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  作者: 外山
197/216

親友として

ある休日の午後の昼下がり

凛は自分の部屋でカリカリと勉強をしていた

エアコンをつけるが窓から差し込む太陽の熱で勉強机の温度は常温だった

「、、、ふぅ」

ふとペンを置いた凛は、後ろを振り向き部屋のドアを見る そのドアの向こうの廊下に即した見えない渡部の部屋を想像し、ため息をついた

(姉さんはバイトか、、、)

少し寂しげな目でペン回しする自分の指を見つめ、ペン越しには勉強机に置いてあるほとんど溶けたカップアイスが見えていた

(私、、、なんで勉強なんかしてるんだろ、、、)

休日特有の漠然とした不安が凛を襲っていた いや、凛の場合は休日特有ではない 1人になればいつも不安で押しつぶされそうになるのだ

(将来やりたい事なんか何一つないのに、、、何のための勉強なんだろ、、、)

自分の将来を思うと、凛はいつも不安で涙が溢れそうになる 将来を考える事は自分という人間について考える事 自分の存在を最も肯定してくれる存在、【母】が凛にはいない その事が、凛の人生全てを不安にさせていた

「あっ、でも何もしなくたって、姉さんみたいにステキな人見つけれたらそれでいっか、、、それでその人と一緒にいれれば、、、」

凛は少し惚けたようにそう言いながら言葉を止めた そしてその後、プッと吹き出して笑った

「、、、何言ってんだろ、私、、、自分で言ってて恥ずかしい、、、」

(私なんかに、、、誠哉さんみたいな人、現れるわけないのに、、、)

自嘲してそう呟きながらカップアイスを手に取り、食べようと紙スプーンを持つ

「、、、溶けてる、、、」


ピンポーン


「、、、?」

インターホンが鳴る音に凛は反応した

この家のインターホンが鳴る理由の殆どは凛がネット通販で購入したものが届く時だ しかし凛には何かを購入した覚えはなかった

(何か買ったっけ、、、?)

