現実味
「とまあ、、、こんなところだな 俺らが知ってるのは、、、」
話を終えた恭丞は深く息をつきながらコーヒーを飲んだ
「つっても俺は誠から、、、山田は美希ちゃんから聞いただけの部分もあるけどな」
「、、、、、」
2人から話された驚愕の展開に桐島はなんとも言葉が出なかった そしてここまで聞いてなお、現実味は一切湧かなかった
「私は、、、今でも誠君の事を許せない、、、どうしても」
「山田、、、何度も言ってるけどよ あいつらは浮気なんかしてねえよ」
「何を根拠に言ってんのよ、、、じゃあ説明しなさいって言ってんの!昔っから何回も!」
誠と由美をかばうような発言をする恭丞に、響子はイラつきながら言った
「あ、、、ごめんね 大きい声だして」
響子は桐島の目を気にしながら慌てて謝る
「いえ、、、」
桐島は小さく首を振りながら頭の中を整理していた
「ホントはこんなこと、、、誠哉君に話すべきじゃなかったと思うんだけどね」
「いや、、、俺が聞きたかった事なんで、、、全部話してくれて、ありがたいです」
桐島は小さく笑いながら響子に言うと、ウーロン茶を口にした
「それで、、、実際どうなんだよ後藤さん?」
「ん?」
「浮気してたのか?その、、、由美って人と」
桐島はまだ話を聞いただけでイマイチ実感出来ていない 故に冷静に質問することができた
「、、、本人から聞いた話だと、誠は浮気じゃないって、理由は言えないってそればっかり、、、由美の方は、いきなり誠が抱きついてきたって、、、昔はそういう風に言ってたな」
「理由は言えないって、、、意味分かんないわよ、、、」
恭丞の説明に響子は不満そうに呟きながら紅茶を飲む
「、、、、、」
桐島は眉間にシワを寄せながらぐっと考え込んだ
「どうした誠哉?あんま納得いかねえか?」
「、、、いや納得っていうか、、、分かんねえ事が多すぎてなんとも、、、」
恭丞の質問に桐島は難しそうに首を傾げた
「その、、、俺の父親って人は今はどこに?連絡とかとれるのか?」
「いや、お前が埼玉に引き取られてから、殆ど会ってねえな、、、ま、死んだってのは聞かねえからどっかで生きてんだろうけど、、、」
「、、、そっか じゃあその、由美さんは?神田由美さん」
「由美はまだ名古屋にいるし、一応家も知ってる 結婚したから苗字と家は変わったけどな」
「、、、、、」
桐島は色々と質問を重ねるがイマイチ納得いかなかった どうも釈然とせず、全ての話を聞いたのにスッキリしなかった
(なんか、、、中途半端だな、、、両親だって実感も湧かねえし、、、俺の父親がなんで由美って人と抱き合ってたのかもよく分からねえし、、、)
桐島はウーロン茶に映る自分と目を合わせた
(美希さんの父親と母親って人は、、、孤児院のおじいちゃんとおばあちゃんだよな、、、おじいちゃんはもう亡くなったけど、おばあちゃんは今も埼玉にいる、、、んで、受付のおっちゃんも、、、)
桐島はおじいさん、おばあさん、草津の顔を順番に思い浮かべた
(あと会った事がなくて、、、話を聞けそうなのは神田由美さんだけか、、、でも由美さんもいきなり抱きつかれただけっつってんだよな、、、訳分かんねえな 結局、俺の父親に直接聞かねえと分からねえのか、、、?)
桐島はイライラした様子で頭をかいた
(いや、、、もっと事例を組み合わせたら分かるはずなんだけどな、、、俺の父親がどういう状態だったのか、、、由美さんがどんな人だったのか、、、)
桐島がごちゃごちゃと難しく考えていると、恭丞は懐を探り出した
「、、、、、?」
桐島は興味深そうに恭丞の手に注目した
恭丞は懐からあるものを取り出し、ポンとテーブルにそれを置いた
「、、、これは?」
「誠と美希ちゃんの結婚式の写真だ 結婚式の終わり頃に撮ったやつなんだけどな」
恭丞が置いた写真に響子は目を合わせた
「、、、懐かしい、、、」
響子はそう呟きながら優しく笑った
写真の中の人は皆、幸せそうな満面の笑顔だった
「これが、、、今の結婚式の話の写真ですか?」
「うん、、、そうよ」
桐島の問いに響子は頷きながら答えた
桐島は自分の前に写真を置き、改めて全体を眺めた
「これが俺、んでこれが山田な」
恭丞は自分と響子を順番に指した
「じゃあこの真ん中の2人が、、、俺の両親、、、?」
桐島は指を差しながら口に出すが、その姿を見てもまだ、イマイチ実感が湧かなかった しかし、頭の奥がズキズキと強く痛むのを感じた
「そうよ 2人の間にいるのが誠哉君」
響子は写真の中を小さな子供を指差した
「これが、、、俺ですか、、、」
桐島は頭を押さえながら小さく笑った 自分自身の姿を見てもまだ、欠片も現実味を感じなかった この写真の中はどこか遠くの、別の世界のような感覚だった
「んで、、、これが由美な」
「この階段を上って後ろにいる人だよな?」
「ああ」
桐島は恭丞が指す場所を確認し、改めてしっかりと由美の顔を見直した
「、、、?」
桐島はその由美の顔を見ると、妙な感覚が体を走った
「、、、どうかした?誠哉君?」
「いえ、、、あれ、、、?なんか、、、」
桐島は更に注意して写真の中の由美の顔をじっと見た
「この人、、、どっかで見た事あるような、、、?」
桐島は腕を組みながら必死で記憶を遡る 頭の中を駆け回り、由美に繋がる情報を探した
「、、、あ」
桐島は1人、心当たりのある人物がいた 顔に関して言えば、その人と由美の顔は完全に一致している
「、、、、、」
(もしかして、、、?いやでも、そんな訳ないよな、、、まさか、、、)
桐島は以前、その人物がしていた会話の一部を思い出していた
『え、、、?きりしま、、、せいや、、、?』
『、、、由美?どうした?』
『えっ、、、あ、いえ、、、なにもないわ、、、』
「っ、、、!?」
桐島はそんなやりとりをしていた人物を思い出した
(由美、、、俺が自己紹介した時、確かあの人由美って呼ばれてたよな、、、?)
