7月2日
7月2日
今日は渡部歩の誕生日である
夜から雨だという天気予報は外れたのだろうか、青空がいっぱいに広がり、夏が近づき強くなり始めた太陽の陽射しが街全体を照らしていた
時刻は午後1時
桐島と渡部は名古屋駅にて待ち合わせをしていた
駅前に立ち並ぶビルを背に、渡部は名古屋駅に向かって歩いていた
(結局、、、あれから何も言ってくれなかったな、、、お母さん、、、)
これから桐島と会うに当たって、渡部は改めて先日の事を思い出していた
(あの時、、、名古屋に引っ越してきたのは誠哉君と別れさせるため、、、?確かに、お母さんの提案で引っ越したのは知ってるけど、それは凛との事を考えてだって思ってたのに、、、)
渡部は1年前の事を必死で思い出すが、頭の中を上手く整理できない
(お母さんは、、、何がそんなに嫌なんだろう、、、?誠哉君のお父さんと仲が良くなかったのかな、、、?でも結婚式に出たりしてる訳だし、、、)
あれこれ推測していると、大きな噴水のオブジェのようなモノが視界に入った
「あっ、、、」
そのオブジェの足下を囲む石段に腰をかけてる人物を見て渡部は思わず声を上げた
「誠哉君!」
桐島を見つけた渡部は手を振りながら駆け寄った 表情も緩み、先程まで考えていた事も頭から消えていた
「歩」
桐島も石段から立ち上がり、笑顔で渡部に呼びかけた
「お待たせしたかな?」
溢れてしまう笑顔のまま、渡部は桐島のそばまで来て訊ねた
「すっげえ待った気がする」
「えへへ、私も」
「どういう事だよ」
渡部の返事に桐島は思わず吹き出しながらツッコんだ
「誠哉君に会いたくて、今日まで待ちくたびれたから」
「、、、アホかよお前は」
ニヤニヤ笑いながら言う渡部に対し、桐島は嬉しそうにしながらも顔を背けて歩き出した
「あっ、ホントなのにー」
渡部も慌てて桐島について歩く
「ま、、、俺もそうだけど、、、」
「んふふ じゃあ誠哉君もアホだー」
「、、、じゃ、そんなアホからとりあえず、、、」
「?」
桐島は立ち止まり、渡部の顔を見た
「誕生日おめでとう」
「、、、っ、、、」
渡部は桐島の顔を見て息を詰まらせた 優しく暖かく柔らかく、だがどこか儚い笑顔、桐島のこんな表情を見たのは初めてだった
「、、、ありがとう」
いや、桐島だけではなく、渡部はこんな表情を誰からも見た事はなかった
「もう18歳か〜、20歳は目前だな」
気がつくと桐島はいつもの様子に戻っていた
「、、、そうだねー、私、18歳ってもっと大人だと思ってたなー」
「あ、俺も けどあんま変わらねえよな」
「だよねー?」
2人は名古屋駅構内の喫茶店にいた 外からの日差しが差し込む明るい店内で昼食を取る
「、、、、、」
桐島は妙に落ち着きなく、店内を見渡していた
「、、、どしたのさっきから?キョロキョロして」
渡部は首を傾げなから桐島の様子をうかがった
「ん?いや、、、どういう風にしてんのかなーって思って この喫茶店は、、、」
桐島はそう言いながらまだ周りの状態を確認していた
「? ふ〜ん?」
渡部はイマイチ意味が分からないまま、ジュースをストローで飲んだ
「、、、最近どう?浩二君と梓ちゃんは?」
「ん?ああ、、、須原もよく聞いてくるよ 歩はどうだー?元気かーって」
「浩二君が?」
渡部は少し吹き出しながら須原の顔を思い浮かべる
「ま、元気だよ 秋本もな 秋本は大学行くらしいよ テニスの推薦で」
「えっ?あ、そっか、梓ちゃん、テニスやってるだもんね」
「おう、ウチの銘東高校もテニスの推薦での入学だしな ホントはカメラの勉強もしたいらしいけど」
「そうなんだ、、、銘東高校っていったらスポーツ名門校だし、やっぱりスゴイんだね」
テンポよく会話をしながら桐島は手元のコーヒーを飲む
「みっちーは?」
「千佳も最近は会ってねえなぁ、、、ま、東京の卆壬大学目指してるから勉強とか準備で忙しいだろうしな」
「そっかぁ、、、」
渡部は少しだけ寂しそうにため息まじりに呟いた
そしてひとしきり会話をした後、お互いになんとなく気づいていた
何かが噛み合わない事に
明確に何が、と言えるような物でもない、口に出す程のモノでも無い、2人の間に流れる空気が、その違和感を覚えさせていた
「そ、、、そう言えば最近ね、麻癒が電話で、、、」
渡部はその感覚を打ち消そうと先程から何度も話を切り出していた
喫茶店で昼食を終えた2人は、電車に乗って移動していた
以前からの約束通り、葉花の里へと向かう
葉花の里は365日イルミネーションを展開しており、それだけでなく池や林道などの自然も溢れている 家族でもカップルでも訪れる事が出来る観光スポットだ
「それにしてもスゴイよねー」
流れる景色を見ながら渡部は唐突に口に出した
「ん?何がだよ?」
「葉花の里だよ!夏でもイルミネーションをやってるって、スゴく珍しいよね?」
渡部は興奮気味に桐島に説明する 外の景色も普段は見ない風景になっていく事も興奮する理由の一つだった
「へー、そうなのか?イルミネーションやってるとこってどこでも一年中やってんじゃねえの?」
「やってないよ!殆ど冬以外はやってないの!だから葉花の里は素晴らしいの!」
桐島の言葉を食い気味に否定し、肩を揺らしながら必死に言い切った
「ハハッ、なんだよ 分かったよ」
「ホントに?」
渡部は不満そうに桐島の表情をうかがう
「、、、でも、イルミネーションでしょ?こんなに早く行って大丈夫?」
窓の外を見ると、まだ太陽は真上に見えるほどに高かった
「ああ、なんか葉花の里の近くにでっけえ公園があるみたいだからよ そこでゆっくりしようぜ」
「公園?」
「おう」
小首を傾げる渡部に桐島は笑顔で返事をした
駅を出て閑静な街並みを歩いて行くと、確かに桐島の言う通り大きな公園があった 広い原っぱの中にとても長い滑り台やつかまり棒など、大きさと自然を利用した遊具が並んでいる
「おぉ〜!開放的な空間だね!」
渡部は感心したように公園を見渡した後にバッと桐島を見る
「だろ?天気も良いし、公園日和だよな」
「天気予報は外れたね!私達は晴れ男女だ!」
渡部は元気よくそういうと、遊具に向かって走り出した
「おい、気をつけろよ ケガすんなよ」
「はいはーい!」
渡部はいつになくはしゃいでいた それは、誕生日であるという事、初めて来た場所である事、桐島と2人きりだという事、色んな理由が重なってのテンションの高ぶりだった
「、、、ったく」
桐島はため息と共にそう呟いた そして、嬉しそうな寂しそうな、幸せそうな辛そうな表情をしながら、カバンの中にある四角い箱の感触を確かめた