サプライズ
5月が中旬から下旬に移り変わりそうなある日
桐島は名古屋の市街地に立っていた
街の中心地であるここ一帯は高層ビルや大型デパートなどが立ち並び、更に人で埋め尽くされた道路を見ているとなんとも酔うような気持ちになる
埼玉では首を上げずとも前に空が見えるような見晴らしのいい平地が多かった為、もう住み始めて長いもののこの都会の雰囲気は桐島の好みではなかった
時刻は17時半
空が薄暗くなる準備を始めている頃、大きな駅の付近のベンチで腰を下ろしている桐島の服装は着慣れないスーツだった
「はぁ〜、、、やっぱなんかカタいよな、この服、、、」
桐島は肩の辺りを撫でながら体にスーツを馴染ませようとする
このスーツは埼玉から名古屋に引っ越す際、何かと必要だろうと鈴科孤児院のおばあさんが用意してくれたものだ 話に聞くところによると、おばあさんの夫が使っていたスーツらしい
(おじいちゃんって、、、どんな人だっけな?俺が5、6歳の時に脳の病気で亡くなったんだっけ、、、?確か色黒で、ちょっと怖かったような気がする事は覚えてんだけどな、、、)
桐島はぼんやりと亡き祖父を思い浮かべる
「、、、っっ!?」
ズキっと頭痛が走った直後、祖父の姿が浮かんだ
まさに今、桐島が着ているこのスーツを着用し、憤怒の感情を露わにしている
「うぁっ!、、、こわ、、、」
正確に祖父の顔を思い出した桐島は、ブルっと震えながら呟いた
(なんで怒ってんだ?このおじいちゃん、、、こんな顔、見覚えないけど、、、見たような気も、、、)
と、考えていると同時にまた、頭に鋭い痛みが走った
(うぎっ!)
桐島は思わず手で頭を押さえた
『、、、誠哉 今日から、私達と一緒に暮らそう』
「、、、え、、、」
次に浮かんできた祖父の顔は、優しく、穏やかな表情をしていた そしてやはり、現在桐島が着ているこのスーツを着ていた
(こんな、、、優しい表情もする人だったのかな、、、)
記憶浅はかな先にいる祖父を思い、桐島は少し複雑な心境だった
「誠哉くんっ!」
「っ!?」
するとベンチの後ろから急に両肩にポンと手を置かれた 突然の刺激に思わず体がビクついた
「ハハッ!待った?」
振り返るとそこには渡部がいた 驚く桐島を見て楽しそうに笑いながら首をかしげる
「〜〜!別に、、、」
振り返った桐島はハッと言葉を止めた 渡部はキチッとしたレディーススーツに身を包んでいた 腕にかけているバッグもいつもより上品に見えるモノだった
「ふふふっ、どう?スーツ!」
渡部は左右に体を捻り、桐島にスーツを見せつけた
「、、、ま、似合ってんじゃねえの?」
桐島は顔をそらしながらぶっきらぼうに言った
「えへへっ、ありがと!」
渡部は満面の笑みを浮かべながら歩き出した
2人は駅の付近から歩き出した オフィス街で大人な雰囲気のこの辺りだが、スーツを着ている為2人はそれなりに溶け込んでいた
「へーっ!おじいさんのスーツなんだ!」
「おう、おばあちゃんが俺用に手入れしてくれたみたいでさ、ちょっとカタいけどなかなかフィットすんだよな」
何気ない会話も、スーツとこの通りのおかげで随分大人っぽく見えた
「実は私もお母さんの借り物なの!もう今は使ってないみたいだから」
「へぇー、じゃあもうもらってもいいんじゃねえか?」
桐島は軽くそう返しながら一年半前に一度だけ会った渡部の母親の顔を思い浮かべていた
「うーん、どうだろ、あ、でもお母さんてね、昔は大企業に勤めてたらしいんだ」
渡部は母親の過去の姿を想像しながら話し出した
「高学歴だったらしくてね、スーツは確かいっぱいあるって聞いた事あるからどれか一つくらいならもらえるかも!」
「、、、んでさ、そろそろ聞きてえんだけど、、、」
桐島は軽く息をつき、ゆっくりと言った
「え?なに?」
「俺ら、、、どこ向かってんだよ?」
桐島は足を止めずに歩いたまま訊ねた
「あ〜、気になる?」
「そりゃあな、スーツ着て駅前で待ち合わせっていきなり言われたら、、、」
「内緒だって内緒♪ 着いてからのお楽しみっ!」
渡部は小さくスキップをしながら桐島の少し前を歩いた
