シティオパーク
「おぉ〜〜〜!すご〜い!」
渡部は目をキラキラ輝かせながらパチパチと拍手した
「おい、、、あんまはしゃぐなよ」
桐島も少し浮き足立っていたが、渡部の浮かれっぷりを見て冷静になっていた
6月半ばのある休日
桐島と渡部は名古屋にある遊園地、シティオパークにやってきていた
日本でも一、二位を争うほど敷地が広く、定番のアトラクションから期間限定のイベントまで、一年中お客の足が途絶えない人気の遊園地だった
「はっ、早く!早く行こっ!早く歩こっ!」
園内に入った渡部はキョロキョロとアトラクションを見渡しながら必死に桐島の服の裾を引っ張る
「分かってるから落ち着けよ 人も多いんだから、はぐれるぞ?」
「ダイジョブダイジョブ!あっ、あれ!あれ乗りたい!」
桐島の言葉を聞き逃し、渡部は指差しながら足を進めた
「お、おう」
桐島と渡部は人混みを掻き分けながらアトラクションに向かって歩いて行った
「あー楽しー!これも美味しー!」
昼過ぎまで様々なアトラクションを楽しんだ2人は、昼食を取りながら休憩していた
「そうだな つか広いなぁこの遊園地 普通に川とか流れてるもんな」
桐島はホットドッグを片手に遊園地を見渡す
「ふふっ、一日じゃ全部回れないねー」
渡部は目を細めて笑いながらサンドイッチを口に運んだ
「そういえば、誠哉君って結構強いんだね」
「? 何が?」
「ジェットコースターとか、、、もしかしたら全然ダメなんじゃないかなぁーとか思ってたけど、平気そうだったからびっくりした」
そう言うと渡部は少しイタズラっぽく笑った
かつ
「まあそんなにはなぁ、、、つかそれなら歩の方が焦ってたろ?水の上を小さい船みてえなので進んでいくやつ」
桐島は身振り手振りで説明する
「え、ち、違うよ!あれは、、、」
「水中に何かいる!とか言ってたけど、、、あれは作りもんの鮫だろ」
桐島は笑いを堪えながら先ほどの出来事を話した
「だってそんなの知らないもん!何かが紛れ込んでたのかと思ったの!」
「ハハ!何が紛れ込むんだよ!」
「もう!なんで笑うの!」
渡部は顔を真っ赤にして言い返すが桐島は笑って流していた
昼食を終えた2人は再び園内を回り始めた
「次はどこ行く?まだ向こうのエリアは行ってなかったよな?」
桐島は遊園地の地図を見ながら渡部に訊ねる
「うん、そうだね、、、」
渡部は返事をしながらある事を考えていた
(何だったら怖がるかな誠哉君、、、絶叫系は強いみたいだし、、、)
渡部は近くのジェットコースターを見ながら桐島の苦手そうなモノを予想していた
そこでふと、渡部の視界にお化け屋敷が飛び込んでいた
(あれなんかどうだろ、、、意外と弱いのかも、、、)
「、、、? どうしたんだよ?」
ボーッとしている渡部の顔を覗き込み、桐島は訊ねた
「ねえー!次はあれがいい!」
渡部はお化け屋敷を指差しながら甘えた声で誘った
少しの列を並び、2人はお化け屋敷の入り口に立った
「お待たせしました どうぞ」
係員に従って2人は入り口からお化け屋敷の中に入った
「おお、いきなり暗いな」
明るい場所から一転、暗くする技術に桐島は感心していた
「っ!!」
渡部はビクッと体を強張らせた
(しまった、、、私が苦手だった!)
