父親の友達
チンピラとケンカになっているところを警察官に目撃された桐島は、割とすぐ近くにあった交番で事情聴取される事になった
40歳ぐらいの無精髭の警察官を向かいに、桐島はイスに座らされていた
「じゃあこれに、住所と名前と生年月日書いてくれる?」
警察官はバインダーに挟んだA4サイズの真っ白の用紙を桐島に渡した
「、、、はぁ」
個人情報をもらす事にかなりの抵抗があった桐島はため息をつき、嫌々ながらもゆっくりとボールペンを手に取った
「なんでケンカしてたんだ?またあんな目立つところで」
個人情報を用紙に書き込んでいる桐島に、警察官はお茶を出しながら何気無く訊ねた
「別にケンカじゃねえよ、、、ちょっと肩がぶつかって、こっちが謝ってんのにあのチンピラがキレてきたんだよ」
桐島は用紙に書き込みながら不機嫌そうに警察官の質問に答える ふと出されたお茶を見るが、熱いお茶だったため桐島は飲めなかった
「ほぉ〜、見たとこ高校生だな?その制服は、、、銘東か?」
「銘東高校だけど、、、」
学校帰りに直接バイトに行く桐島は、バイト帰りもそのまま制服だった
「、、、はい」
用紙に必要事項を書き込んだ桐島は警察官にバインダーを渡した
「おっ、書けたか、、、」
警察官は桐島の住所、名前、生年月日を確認していく
「、、、っ、、、?」
警察官は用紙を見ながら表情を歪めた
「、、、桐島、、、?」
警察官はそう呟きながら桐島の顔を確認する
「、、、?」
桐島は警察官の異常な反応に不思議そうな顔をした
「、、、これ、、、せいや、か?読み方?」
「、、、ああ、せいやだけど、、、桐島誠哉、な」
桐島は確認するようにフルネームを繰り返した
「桐島誠哉、、、、、」
警察官はアゴに手を添え、ぐっと考え込んだ表情をする
「、、、なんだよ?」
桐島はむず痒い気分になり、思わず口に出して訊いた
「、、、高校生だな、親の名前は?」
「、、、親は、、、いない、名前も知らねえし、、、」
桐島はサッと目をそらし、吐き捨てるように言った
「っ!!、、、やっぱり、、、」
警察官は驚いた表情でじっと桐島の表情を見つめる
「お前、、、誠の息子か、、、?」
「、、、は、、、?」
警察官の訳の分からない質問に桐島は呆れたように首を傾げた
桐島は警察官の車で家まで送ってもらっていた
勤務を終えた警察官は私服に着替え、もちろんパトカーなどではなく、本人の愛車だった
「俺は後藤恭丞 桐島誠っつうお前の父親の友達だ」
車を発車させてすぐに恭丞は口を開いた
「、、、んな事言われても、、、実感湧かねえし、、、誰だよその誠って人、、、」
「だからお前の父親だよ」
首を傾げながら不満そうに呟く桐島の言葉を恭丞はビシッと遮った
「違うかもしんねえだろ?珍しい名前でもねえだろうし、、、」
「いや、間違いねえよ お前、埼玉で育ったんだろ?確か美希ちゃんの、、、お前の母親の両親は埼玉にいたはずだからな」
「、、、確かにおばあちゃんは埼玉だけど、、、」
(美希、、、?)
