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  作者: 外山
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タバコ

7月3日


響子はいつものように自分の店の管理をしていた

季節に合った綺麗な花達に囲まれていたが、気分は決して晴れやかなモノではなかった


恭丞と桐島の2人と喫茶店で話をしてからもう数日の時が経つ 今日はその話の後、初めて渡部がバイトとして出勤してくる日だった


「、、、はぁ」

響子は深くため息をついた 親友だった美希の息子が現れただけで頭がいっぱいなのに、その親友が亡くなる原因になった相手の娘との接し方も考えなければならない

(由美さんの娘さん、、、か)

響子は渡部の顔を思い浮かべながら、複雑な感情になっていた 同時に桐島、その後に美希や誠、由美の事を思い出していき、どうしていいか分からなくなっていた


「、、、あっ」

頭の中がまとまらないまま、渡部が店頭から入ってきた

「、、、お、おはよう!歩ちゃん」

響子は出来るだけ動揺を表に出さないように心がけた

「おはようございます」

渡部は小さく微笑んで挨拶を返した






いつものように仕事を分けて2人は各々の作業をする

響子は花の並べ方を考え、見栄えとして不要な部分は切り捨てる作業をする

渡部はポッドの整理やラベルの確認、互いに時間が空けば掃除をしていた

「、、、、、」

「、、、、、」

最初の挨拶以降、普段に比べて会話が極端に少なかった もう40分以上も作業しているが事務的な会話しかしていない

(あれ、、、歩ちゃん、なんだか静かね、、、)

響子は作業しながらも先ほどからそんな事ばかり考えていた 渡部の方ばかりが気になり、どうにも落ち着かない

(いつももっと話すのに、、、あれ?私から話しかけてたんだっけ、、、?)

響子は枝葉を切るハサミを置き、なんとなしに立ち上がった

「、、、どう?何か分からない事、ある?」

自分自身の気持ちと沈黙をごまかすため、無理にでも渡部に話しかけた

「あ、、、いえ、大丈夫です」

「、、、?」

話しかけてみて改めて響子は気付いた 渡部はどうにも元気がない

「どうかした?なんだか元気がないみたいだけど?」

「え?、、、ハハ、そうですか?」

渡部は小さく笑いながら答えた 作業をする手を止めずに、響子に目を見せないようにする

「もしかして、、、誠哉君となんかあったとか?」

響子は冗談混じりな口調で思い切って訊ねた 軽く訊いたように見えて、響子は内心ドキドキしていた

「、、、はい」

「えっ、、、」

渡部からの返事に響子は息を飲んだ 自分と渡部の間に桐島がいるという事が、なんとなくタブーなのではないかと響子はどこかで思っていたからである

「、、、なにー?ケンカしちゃったとか?」

しかし、全く触れないのは余りに不自然であると感じた響子は、当たり障りのないように何気なく訊ねた

「いえ、、、ケンカっていうか、、、はっきり言うと、フられちゃいました、、、」

「、、、っ、、、?」

「つい昨日の事なんですけどね、、、」

渡部は笑顔を作りながら喋ろうとするが、苦笑いになっていた

「、、、、、」

「そういえば響子さんって、、、誠哉君の知り合いだったんですね、、、」

何も言えない響子に渡部は話を繋ごうとしゃべり続けた

「あ、、、ええ、そうね、、、」

「見ましたよ 誠哉君の両親の結婚式の写真、、、」

「えっ、、、!?ど、どこで、、、?」

響子は思わず一歩前に踏み出し、渡部に訊ねた

「恭丞さんがウチに来たんです、、、数日前の事なんですけどね、、、」

「っ!?後藤が、、、?」

恭丞が渡部の家に行っているなど全く知らなかった響子は驚き、様々な考えが一瞬で頭をよぎった

「その時に初めて知ったんです、、、誠哉君とこんな昔に出会ってたんだって、響子さんとも、、、あと、誠哉君の両親と私の母親が知り合いだったんだって、、、」

「、、、、、」

響子は渡部の姿をじっと見つめた ただ呆然と、渡部の表情や仕草を見ていた

「だから私はちょっと嬉しかったんです、、、なんか運命だーとか、思ったんです、、、」

渡部はハハッと小さく苦笑いした 明るく話そうと試みるが見ている方は辛くなるばかりだった

「、、、、、」

そんな渡部の様子を見続け、響子はある事を強く、思った


(この子は、、、関係ない)