渡部は暗いお化け屋敷の中に入ってやっとその事に気づいた
(外から見た感じじゃ全然怖くなさそうだったのに!もう暗いし、、、)
「中はどんぐらいの広さなんだろうな?外からじゃよくわかんねえよな」
桐島はそんな事を言いながら歩き出した
「はっ!速い!誠哉君!速い!」
渡部は慌てて桐島の背中に着き、その両肩に手を伸ばした
「な、なんだよ でかい声出すなよな」
「だ、だって速く行くから!誠哉君が速いから!」
「うるせえな!もうちょい静かにしろ!」
あまりに落ち着きがない渡部を桐島は少し強めに叱りつけた
「う、、、だ、だって、、、」
(怒られた、、、、、しかも誠哉君は全然怖がってない、、、、、)
色んなことが重なり渡部は少し落ち込んだ
「、、、ほら」
桐島は右手をスッと差し出した
「え、、、?」
渡部が聞き返したと同時に左手を取られ、ぐっと引き寄せられた
「ったく、、、まだ何にも驚かされてねえだろ」
桐島はそのまま渡部の手を引いて歩き出した
「、、、うん、ごめん、、、」
突然繋がれた手を見ながら、渡部は桐島に付いて歩いた
「ウゴブァルベラー!!」
「ひゃーー!」
ゾンビに驚かされた渡部は叫びながら桐島に抱きつく
「無理っ!ホント!私!無理!」
渡部は桐島の胸に顔をうずめて首を振りながら叫んだ
「ハハハ!怖がりすぎだろ!お前の声の方が怖えよ!」
怯える渡部を桐島は楽しそうに見ていた
「無理無理無理!イヤ!もぉー!」
渡部は目をつぶって周りを見ようとしなかった
「ほら行くぞ 歩け歩け」
桐島は渡部の背中に手を回し優しい声で急かした
(もう出たい、、、早く出たい、、、)
渡部は桐島の腕だけ掴み、目をつむりながら歩いた
お化け屋敷を出た後、さまざまなアトラクションを回り、日も落ちそうになっていた
「いっぱい乗ったねー!」
お化け屋敷の恐怖からはもうすっかり解放された渡部はテンション高く桐島の背中を叩いた
「おう、つかあれだな、もう疲れたな」
桐島は叩かれた背中をさすりながら言った
「え〜?まだ全然行けるけど、、、、、あっ!」
渡部はあるものを見つけて目を輝かせた
「ん?」
桐島も顔を上げて渡部が見る方を見た
そこには黄色い鳥の着ぐるみが歩いている姿があった シティオパークのパレードやイベントに出ているキャラクターである
「レ、レジャーバード!」
渡部はその黄色い鳥を指差しながら言った
「? なんだよそれ」
「知らないのレジャーバード!?伝説の鳥だよ!伝説の!」
「ええ〜?あのひよこみてえなのが?」
舞い上がっている渡部に対し桐島は胡散臭そうにレジャーバードを見ていた
「ひよこじゃないよ!村に言い継がれる伝説の鳥、レジャーバード!」
渡部は口上のようにそう言い放つとレジャーバードに向かって歩き出した
「どこの村でだよ、、、」
桐島は小さい声でツッコミながら付いて行った
「すごーい!ホンモノ!」
渡部はレジャーバードの腕の翼や頭を撫でた
「チャンスだよ誠哉君!レジャーバードに触れるよ!」
渡部は必死で桐島を手招きする
「いいよ別に、、、」
桐島は少し離れたところから渡部とレジャーバードを見ていた
するとレジャーバードは大きな翼で渡部の頭をポンポンと撫でた
「っっ!?」
「おおー、レジャーバードー!ありがとー!」
驚く桐島を他所に、渡部は嬉しそうにレジャーバードの翼を撫で返す
(あの鳥、、、馴れ馴れしくしてんじゃねえよ、、、)
桐島は念を送るようにレジャーバードを睨みつける
(つかおっさんだろあの中、、、早く離れろよ歩、、、)
そうは思っていても中々口には出せない桐島は待つしかなかった
「あ、じゃあ撮りますよ?」
そんな声が桐島の耳に入ってきた
「ん?」
声がする方を見ると、レジャーバードと渡部の近くに携帯を構える人がいた どうやら渡部が通行人に写真の撮影を頼んだようだ
「はい!お願いします!」
渡部が頷きながら言うと、レジャーバードは腕の翼を大きく広げた そしてその翼で包み込むように後ろから渡部を抱きしめる
「っつ!?」
