにも見かけなかったか聞いてみたんですが・・・」
期待した答えではなかった。
「今、何人かの職員で通学道路を見に行ってます。・・・家には戻ってらっしゃらないですよね。」
確認するかのように、おそるおそる聞いてくる。
「戻ってはいないです。今、主人も通学道路を探したんですが、見つからず・・・学校で詳しい話を聞ければと、向かっている最中です。」
不安で涙がにじむ。
「そうですか。ご主人が来られたら相談させてもらいますが、時間もだいぶ経っておられますし、警察に届られたほうがよいかと思うんですが、いかがでしょうか?」
警察!
あの子は無事帰ってくるのだろうか?
泣きくづれてしまいそうになる。
「学校としましても、今日の下校は全校生徒の親御さんに学校に迎えに来ていただこうかと言う話になったんです。そして、もし警察にご連絡なさるのでしたら、全生徒にお子様を見なかったかもう一度聞いて、もし目撃した子供がいた場合には親御さんの了承をとってからの話になりますが、学校に残って警察に話をしてもらおうかと思っているんです。それでですね、みんなに話すに今朝の服装とか教えてもらえますでしょうか?」
誰か見ているかもしれない!しっかりしないと!
「今朝は、白の半袖に薄桃色の膝丈スカートです。半袖は胸のあたりにアーチ状のくまとミツバチとくまの足形がプリントされてます。靴は薄桃色のスニーカー。持ち物はランドセルで桃色で刺繍入りを背負って出ました。髪の毛は背中まで伸ばして、真ん中で左右三つ編みで編みこんで黒の輪ゴムで束ねました。」
先生が紙に書き込んでくださっているらしく、繰り返してくれる。
「あぁ!ご主人が来られたみたいです。では失礼します。」
「お電話ありがとうございまた。よろしくお願い致します。」
そう言って電話を置いた。
どのくらいたったのだろうか?
玄関の開く音がした。
はじかれるように顔をあげ玄関に走ると、旦那が疲れた顔をして帰ってきた。
その後ろには校長先生と担任とスーツ姿の男の人達が続いて家に入ってきた。
「奥さまですね。警察の者ですが詳しくお話をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
そう言いながら、テレビで見るように警察手帳らしきものを開き顔写真等が確認できるように見せてくれる。
「おあがりください。」
そう言って家にあがってもらい、案内を旦那に任せ急いでお茶の支度をしてだす。
「ありがとうございます。ご主人にも学校でお話を聞かせてもらいましたが、奥様にもお伺いと子供さんの持ち物も見せてもらおうかと思い伺わせてもらいました。」
そう言って、色々なことを聞いてきた。
その質問に答え、あの子専用の戸棚も見せたりした。
少しでも役に立てばと・・・。
そして数人の警察官だけを残し、誘拐の可能性は極めて低いと思うが念のためと色々な機材設置の許可と警察が家に出入りする許可、ここに残る許可を求めあとは帰っていったが、先生たちは残ってくれて話をきかせてくれる。
「ご主人にもお話しましたが、学校でもう一度生徒に聞きましたところ、何人かは登校途中目撃しているみたいなんです。」
あぁ!神様!これであの子が帰ってくるかもしれない。
期待の視線で先をうながす。
「でも、そのほとんどがご主人と一緒に登校する姿、別れて手を振る姿がほとんどなんです。ご主人もその後その場に留まり子供さんと違う方向に歩いて行ったのを見た子供がいます。」
期待して聞いたぶん、落胆がひどく胸にこたえる。
そうか、そこまではみんな見ているのか。
「ただ・・・ですね・・・」
先生が歯切れ悪く言葉を続ける。
「ただ、その後を見たって言う生徒がおりまして・・・はじめに聞いたときはお化けかと思って怖くて言わなかったらしんです。」
お化け?何を言っているの?
「何のことかわからないんですが・・・その子が言うには・・・あ~・・・うん。その子は子供さんのすぐ後を歩いていたらしんです。で、ご主人と手を振って別れたのも見たらしんですよ。で、しばらく歩いていたら急に淡い光に子供さんが包まれたらしいんです。で、その子は不思議に思い立ち止まって見ていたそうです。子供さんも不思議そうに自分自身を見たり、あたりを見回したりしたときに目線があったそうです。そしてお互い見つめあっていたら突然消えたと。本当に初めからそこにいなかったみたいに消えたそうです。しばらくその場で見つめていたけど、消えたまま何も変わらなかったので、幽霊だったんじゃないかと思い怖くなって走って学校に来たそうです。」
意味が分からなかった。
突然消えた?幽霊?
あの子は生きているのに何を言っているの?
「俺も意味がわからず、先生や親御さんの了解をとってその生徒にもう一度聞いたんだ。嘘を言っている感じはしなかった。おとなしそうな子供だった。本当に怖かったらしくてな・・・真剣になって青い顔しながら話すんだ。」
旦那がそういうのならそうなのだろう。
重要な手掛かりになりそうだが、わけがわからない。
それよりも、旦那が分かれる少し先の道には見守り隊の立ち位置の場所だったのではないだろうか?