「、、、全然想像つかねえんだけど、、、」
桐島は首を傾げながら渡部の後ろについた
「、、、ここか?」
「うん ここ」
桐島の問いかけに渡部はコクっと頷いた
足を止めた2人は巨大な高層ビルを見上げていた そのビルの敷地内はコンクリート、窓ガラス、照明、その全てが芸術的なほど美しかった
「こ、こんなとこ入っていいのかよ?捕まるんじゃねえか?なあ?」
「捕まらないよ! えっとねぇ、、、ここの、13階!」
渡部は懐からメモを取り出し、またサッと懐にしまった
「でも警備員とかいるし、、、入っただけでバカみてえに金取られんじゃねえの?」
「取られないよ!それに、今日は私が全部奢るから」
渡部は得意げな表情で胸をドンと叩いた
「は、はぁ!?何言ってんだよ!こんなとこ100万円ぐらいのライターとか売ってるようなところだぞ!?」
「あーもーいいから!行くよ!」
弱気な発言を繰り返す桐島にしびれを切らし、渡部は先にビルの入り口へと向かった
「ま、待てよ!まだ心の準備が、、、」
桐島は急いで深呼吸をしながら周りをキョロキョロ見ていた
ビルに入り、2人はエレベーターに乗った
エレベーターの中も非常に広く、天井は鏡張りで周りはガラス張りなので上がっていくほどに名古屋の夜景が綺麗に見えてくる
「、、、なぁ、13階って何があるんだよ?」
「レストランだよ ほら、これ」
渡部は懐からこのビルの詳細が載ったパンフレットを取り出した 13階には確かにレストランらしき名前が書いてあった
「でもこれ、、、2階に結婚式場って書いてあるし、、、不謹慎じゃねえの?俺ら関係ねえのに」
「別に結婚式に参加する訳じゃないからいいの」
桐島のトンチンカンな言葉に渡部は端的に返事をした
「、、、でもこのエレベーター、どっかで乗った事あるような気がすんだよな、、、」
桐島は頭をさすり、遥か彼方にある記憶を呼び覚まそうとする
「エレベーターはどこも大体同じだからね」
渡部は軽く頷きながら上がっていくエレベーターの階数を見ていた
レストランに入り、2人は案内されるままにテーブルについた
窓際からは一面に夜景を見渡せるが2人のテーブルは店の真ん中に位置しており、夜景はあまり見えない場所だった
「、、、、、」
桐島は緊張した様子で居心地悪そうにしていた 背筋を伸ばし、こっそり周りの客の様子を見る
(どいつもこいつも金持ちに見える、、、)
他の客は当然だが大人ばかりだった スーツやドレスに身を包んだ30代の男性女性や、上品なヒゲを生やしたおじさま、すました表情のおばさまなど様々な客がいるが、皆同様に上流家庭の空気を醸し出していた
「、、、いざ入ると緊張するね」
渡部は両手を膝の上に乗せ、少し堅い表情ではにかんだ
「、、、おう」
桐島は頷きながら渡部の胸中に考えを巡らした
(こいつ、、、何考えてんだ?こんなすげえとこ連れてきて、、、)
桐島は眉間にシワを寄せながら渡部の表情を探る
(予約もしてたみたいだし、、、なんか座り方も綺麗だし、、、)
渡部の先ほどからの様子を桐島は疑い深く見ていた
しばらくすると料理が運ばれてきた
桐島と渡部、それぞれ2皿ずつの料理が目の前のテーブルに並んだ
「おぉ、、、すげ、、、」
桐島は口を手で押さえ、目を輝かせながら小声で呟いた
(これが仔羊ロティ 蜂蜜入り、、、なんとかってやつと、石かれいか、、、)
ワクワクした気持ちで料理を見ながら渡部の方に用意された料理も見た
(あれは、、、鯛?真鯛か、、、と、サラダね 生ハムサラダか)
桐島は小さく頷きながら料理を分析していた
「いただきます」
渡部はゆっくりと手を合わせ、柔らかい声で言った
「、、、いただきます」
桐島も渡部に続き、声を潜めて呟いた
「ごちそうさまでした!」
桐島は満足そうな表情で手を合わせ、力強く挨拶した
「ふふっ、どうだった?おいしかった?」
桐島の表情を見て渡部は嬉しそうに笑いながら訊ねた
「おう、なんつうか、、、とにかく美味かった!」
食べている最中は調理法や材料などごちゃごちゃ考えていたが、キレイになった皿を見るとその言葉以外は浮かんでこなかった