響子は今にも泣き出しそうな渡部の顔を、逃げずにずっと見ていた

(この子には、、、美希や誠や由美さんの事情なんて、、、関係ない、、、絶対に、関係ない、、、!)

響子は痛いほどにギュッと拳を握りしめた

(、、、この子は歩ちゃんなんだから、、、美希達の事が原因で、この子が不幸になるなんて、、、絶対だめ、、、!)

響子は渡部の健気な姿を見て、ただひたすらにそれを強く思った




響子は店の裏口へ行き、渡部には聞こえないところで電話をしていた


プルルルルルルル プルルルルルルル


「、、、はい」

電話に出たのは桐島だった

「あ、、、誠哉君?私、響子だけど、、、」

響子が電話をかけた相手は桐島である 桐島は少し枯れた声で電話に対応していた

「はい、分かってますよ」

「そ、そうよね、、、」

電話したのはいいものの、いざ桐島の声を聞くと、響子はどのように話を切り出していいのか分からなくなった

「どうかしましたか?」

「え?うん、っとね、、、あのー、、、誠哉君、大丈夫かなーってね」

「、、、大丈夫ですよ 俺は」

響子からの曖昧な問いに、桐島ははっきりと答えた

「あ、そう、、、」

「じゃあ、もういいですか?」

桐島は急いだ様子で話しを切ろうとした

「あぁっ、ちょっと!ちょっと待って!」

「、、、なんですか?」

「忙しいところごめんね あの、、、少し、話したい事があって、、、」

「、、、はい」

言いづらそうに口を開く響子に対し、桐島は静かに頷いた

「誠哉君は、、、何も気にする必要はないのよ、、、?」

「、、、、、っ」

この言葉を口にしたと同時に、電話越しだが空気が一気に張り詰めたのを響子は感じた

「それは、、、歩との事ですか、、、?」

「、、、うん、それも含めて、、、美希や誠君や由美さんの事は、、、あなた達には何の関係も無い事なの」

響子は電話越しの桐島に対して、初めて桐島誠哉として話をしていた 今までは桐島の後ろに美希や誠、赤子だった桐島を感じながら話していた

「私なんかが、あなた達2人の間について口を出すなんて筋違いだって分かってるけど、、、それは分かった上で、もし、美希達の事を気にしているなら、、、」

今は真摯に、現実の、現在の桐島誠哉に向かって話す事が出来た あの頃から流れた月日は15年を超えている あの時とは何一つ違うという事を、あの時を思い出したからこそ、分かったのだ