桐島は顎に手を添え、真剣な表情で考え出した
「、、、あのさ後藤さん、、、」
「ん?なんだ?」
「この由美って人、、、苗字変わったって言ってたよな?」
「? ああ」
桐島の質問の意図がイマイチ理解出来ないまま、恭丞は頷いた
「なんて苗字になったんだ、、、?」
桐島は探究心のままに流れるように訊ねた しかし訊ねてからのコンマ数秒で考える もう少し心の準備をしてからで良かったのではないか なんなら無理に聞く必要もないのではないか そんな思いが原因で、恭丞に訊ねる言葉の語尾の声量が少し小さくなっていた
「由美の苗字?え〜っと、神田だったのが、、、」
恭丞は斜め上を見ながら思い出していた
「確か、、、渡部、つったっけな」
「、、、、、っ!!?」
その名を聞いた瞬間、桐島は表情を歪めた
「渡部?」
響子も少し引っかかりながら恭丞の言う名を繰り返す
「、、、?なんだよ?どうしたお前ら?」
妙な反応をする2人に恭丞は不思議そうに訊ねる
「ウチのバイトの子も渡部だなって思っただけ ほら、さっきの女の子 誠哉君の彼女さんかな?」
響子は恭丞に説明しながら桐島を見てニコッと笑った
「、、、、、」
桐島は眉間にシワを寄せ、難しい表情をしたまま黙り込んでいた
「、、、山田 その子の名前は?」
桐島の様子をうかがいながら恭丞は響子に訊ねた
「下の名前?歩ちゃんよ だよね?誠哉君」
「歩って、、、由美の娘の名前も、、、確か歩だぞ?」
恭丞は過去に由美から聞いた娘の名前を思い出していた
「え、、、?」
響子は驚き少し慌てながら桐島の方を見る
桐島は写真をじっと見ながらずっと黙っている
「いやでも、、、関係ないでしょ?渡部歩って、そんなに珍しい名前じゃないし、、、」
響子は笑いながら2人に言ってみせた
「、、、、、」
恭丞は響子のその言葉に口では答えず、桐島の方を見た
「、、、、、俺、一回だけ歩の母親を見た事があるんです、、、」
桐島が語ったそれは今から1年と3ヶ月前、高校2年生になる直前、浜薫や片岡綾が高校を卒業する直前のある休日の事だった
まだ埼玉にいた桐島と渡部 そんな渡部が法事で名古屋に行く事になった事があった
「その時俺はまだ埼玉に住んでたんですけど、、、たまたま名古屋で会う事があって、、、」
その法事に桐島が付き添いでついていくという事があった その時、渡部の名古屋の家の近くで渡部の両親と桐島は会ったのである
「、、、、、」
響子と恭丞は黙って桐島の話に耳を傾けていた
「その人は、、、間違いなくこの人でした」
桐島は写真の中の由美を指差した
「俺の父親の幼馴染の神田由美って人、、、この人は、歩の母親です、、、」
桐島はあくまで冷静に、現状を整理するように言った しかし、先ほどまでの現実味のない感覚は一切なくなっていた
「、、、あの子が、、、由美の娘か、、、」
恭丞は先ほど花屋で見た渡部の顔を思い出しながら呟いた
「ウソ、、、、、じゃあこの子が、歩ちゃんってこと、、、?」
響子は写真の中の由美の娘を指して言った
(この人が、、、俺の父親と母親、、、)
桐島は改めて写真の中の誠と美希を見た
幸せに溢れた笑顔でまだ幼い桐島の手を握ってる
(、、、この人が、、、)
誠の後ろで幼い渡部を抱きかかえている由美を見た 桐島は由美の顔を見ながら強く唇を噛み締めた