見かねた桐島は渡部とレジャーバードに向かって歩き出した
「てめえ!」
桐島はレジャーバードの翼を掴んだ
「せ、誠哉君!?」
「いい加減にしろコラ!」
桐島は渡部を包む翼を引き剥がそうと思い切り引っ張った しかし力が強過ぎたのか、翼の羽をブチブチと抜いてしまった
「ちょっ、ちょっ!何してんの!?」
渡部は驚きながら桐島に訊ねる
「いやこいつが、、、!こいつが、、、」
桐島はそこで言葉が詰まった どう言い表して良いのか分からず、レジャーバードを指差すだけだった
「ああ!レジャーバードの翼がハゲてる!」
渡部は気の毒そうにハゲた翼を見た
「あの、、、写真撮ったんですけど、、、」
「あっ、はい!ありがとうございました」
渡部は慌てて礼を言いながら写真を撮ってくれた人から携帯を受け取った
「と、とりあえず行こ!怒られる!」
渡部は桐島の肩を素早く叩きながら逃げる事にした
「お、、、おう」
「ごめんなさいレジャーバード!」
渡部は最後に一礼だけして急いでその場を離れた
2人は最後のアトラクションに観覧車を選んだ 行列の最後尾に並び、順番を待つ とは言ってもそれほど並んではおらず、10分から15分ぐらいで回ってくるだろう
2人はしばらく並び、順番まで後わずかだった 残り5分もかからないぐらいである
「もぉ、レジャーバードの翼、むしっちゃって、、、」
「、、、わ、悪かったよ 俺だってまさか羽が抜けるとは、、、」
頬を膨らます渡部に対し桐島は頭をかきながら謝った
「あっ、そうだ 写真撮ってもらったんだった!」
渡部は急に思い出し、バッグの中から携帯を取り出す
「ちゃんと撮れてるかな、、、、、え」
渡部は小さく息を吐くように驚きの声を発した
「、、、ど、どした?」
渡部の妙な反応に桐島は思わず携帯を覗き込んだ
その写真は、桐島がレジャーバードの翼の羽を今まさにむしり取っている瞬間だった 渡部も驚いた表情をしており、むしりとろうとする桐島の手は速すぎてブレているほどだ
「あ、、、」
「、、、、、」
桐島は黙り込む渡部にどう声をかけていいか分からなかった
「あ、、、あの、ごめ、、、」
「あはは!なにこれー!面白いね!」
渡部は笑いながら桐島に携帯を見せた
「えっ?お、、、おう、そうか?」
「すごい顔してるよ誠哉君!私もだけどね!でもレジャーバードとこのスリーショット、撮れてよかった!」
渡部はスッキリした表情でそう言い切ると、パタッと携帯を閉じた
「そ、そか?じゃあまあ、、、良かった」
桐島は少しホッとした気持ちで息をついた
「あ、順番来たよ」
渡部は桐島の腕を軽く叩きながら前に歩いた
2人は従業員の指示に従って観覧車に入った
そのままの流れで向かい側に座り合う
「意外と待たなくて済んだな 観覧車」
桐島は少し地面から浮いた事を窓の外から確認しながら呟いた
「、、、、、」
渡部は黙ってじーっと桐島を見た
「?」
「、、、ふふふ」
渡部は小さく笑い、腰をかがめながら立ち上がり、向かいの席から桐島の隣に素早く移った
「え、、、?」
突然隣に座り直す渡部を桐島は不思議そうに見た
「ねえ、、、なんでレジャーバードの翼を引っ張ったりしたの?」
渡部はそう言いながら腰を浮かせ更に桐島の方へと寄る
「え、、、いや、、、」
「ヤキモチ妬いたの?レジャーバードに?」
渡部は更に桐島に顔を寄せ、ニヤニヤと楽しそうに訊ねた
「、、、う、うるせえなぁ、近えよ」
桐島は顔を背け、照れた表情を隠した
「えへへ、、、ごめん」
渡部は桐島の肩に頭を乗せ、もたれかかった
「ずっとこうしたかったから、、、やっと甘えられるなぁって思って、、、」
渡部は目を瞑りながら噛みしめるように呟いた
「え?」
「誠哉君、外でくっつかれるのはあんまり好きじゃないだろうから、、、こういう所に来るまで待ってたの」
渡部は目を少しだけ開けて窓の外を見た 地上から切り離されたこの場所には、2人の為だけの空気が流れていた
「、、、、、」
桐島はそっと優しく渡部の手を握った
「んな事、、、気にすんなよ」