凛はよく分からないままとりあえず財布を持って部屋を出た 向かいの渡部の部屋を横目に玄関の方へ数歩進むと、父の部屋がある

「、、、、、」

凛はそれを煙たそうに見ながらも足を止め無かった

リビングにまで着くと、家の片付けと掃除をしていた母、由美もその手を止め玄関へ向かおうとしていた

「、、、っ、、、」

しかし歩いてきた凛を見て動きを止め、出る事を凛に譲った

「、、、、、」

凛はそんな母の方を一切見ようとはせず、まるでいないかのような対応をした

そのまま玄関の前まで着き、ガチャっとドアを開けた

「はい」

凛が玄関のドアを開けると、そこには凛が見たことが無い1人の女性が立っていた

「こんにちは 由美さん、、、おられますか?」

山田響子である 響子は意を決して、もう一度由美本人に問いただそうと、数時間だけ渡部に花屋を任せ、その隙に訪問したのである

「由美、、、?え、ああ、、、はい 少しお待ちください」

凛は久々に聴いた耳にしたくないその名前に少し戸惑いながらも頷き、玄関のドアを閉めた


リビングに戻ると、掃除をしている由美が目に入った 由美は凛が戻って来たことに気づかず黙々と掃除に手を進めている

「、、、、、」

凛の鼓動は少し速くなっていた それを落ち着けるように小さく深呼吸をする

「、、、由美さんおられますか?」

「、、、え?」

凛の突然の言葉に由美はバッと振り返る

「、、、だって」

凛はその振り返った由美とも目を合わさずに玄関の方向を手で指した

「あ、、、ありがとう、凛」

由美はそう言うと慌てて手を止め玄関の方へと向かった

「、、、、、」

すれ違う由美の背中を見ながら、凛は冷蔵庫の方へ歩き出した



「あっ、、、」

響子を見て由美は思わず声を出し、両手で口を押さえた

「お久しぶりです、、、覚えてますか?」

響子は小さく微笑みながら、複雑な表情で由美を見た

「お、、、覚えてます!響子さん、、、」

由美はつい最近会った恭丞の顔が頭に浮かんだ 次に、桐島の事を思い浮かべながら返事をした

「すみません突然、、、」

「い、いえ、、、!」

由美は激しく首を振り、そしてゆっくりと口を開いた

「、、、誠哉君の、、、事ですか、、、?」

由美はおそるおそる、目線を下げながら訊ねた

「、、、はい」

響子はその気まずそうな由美の目を見ながら頷いた



「、、、?」

凛は冷蔵庫から新たにアイスを取り出し食べようとしていた だが玄関から聞き覚えのある名前が聞こえたような気がした

(誠哉、、、さん?誠哉って聞こえたような、、、)

凛はカップアイスを持ってリビングの椅子に座りながら、静かに玄関の様子をうかがった



由美は、玄関から入ってすぐ左にある応接室に響子を招いた 豪勢なソファーに絨毯、様々な置物が飾られている

「昔の話を掘り返すようですみません、、、後藤とも最近会ったんですよね?」

響子は出来るだけ自然な口調で由美と話す事を心がけた

「、、、はい、、、」

由美は浮かない表情でゆっくりと頷く

「こんな話をわざわざ私が掘り返すのも、、、少し訳があるんです」

「え?」

由美はパッと顔を上げ、響子の言葉に注目した

「、、、私、今は花屋を開いてるんです、、、」

「、、、?」

響子の話に由美はよく分からず小さく首を傾げた

「そこで、、、歩ちゃんがバイトをしてます」

「えっ、、、響子さんのところで、、、!?」

そんな事は全く知らなかった由美は慌てて姿勢を正し、思わず聞き返した

「はい、由美さんの娘さんだって事はつい最近知ったんですけど、、、」

「すみません!そんな事も知らずに、、、歩がアルバイトをしている事は知っていたのですが、、、」

「いえいえ、それはいいんです」

改まる由美の対応を響子はなだめた

「、、、歩ちゃんと誠哉君の関係は、由美さんは知っていますか、、、?」

響子は由美がどこまで知っているのか、探るように質問した

「、、、付き合っているんですよね、、、?」

由美は目を伏せ、静かに呟いた やはり由美は、2人が付き合う事には反対のようだ

「はい 以前までは、、、」

「、、、え?」

由美は顔を上げ、一言付け足した響子の表情をうかがう

「つい最近、、、別れたそうなんです 歩ちゃんから聞きました」




(えっ、、、?姉さんと誠哉さんが、、、?)

応接室の前で二人の会話を盗み聞きしていた凛は驚いた 渡部の家での様子からは、別れた事は全く感じ取れなかったのだ





「誠哉君から別れを切り出したって、、、何でか分かりますよね、、、?」

響子は詰め寄るように少し責めた口調に変わった

「歩ちゃんと誠哉君がどういう話で別れたのかは知りませんけど、、、昔の、、、由美さんたちの事が原因なのは確かなんです、、、」

由美はずっと俯き、響子の顔を一切見ない 何かを押し殺すようにキュッと口を締めている

「歩ちゃんは何も関係ない、、、誠哉君だってホントは何も関係ないんです、、、!なのに、、、なんでなんの関係もないあの子達が、そんは昔の事で辛い思いをしなくちゃならないんですか、、、?」

