ジンクス
公園で童心に返って遊んでいると、だんだんと日も落ち周りはすっかり真っ暗になっていた
葉花の里の本来の姿は夜のイルミネーションである その姿になる準備が、空と共に整ってきていた
毎日行われる点灯式の時刻まであと数分
桐島と渡部は高台の上にいた
この場所からは葉花の里の全体を見渡す事が出来る 夜となり、暗くなった葉花の里は、昼間の爽やかな自然溢れる場所ではなく、静かに闇が押し寄せるような恐怖さえ感じた
「高いねー」
渡部は感心して大きく息を吐いた 窓に張り付いて下を見ると立ち眩みするほどの高さだった
「だな にしてもここは星が綺麗だよなー」
桐島は高台の窓から空を見上げながら言った 周りにはカップルや家族、それも様々な年齢層の人たちがいた 全ての人がもうすぐ点灯するイルミネーションを見ようと下を向く中、桐島だけは上を向いていた
「あ、ホントだー」
「名古屋じゃ、、、あんまり星、見えないもんな」
「、、、え?」
桐島の真剣な声色に、渡部は少し警戒するように反応した
「同じものを見てんのに、、、同じようには見えないって、、、なんか不思議だけどよ、、、今は、、、なんていうか、、、」
「、、、、、!」
渡部の頭の中に、1年前の記憶が映像になって思い出された それは渡部と桐島が、名古屋と埼玉で遠距離恋愛をしていた頃の事である 2人は電話で話しながら、空を見たのだ
『、、、にしても今日はいい天気だったなぁ』
『え?そうなんだ、、、こっちは雨だったから』
『、、、そうか』
『今さ、、、星、見える?』
『え?ん〜まあまあだな』
『、、、そっか』
渡部はこの会話から、桐島とのどうしようもない距離を感じた 埼玉からは見える星も、名古屋からは見えない 同じ空を見ているはずなのに、空の見え方は違ったのだ
「、、、あの、誠哉君、、、」
「、、、ん?」
その瞬間、地上がパッと光ったのを感じた
2人はハッとしながらその光の方へ目を送る
先ほどまで闇の中だった葉花の里に、綺麗な光が施されていた 広大な里から輝くイルミネーションは夜である事を忘れさせるかのような明るさで、見ている人の心を掴んだ
「おおー、すげえ 綺麗だな!」
イルミネーションが点灯する瞬間を見た桐島は、否が応でもテンションが上がった
「、、、うん!すごい!」
渡部は少しのモヤモヤを感じながらもそれを自分の中でかき消し、目の前の光景を楽しむことにした
桐島と渡部の2人は高台から地上へと降り、葉花の里のイルミネーションを直に見て回った 360度イルミネーションに囲まれたトンネル、滝と共に流れてる光の生き物、花の一つ一つに丁寧にイルミネーションを施したお花畑、ライトアップによって池にそのまま映し出される並木道
その全てが渡部の誕生日を祝福してくれているようで、2人は疲れを忘れ楽しみっぱなしだった
渡部が喜んでいる姿が、今の桐島が一番望むものだ
それを真っ直ぐ、何の打算もなく見れた事が、桐島はとても嬉しかった
「っはー!すごいねー!幻想的そのままだよ!」
全てのイルミネーションを見終えた渡部だが、まだ目を輝かせ興奮も冷めていなかった
「ははっ!はしゃぎすぎだっつーの」
桐島は渡部の頭を少し乱暴に撫でた
「はー、でももう終わりかー、、、ん?」
渡部はふと前を見て目を留めた
「そういえば、、、これってずっと繋がってるよね」
渡部は目の前にあるゲートを指しながら言った
「そうだな、、、あそこからか?」
桐島がゲートの始まりを指さしていると、連続するゲートの中をカップルが手を繋いで歩いてきていた
「、、、分かった!こうやってカップルで歩くもんなんだ!」
「ホントかよ」
「じゃあ、私達も入り口から行こ!」
渡部は服の裾を引っ張り、ゲートの入り口を指さしながら言った
「わ、分かったよ 行くって」