「そんな事、、、何も気にしなくていいの、、、!歩ちゃんは歩ちゃん、、、誠哉君は誠哉君だから、、、それだけだから、、、ね、、、?」

「、、、無理ですよ」

「え、、、?」

僅かに感情的になった響子に対し、桐島は冷静な口調のままだった

「じゃあもし歩が、、、その昔の話を聞いたら、どう思いますか、、、?」

「えっ、、、」

桐島からの意外な切り返しに響子は口ごもった

「本当の事は分からないですよ?本当の本当のとこはどういう事が起きたのかは分からないですけど、、、もし俺が聞かされた話、歩が知ったら、どう思いますかね?」

「あ、歩ちゃんはそれでも、誠哉君と一緒に、、、!」

「そういう話じゃないんです!」

響子からの言葉を遮り、桐島は少し声を荒げた

「、、、歩は、、、きっと、俺に謝ってきます、、、そんで、自分の母親を責めたりすると思います」

「っ、、、、、!」

「歩の家庭には色んな事情があって、せっかく今は上手くいってるのに、、、また、、、」

桐島の脳裏には渡部と凛、2人の姉妹の顔が浮かんだ その後、渡部の父の顔、渡部の父から聞いた親戚たちの話を思い出していた

「、、、歩にはもう、、、そんな事で傷ついたり、悲しんだり、悩んだりして欲しくない、、、俺がいなければ、歩はそんな昔の話、知る機会は無くなるし仮に知ってしまっても、俺の事なんか忘れてれば大丈夫なんです、、、」

「、、、、、」

桐島の話を一通り聞き、響子は息を飲んだ

響子は渡部や由美側の事情や気持ちを、何も考えていなかった

当事者であるにも関わらず、相手の心情を冷静に分析する事が出来る桐島の考え方に、響子は心底驚いていた

「でも、、、そうかもしれないけど、、、」

しかし響子はそれでも納得いかなかった これ以上口を出すのはおせっかいである事も筋違いである事も分かっている しかし、だとしてもこの2人には、純粋に幸せになって欲しいのだと響子を強く思っていた

「それに、、、俺もそうなんです」

「え?」

「俺も、、、そんな簡単には、割り切れないんです、、、」

桐島の声が、込み上げてくる感情に邪魔をされて途切れ途切れになってきていた

「歩は、、、関係ないって、、、そん、、そんな事、分かってるんですけど、、、」

桐島は息をすすり、苦しそうに一つ一つの言葉を発する

「あ、、、歩の顔を見てると、どうしても、、、由美さんの顔と一緒に、俺の母親の顔が浮かんで、きて、、、なんか、、、もやもやするんです、、、!」

「、、、っ、誠哉君、、、」

電話越しに泣きながら話す桐島に、響子もつられて込み上げてくるものがあった

「親がいなくて、辛かったり寂しかったりした事とか思い出して、、、やっぱり心のどっかで、俺の母親が死んだのは、、、俺に両親がいないのは、由美さんのせいだって、、、なんか思ってて、こんな汚い考えがいつか、、、歩に向いちゃうんじゃないかと思って、、、」

桐島は抑えられていた感情を全て吐き出すように泣きじゃくりながら話した 人に話す事が出来なかったこの繊細に入り組んだ思いを、やっと外に出す事が出来た

「もしかしたらその内、歩を恨んだり、、、何か傷つけるような事しそうで、、、そんな事を考えてる自分も嫌で、、、」

「うんっ、、、うん、、、」

桐島につられ、しゃがみこんだ響子は涙を流しながら話を聞いていた 泣きながら話す桐島から感じる痛い程の葛藤に、響子は何も言える言葉などなかった

(誠哉君、歩ちゃん、、、この子達が悪い事なんて、一つもないのに、、、何も悪くないのに、、、!)







電話を切った響子は壁にもたれた

(後藤が歩ちゃんの家に行ったって聞いた時、、、正直、何してんのよって思った、、、)

響子は情報と自分の意思とを整理しようと試みた そして、20年ぶりに感じるある衝動に駆られ、裏口から店を出ていた

(歩ちゃんにそんな昔の事教える必要はないと思ったし、、、今更、昔の事が分かったって、美希が帰ってくる訳でもない、って思った、、、でも、、、)

店の裏口すぐ近くにある自販機の前まで歩いて行った

(その事で、関係ない子供達が苦しんでるんなら、、、せめて、ちゃんとした本当の事を教えてあげたい、、、ましてそれが、美希の子供なら、、、)

響子は学生時代から約20年ぶりに自販機の取り出し口に手を伸ばした 手に取ったモノは、かつてとは名称が変わったものの、同じ銘柄のタバコだった













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