「、、、、、」

由美は何も言わずに、ただひたすら眉をひそめていた

「後藤も、、、誠君と由美さんの事を信じてます、、、絶対、浮気とか、そういうんじゃないんだって、、、」

「、、、恭丞君が、、、」

由美はふっと恭丞の顔を思い浮かべた

「私だって信じたいですよ、、、!美希の夫の誠君を、、、後藤の親友の由美さんを、、、!」

響子は胸を押さえながら必死に言葉を吐き出す 15年以上溜まっていた言葉は強い感情と共に転がり出てきた

「、、、、、響子さん、、、、、」

由美は響子からの言葉が嬉しくもあり辛くもあった どうするべきか分からず、ぐっと目に力を込めて気を落ち着かせていた

「だから今日は、本当の事を知りたく、、、」



ピンポーン



響子の言葉を遮るようにインターホンがなった そのインターホンに響子は少し驚き、そして苛立ちながら口を閉じた

「、、、す、すみません」

由美は気まずそうな表情でそういうと、響子の様子をうかがいながら立ち上がった

「、、、いえ」

響子は小さく微笑みながら、あくまで冷静にそう返事をした

由美は応接室のドアを開け、玄関より先にふとリビングの方を見た どうやら凛はもう自分の部屋に帰ったようだ 妙に虚しいその誰もいないリビングを見ながら、由美は玄関のドアノブに手をかけた





インターホンが鳴り、由美が応接室から出た事を確認すると、響子は深くため息をついた 溜まっていた疲れのようなものがどっと出たようだ

目の前に用意されたお茶に手を伸ばし、少し冷めたそれを響子はずずっと口に含んだ

そして今しがた由美と交わした互いの言葉を一つ一つ思い出しながら確認していた

(本当に、、、失礼よね、、、私、、、)

冷静に思い返してみると失礼の連続である 15年以上も昔の、由美にとっては触れられたくない過去の話を今更掘り返しているのだ しかし、【辛い過去】という点では響子も同じである

そう思った後、この問題においてずっとまとわりつく不安が響子の脳裏をよぎる

(由美さんは、、、本当の事を全部知っているのかしら、、、?もし仮に浮気じゃないのなら、誠君と由美さんが何故抱き合っていたのか、、、)

湯のみを持ちながら響子は落ち着いて状況を整理する

(そしてもし、誠君のその行動の本当の理由が分かったとして、それは誠哉君と歩ちゃんを救う事になるのか、、、)

そこまで順を追って考えて、響子はなんだかイライラしてきた

(、、、も〜ムカつくわ!浮気じゃないってんなら何をそんなに隠す事があるのよ!なんだっていいじゃない!よろめいただけだ、とか、帰りの挨拶だ、とか!)

響子は頭をかきながら固まった首筋を伸ばした

そして再び息を吐き、天井を見上げながら誠の顔を思い出していた

「、、、誠哉君と歩ちゃんに、君達は関係ないんだよって、、、こういう事情があっただけなんだよって、言ってあげたいだけなの、、、だから教えてよ、、、誠君、、、」

(美希の死んでしまう原因になったその行動の意味を、、、)

事故の寸前、美希と交わした電話を思い出しながら、今まで見てきたたくさんの美希の表情を思い出す 嬉しい時悲しい時、怒ってる顔笑ってる顔、小学生の頃から見てきたいくつもの場面が頭に浮かんでくると、響子は思わず涙ぐんでしまった

「ふふっ、、、美希は若いね、、、私ばっかり、おばさんになっちゃったよ、、、」

響子が今ここにいるのは、桐島や渡部の為だ そして全てを知りたい自分の為でもある しかし一番は美希の為なのだ 美希の息子にはせめて真実を知ってもらいたい、美希の息子が少しでも幸せに近づく事が、親友として出来る最後の行動だった

(美希の幼馴染として、、、親友として、本当の事を誠哉君に伝える、、、)

響子は改めてそう胸に強く誓った


ガチャ


ふいに応接室のドアが開いた ドアを開けたのは浮かない表情をしている由美だった どうやら先ほどの訪問者との応対が終わったようだ

「由美さん、、、?」

沈んだ顔の由美に響子はおそるおそる話しかける 由美はその声かけにあまり反応せず応接室に入ってきた そしてその後を、一人の男が入ってきた

「おじゃまし、、、あ?」

「っ、、、あんた、後藤!?」

その男は後藤恭丞だった いるとは思わなかった響子を見て恭丞は表情を歪める

「お前、、、何しにここにきたんだよ」

「あんたこそ!あんたはこの前も来たんでしょう!?迷惑ってもんを考えなさいよ!」

呆れたように呟く恭丞に響子はその倍以上の声量で言い返した こんなに反発をする理由は、こそこそ内緒で聞き取り調査にきていたと思われそうで、それが響子は妙に気恥ずかしかったのだ