「え、、、?」
渡部は顔を上げて桐島の顔を見た
「お前は、、、俺には遠慮しなくていいから 俺にだけはわがまま言っていいからよ」
「、、、、、!」
桐島のその言葉には広い意味が込められているように渡部は感じた
渡部の家庭の事情や菅井の事、全てを知っている桐島の言葉だからこそ渡部は安心して受け入れることが出来た
「、、、うん」
渡部は小さく頷き、桐島の手をゆっくり握り返した
「じゃあさ、、、一つだけわがまま言っていい?」
渡部は桐島の肩に頭を乗せたまま呟いた
「、、、?なんだよ?」
「、、、やっぱりいい」
「え?」
「やっぱりやめとくね 変な事言ってごめん」
渡部は少し慌てた様子で謝った
「なんだよ 気になんだろ?」
「いいのいいの 大した事じゃないから」
訊ねる桐島を渡部は軽く笑いながらいなした
「、、、、、」
桐島は繋いでいた手を離し、渡部の脇腹を指で差した
「ひゃわぁっ!」
渡部は慌てて体を浮かし、脇腹を押さえた
「な、なにすんの!?いきなり!」
「だってお前が言わねえから」
桐島はスネた子供のように唇を尖らした
「っ!!」
「前から何回も、遠慮すんなって言ってんだろ?出来る事なら何でもするからよ」
「、、、、、」
渡部は目を伏せ、落ち着いて息をついた
「じゃあ、、、言うよ?」
「ああ」
ゆっくりと口を開く渡部に対し、桐島は軽く頷いた
「、、、キスして、、、?」
「、、、え、、、」
桐島が反応に困っていると、渡部は顔を真っ赤にして俯いた
「、、、もぉ、だから言いたくなかったのに、、、」
渡部は下を向きながら桐島から顔を背けた
「ち、違うよ?ちょっとだけ、、、その、なんとなく、、、その、頭をよぎっただけっていうか、、、」
渡部は言い訳のような言葉を重ねていた
「、、、じゃあ、、、するか?」
桐島はポリポリと頬をかきながら照れ臭そうに返事をした
「、、、、、」
渡部は顔を背けて黙ったままだった
桐島は渡部の肩をぐっと引き寄せ、振り向かせた
「歩、、、」
「、、、うん、、、」
2人は目を合わせた 桐島は少し緊張した面持ちだったが、渡部は顔を赤く染めながら小さく笑っていた
桐島は少しずつ渡部との距離を縮めていく 時間にして2秒ほどの出来事が、スローモーションかのように長く感じられた
そして互いに目を瞑り、ゆっくりと唇を重ねた
とても浅い口づけ
だが2人にとっての三度目のキスは、とても甘く、そして何より互いを欠かせない存在だと分からせてくれる味だった
初めて互いを求め合い、想いを重ねたキスは一度目や二度目のキスとは全く質が異なるものだった
2人はゆっくりと唇を離し、そのまま至近距離で目を合わした
「、、、っ、、、!」
渡部はすぐに目を逸らし、真っ赤になった顔を背けた
「、、、、、」
(ちゃんとキスしたの、、、初めてだな、、、)
渡部につられて照れた桐島は観覧車の窓の外に目を向けた
「あ、、、、、」
ちょうど観覧車は一番高い場所へと回ってきていた
「おい、歩」
桐島は俯いている渡部の肩を揺らした
「な、なに?」
まだ恥ずかしさが残っている渡部は俯いたまま返事をした
「外、見てみろよ」
「え、、、?」
急かされた渡部は恐る恐る顔を上げ、桐島が指す方を見た
「あっ、、、わー、、、」
渡部は呆然とした様子で窓の外の景色に見入った 高さ85メートルのこの観覧車からは、名古屋の鮮やかな夜景が一望出来た 街中はもちろん、海岸付近の工業地帯も今だけは人々を虜にした
「もうちょい暗くなってりゃもっと綺麗だったんだろうけど、、、ま、仕方ねーか」
まだ日が落ちて間も無く、空は薄暗い程度だった
「ううん、、、綺麗、、、」
渡部は小さくゆっくりと首を振った
「、、、そうか、、、」
桐島も宝石のように輝く夜景を眺めた
(この街で、、、俺は歩と一緒にいるんだよな、、、)
桐島は目の前の渡部の背中を見た 渡部はまだ夜景を食い入るように見ていた
(もう、、、絶対に離さない、、、離したくない、、、絶対に、、、)
桐島は拳を強く握り、自然とその感情を噛み締めていた