美希、という聞いた事の無い名前に桐島はますます納得がいかなかった
「それに、、、、、」
恭丞はふと息をつくようにそう呟いた
「、、、?」
妙な間が空き、桐島は助手席から運転席にいる恭丞を見る
恭丞は前を見つめながらどこか遠くを見ているような、目の前を見ているような、苦しそうな目をしていた
「お前は、、、誠に似てる どことなくな」
恭丞は止めた息を吐き出すようにそう言うと、小さく笑った
「、、、、、」
桐島はその言葉には何も答えず、不機嫌そうな表情で俯いていた
「、、、、、ここか?」
桐島が指示をした住所につき、恭丞は車を止めた
「ああ」
桐島は軽く答え、シートベルトを外した
「、、、やっぱりここか、、、」
「、、、なんだよ?」
恭丞の意味深な呟きに桐島は少しイラつきながら訊いた
「ここはな、、、誠が住んでたとこなんだよ」
「っっ、、、えっ、、、?」
「お前の住所を見た時に気付いたんだけどな」
恭丞からの言葉に、平静を保っていた桐島も思わず動揺した
「つうか、、、お前もここに住んでたぞ?一年間ぐらいだけどな」
「は、、、?俺が、、、?」
恭丞の口から次々明らかになる事実に桐島は表情を歪めた
「ああ、よく覚えてるよ 結婚の時、美希ちゃんの荷物運んだりするのは俺も手伝ったからな 俺以外、誰も車なんか持ってなかったし」
「、、、、、」
桐島はバッと振り返り、アパート全体を見渡した
2階建てで、1階に4部屋の計8部屋ある
築何十年かと言うぐらい年季の入ったアパートで、青っぽい外装も所々剥がれている
今から10ヶ月前、初めて見たあの夏の日から何も変わらないこのアパートだが、今の桐島の目にはとても同じモノには見えなかった
「、、、、、」
不愉快なのに、何故かこの胸はモヤモヤが晴れスッキリしていた 初めて見た時からあった違和感を含め、どこか辻褄が合ったような感覚だった
「あとお前、、、熱いお茶飲めねえんだろ?さっきのお茶、一口も手ぇつけてなかったもんな」
「、、、それがなんだよ」
「誠もそうだったよ 昔からずっとそうだった」
「、、、、、」
俯く桐島をよそに、恭丞は更に話を進めた
「あいつさ、お前の母親の両親のとこに結婚の挨拶に行った時も、熱いからってお茶を一口も飲まなかったらしいんだよ なんかお前見てたらその事を思い出し、、、」
「やめろよ」
桐島は恭丞の話を一言で遮った
「ん、、、?」
「聞きたくねえんだよ そんな話、、、」
桐島は恭丞の方を向かず、顔を背けたまま言った
「母親は交通事故で亡くなったって、、、それだけ聞いてんだよ それ以外は知らねえし知りたくもねえ 両親の名前だって聞いてこなかったし、今、、、」
桐島は息を切らし、言葉を止めた
落ち着いて呼吸を整え、ゆっくりと口を開いた
「、、、今、、、父親がどうしてるかなんて、、、全然、知りたくねえんだよ、、、」
桐島は肩を震わせながら言った 18年間溜め込んだ思いを上手に言葉に出来るほど、桐島は器用ではなかった
「どうせ、、、俺を捨てたような奴なんだろ それから一回も、会、、、」
桐島は息を止め、深く呼吸をした これ以上話すことは今の桐島には出来なかった
小さく首を振って落ち着きを取り戻していた
「、、、そうか」
恭丞はため息をつくようにそれだけ答えた
「、、、じゃあ、、、帰る、、、」
桐島は必死にそう呟くと、ゆっくりと歩き出した
「誠哉!」
恭丞は手を口に添え、声を張った
「、、、、、」
桐島はピタッと足を止めた
「、、、いやぁ〜、あんな可愛かった赤ちゃんが、こんな生意気なガキになるとはなぁ〜」
「、、、、、」
恭丞の冗談めかした態度に桐島は再び足を進めた
「わっ、ちょ、ちょっと待て!冗談だ」
恭丞は慌てて手を伸ばし、桐島を引き止める
「、、、誠哉、って、、、久しぶりに呼んだからもう口が覚えてなかったよ」
「、、、、、」
恭丞の声と口調が、先ほどまでよりも温かくなっている様に桐島は感じた
「そりゃそうだよな、、、もう、15年以上経ってんだもんな、、、」
恭丞は感慨深そうに呟いた 桐島の背中を見ながら昔の事を思い出していた
「誠哉!」
「、、、?おわっ、、、」
桐島が振り向くと、恭丞から紙クズが投げられてきた
「それ、俺の電話番号な なんかあったらいつでもかけてこいよ 110番より便利かもな」
恭丞は優しくそういうと最後に笑った
「、、、、、」
桐島は紙クズを広げた 確かに中にはケータイの電話番号が書いてある
「あとよ、、、お前は誠に捨てられたって思ってるかもしんねえけど、、、」
恭丞は声のトーンを落とし、先ほどまでより真剣な声色で話し始めた
「誠はお前を捨てたんじゃねえ、、、絶対、それは違うからな」
恭丞は最後にそう言うと、車のドアに手をかけた
「じゃあまたな 誠哉」
先ほどと打って変わって明るい表情でそう言いながら車に入っていった
(捨てた訳じゃないって、、、じゃあ俺はなんで孤児院で育ったんだよ、、、俺を孤児院に預けたからだろ、、、)
車で去って行く恭丞を見ながら、桐島はゆっくり振り返りアパートを見た
(もういいんだよ、、、今更、、、)
桐島は自分に言い聞かせるようにそう思いながら歩き出した