「〜、、、まあいい 由美、話があるのはお前の方だからな」

恭丞はそう言いながらソファーに座る響子の横に座り、ベクトルを由美へと向けた 響子は隣に座ってきた恭丞を拒絶するよう、少し離れて座り直した

「、、、恭丞君、前も話したよね、、、?前だけじゃなくて何度も」

由美はため息まじりにそう言いながら2人とテーブルを挟んだ向かいのソファーに座った

「分かんないの 誠君が急に私を抱き締めたの 後にも先にもその一回 だから浮気なんかじゃない それだけ」

由美は終始表情は暗い とにかくこの話をしたくないようだった

「分かったんだよ」

恭丞は唐突に投げ捨てるようにその言葉を口にした

「、、、え?」

「、、、っっ!」

響子と由美はパッと注目して恭丞を見る 響子は一瞬意味がわからず聞き返し、由美は目を見開いて驚いていた

「分かった、、、って?」

響子は固唾を飲んで隣にいる恭丞に質問した

「誠が由美を抱き締めた理由だよ」

「えっ、、、はぁ!?」

恭丞のすました表情にムカつきながらも響子は驚きの声しか出なかった

「なんで!?いきなり!?」

「誠は単純な奴だからな、、、由美の現状を知って、思わずそうしちまったんだろ」

誠を思い出しながら恭丞は小さく微笑んだ 誠の優しさと愚直さに、恭丞はそれを誇るように笑っていたのだ

「、、、?由美さんの、、、現状、、、?」

響子はよく分からないワードが出てきて少し話に追いつけなくなった

「適当な事言わないでっ!!」

由美は立ち上がって強くテーブルを叩いた ガラス製のテーブルが軋み、不快な大きい音が応接に響き渡る 湯のみが揺れ、お茶が少しだが溢れてしまった

「っっ!?、、、由美さん、、、?」

テーブルを叩く音に驚いて響子は体をビクッと震わせた その後におそるおそる由美の表情をうかがう

「なに、、、?私の現状ってなに!?そんなの恭丞君の妄想でしょ!?そんなの、、、そんな妄想、歩に、凛に、、、私の家族に絶対に喋らないでっっ!」

由美は先程までの落ち着いた様子からは一変し、恭丞を睨みつけていた その姿はとても粗暴で荒々しくも見えたが、何かを守る聖なる姿にも見えた

「、、、、、」

恭丞は黙って冷静に由美を見ていた まるで自分がそこにいないかのように静観する恭丞を、響子はオロオロしながら見ていた

「1年前は、余計な事は言わないように、、、余計な事は知らなくていいように話した、、、なのになんで、、、また、、、」

由美は力が抜けたようにソファーにペタンと座り込んだ

「また、、、誠哉君なのね、、、」

由美は桐島の顔を思い浮かべ、自嘲するようにそっと笑みを浮かべた

「、、、?ねえ後藤 何が何だか分かんないだけど、、、?」

響子は恭丞の言葉の意味も由美が怒る理由も何一つ分からなかった この会話は何を前提としているキャッチボールなのか、響子はドキドキしながら恭丞に訊ねた

「、、、全部、話してくれるか、、、?」

由美が落ち着いたタイミングを見計らって、恭丞は一言、それだけ言った

「、、、、、」

由美は迷い、悩み、何度も娘2人と夫の顔を思い浮かべた

(もう、、、潮時ね、、、)

その後、美希と誠、桐島の3人の顔を思い出しながら胸を押さえた

(あなたたちには、、、あなたたちの子供には、嘘はつけないみたいよ、、、誠君、、、)

由美は全ての覚悟を決め、恭丞の言葉に対しゆっくりと頷いた













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