桐島は渡部の勢いにつられ、小走りでついていった
【このゲートは葉花の里のミラクルなのです このゲートをカップルが手を繋いで歩きます 最後まで横から歩く人などに遮られずに、立ち止まらずに歩いて行くとそのカップルは、な、な、なんと!結婚してしまうのです!】
「、、、なんだよこの胡散くせえ看板はよ」
桐島は怪訝な表情で看板の文字を見た
「えぇ〜!?なんで!?素敵じゃないかな!?」
桐島とは反対に渡部の食いつきっぷりはすごかった
「そうか?、、、ん?」
桐島は看板のさらに下に目をやった
【しかし!途中で遮られてしまうと、そのカップルは必ず別れてしまうのです(泣)なので、カップルで歩く場合は自己責任でお願いします!】
「、、、、、」
「へ〜、やっぱりこういうのもジンクスには付き物だよね!」
渡部はキラッと笑いながら桐島を見る
「、、、歩いてみるか?」
「、、、え?」
桐島からの言葉に渡部は妙な違和感を覚えた
「せっかくだしな それに、、、」
桐島は看板から目を離し、ゲートの方を向きながら渡部の手を握った
「、、、大丈夫だろ 俺らなら、、、」
桐島は照れからか、渡部から顔を背けた しかし、その手だけはギュッと握っていた
「、、、うん!だよね!」
渡部は桐島の手を握り返し、ゲートへ向かって一歩踏み出した
ゲートの入り口から出口までは200メートル程度だろうか 出口には段差があり、イルミネーションのボリュームがすごくチャペルを彩ったようになっている
「、、、、、」
「、、、、、」
2人はゲートに足を踏み入れてから何も喋らなかった
数歩ほど進むとまた次のゲートである ゲートからゲートの間は横から人が通れるようになっている
桐島と渡部はそれぞれ、ドキドキしながら周りにいる人達の様子をうかがった 今、通った道を横切る人達の姿を見て一つ一つ息を吐きながら足を止めずに歩き続ける
互いに互いの表情をうかがう事はしなかった
しかし、2人は揃えたかのように同じ表情をしている 落ち着き、目の前だけを見据え、少し強張ったまま固まっていた たまに深呼吸をするとき以外、表情は動かなかった
ゲートとゲートの間はたった数歩だが、渡部はその数歩が苛立たしいほどに長く感じた
4つのゲートを越えたところで、2人は緊張も徐々に和らいでいくのを実感した
(最後まで、、、通れる、、、よね?)
渡部は心の中で念じるように言い聞かせた
ただただ目の前のゲートをくぐるだけの事に全ての意識を集中させた
コツコツと、ただ歩くだけ
今までも2人はこうして並び、手を繋いで色んな場所を歩いてきた
一度離れはしても、また同じ点で結びついた
今、歩いているこの道もそんな今までの道となんら変わらない
なのに2人の胸中はいつも通りではなかった
少し、時間が経った
渡部は妙な緊張と集中のせいで周りが見えていなかった
ハッと気がつき顔を上げると、数歩先には最後のゲート、その奥には綺麗なチャペルが彩られている
(このゲートをくぐって、、、あのチャペルに乗れば、終わり、、、)
渡部は心の中でゆっくりと確認した
そして目線は送らずに桐島の気配を握った手から感じた
やはり桐島からも緊張した感覚が伝わってくる 渡部は息を飲んでその手を強く握り直した
タッタッタ
不意に足音が右から聞こえた
「っ?」
桐島と渡部が気づいたと同時にその足音は目の前までやってきた
見知らぬ子供だった その子供は桐島達から見て左側にあるイルミネーションに向かって走っていった
待ちなさい、といって子供を追いかける母親も、桐島達の目の前を通過し、右から左へ駆けて行った
「あ、、、、、」
「、、、、、」
渡部は思わず声を出したが、桐島は黙りこくったままだった
その間、桐島と渡部は手を繋いだまま、立ち止まってしまっていた