毎日当番で各家庭1名が、子供たちの登下校を見守る決められた場所があるはずだ。
たしか、夏休みの登校日の今日も立っていたはず。
そのことを先生に訴えてみる。
「ええ、確かに今日も立っていてくださってます。生徒を迎えにいらした時にお話を聞かせてもらいましたが、気づかなかったと。不審者らしき人も見当たらなかったと・・・ただ、顔を青白くして慌てて走って行く子供を見かけたので、どうしたのか声をかけたが返事をしないでそのまま学校へ行ってしまった子がいると話してくれました。たぶんその子が先ほどお話しした子供なんじゃないかと思います。」
そんな!見ていなかったの?
でも・・・大勢の生徒が通るのだ、目立つ子供や知り合いの子供ぐらいしか記憶に残らないだろう。
わかるけど、わかるけど思い出してもらえないだろうか?
せめて通ったかどうか教えてほしい。
そのあとは先生と色々話し合い、励まされて、何かあったら学校または担任に電話をしてくれと電話番号を残し帰って行かれた。
あの日からあの子は見つからず年数だけがたっていった。
マスコミにも奇怪な事件として取り上げられ周りが騒がしくなった。
ネットでも『光に包まれ消えた』との子供の目撃証言から異世界に召喚されたとか宇宙人に連れて行かれたとかばかばかしい無責任な噂が流れる。
警察には旦那も私も疑われたが、近所の目撃証人等アリバイがありすぐに容疑ははれた。
地域の人も積極的に協力してくれた。
チラシを配ったり貼ったり、見た人がいなかったか聞き込みしてくれたり色々と手を尽くしてくれたが見つからなかった。
その間も周りにはマスコミ等で迷惑をかけてイヤな思いもしているはずなのに、逆に大丈夫かと心配し気をかけてもらい申し訳なくもありがたさで一杯だった。
いつか戻ってくると信じてあの家で待つつらさは、そんな地域のみなさんの温かい支援や言葉で何度救われてきただろうか。
今年で7年、失踪者が死亡扱いに届出て心の区切りをつけれる年になった。
親からもまわりからも届を出して区切りをつけてお墓を立ててあげてはどうかと、それとなくすすめてくる。
いなくなって7年もたつと・・・私達親からしてみれば『まだ』7年なのだ。
でも、もしかしたらもう帰ってこないんじゃないかと、死んでいるんじゃないかとも思ってしまう。
お墓がないと可哀そうとも思うが、まだ帰ってくるとあきらめきれないのも事実だ。
今年もまた、旦那と一緒に無言であの子がいなくなった日付に同じ時間、同じ通学路を歩く。
毎年この日だけは変わらない行動だ。
もしかしたらひょっこりと出てくるかもしれない、あの子に会えるかもしれないと歩いていく。
光に包まれて消えたと言う場所に来て、少し立ち止まり、また学校まで歩いて家まで帰ってくる。
これが私達夫婦のこの日時の毎年の無言の行事。
今年も光に包まれて消えたと言う場所に来て立ち止まる。
少ししてまた無言で歩き出そうとしたそのとき、何かがうっすらと空中に見えた気がした。
良く見ようと歩き出そうとした足を止め、その場所に近づくと旦那もそれに気づき近づいてくる。
「!」
徐々に明確になっていく『なにか』はあの子だ!
あの日と変わらない姿のあの子が、淡い光に包まれ空中から地面に降り立つ。
あの子も私達に気付いたのか、涙を流しながらうれしそうに口を開く。
『お父さん、お母さん!やっと会えた』と言っているのが聞こえる。
私たちも子供の名前を叫びながら、抱きしめようとするが何かがおかしい。
淡く光っているがそんなのは関係ない。太陽の反射の関係でそう見えるのだろう。
でも、あの子が透けて見える。あの子の後ろの景色が見えるのなぜ?
生きてた!と喜んだけど・・・認めたくないけど、本当は死んでいたのだろうか?
でも、今は!いまはあの子に会えた歓びが勝る。
抱きしられない気がするが、そんなことはどうでもよい。抱くことができないのなら、あの子をしっかり見て夢じゃないことを確認すればよいことだ。
どんな姿でも今ここにいる。戻ってきてくれた!
あぁ!うれしい!こんなうれしいことはない!
私たちは競い合うように、会えてうれしいとあの子に話しかける。
あの子も涙を流しながらうれしそうに、会えてうれしいと言ってくれる。
どのくらいしたそうしていただろうか?
長かったきもするが、すごく短い時間だった気もする。
いったんは淡い光が落ち着いていたが、また光りはじめて、あの子の存在が薄れていくのがわかる。
あの子もそれに気付いたのか、『ダメみたい』と悲しそうな顔をして言った。
そして何かを決心したかのような顔をして、会えてうれしかったと、元気でと言って笑顔で消えて行った。
私たち夫婦はしばらく無言で立っていたが、お互い何も言わず家に足を向け帰って行った。
途中、ポツリと旦那が言う。
「お墓を建てよう。」
私もうなづいて言う。
「この節目の年に幽霊になってまで会いに来てくれたのね。この意味を受け止めないとね。」
そう、あの子はどんな形であれ私たちのもとに帰ってきた。
・・・そう、帰ってきてくれのだ!こんなうれしい日はないだろう。
お互いに静かに涙を流しながら、このあと喋ることなく家路につく。