「そっか!よかった!」
渡部は満面の笑みを浮かべ、手元のお冷を飲んだ
「、、、、、」
桐島はじっと渡部の目を見た
「、、、?」
渡部は小首を傾げながら表情で桐島に問い返した
「、、、あのよ、すげえ美味かったから別にいいんだけど、、、」
「、、、うん?どうしたの?」
「なんでこんなとこ来たんだよ?高校生なんか一人もいねえし、、、高級な感じだしよ、、、」
桐島は改めて小さく周りを見渡した
「お金は大丈夫だって!私が奢らせてもらいます!」
「いやそれもよく分かんねえし、、、なんで奢ってくれるんだよ?つうか奢んなくていいから 一応足りてるし、、、」
と、桐島が喋っている最中にふっと、店内の照明が落ちた
「えっ?」
桐島は動揺し、真っ暗な部屋を素早く見渡した 他の客も少しずつざわざわとし始めた
「停電、、、?」
桐島はふと窓の外の景色を見た 夜景は相変わらず綺麗に輝いていた
「、、、ブレーカー落ちたのか?いや、ホールの方は電気ついてる、、、ん?」
電気がついているホールの方に目をやると、何かがゆらめくように光っていた
「、、、?」
だんだん暗さに慣れてきた桐島は目を凝らし、ホールをじっと見た
♪ー♪ ♪ー♪
♪ー♪ ♪ー♪
するとどこからともなくゆっくりと音楽が流れてきた
「ん、、、?なんかのショーか、、、?」
桐島はそう渡部に訊ねながらこの音楽について考えていた
「、、、あっ、、、?」
どこか耳馴染みのあるこの音楽が何の音楽なのか、ふと桐島は気づいた それと同時にゆらめく光の意味も、それがこちらに向かっている事にも気づいた
バースデーソングである
台車に乗せられたケーキに火の灯ったロウソクがささっている 暗闇の中に見えるそれはゆらめく光となって桐島の目に届いた 渡部は楽しそうな表情で手拍子を叩いていた
♪ー♪ ♪ー♪
「ハッピバースデーディーア誠哉くーんっ!」
渡部は音楽に合わせてこの部分にだけ歌詞を合わせた
♪ー♪ ♪ー♪
パチパチパチパチ
音楽が終わると照明が元に戻り、少しずつ客から拍手が沸き起こった
バースデーケーキは桐島と渡部のテーブルのすぐ隣にきていた
「、、、っ、、、あの、、、」
桐島は呆然とした様子でどうしていいか分からず、反応に困っていた
「誕生日おめでとう!誠哉君!」
渡部は笑顔でそう言うと、周りの客と共にパチパチと拍手をした
本日は5月23日 桐島の誕生日である 去年同様、桐島は自分の誕生日を忘れていたのだ
「、、、あっ、、、えっ?」
桐島は頭では理解出来たものの、あまりの動揺に上手く言葉が出て来なかった
渡部がサプライズで用意したケーキも食べ終え、2人は入ってきたばかりの時とは違い落ち着いた様子でイスに座っていた
「ふふっ、ホントに自分の誕生日忘れてたの?」
「う、うっせえな、、、何日か前には一回思い出すんだけど当日になると忘れんだよ」
渡部はクスクス笑いながら何度もこの質問を桐島にぶつける
「ヘぇ〜、誕生日忘れる事なんてあるんだぁ ホント不思議!」
「俺も小学生の時ぐらいまではそう思ってたよ!」
桐島は恥ずかしそうに頭をかきながら素早く言い返した
「えへへ、そっか〜」
渡部は桐島の顔をジロジロ見ながらずっと笑っている
「〜〜!、、、なんだよ、、、」
「誠哉君、すごい驚いてたから、、、成功したなぁーって思って!」
「、、、まあ、、、」
「良かった!ちゃんとお祝い出来て!」
渡部はホッと安心したように肩を落とした
「、、、、、」
桐島はふと、去年の誕生日の事を思い出した
渡部と別れ、塞ぎ込んでいる時に鈴科孤児院の皆に祝ってもらった、あの誕生日である
(、、、なんかいっつも誰かに祝ってもらってばっかりで、、、助けられてばっかりだな、、、)
「、、、?どうかした?」
ふと俯く桐島の顔を渡部は覗き込む
「、、、いや、なんもねえよ」
桐島は一つ、あることを考えながら小さく頷いた
「、、、お前の誕生日はさ、、、どっか行くか」
「、、、え?」
桐島からの唐突な言葉に渡部は驚いた
「そんな遠くは行けねえけどさ、ま、ちょっとしたとこ行こうぜ 調べとくからよ」
「う、うん!行く、、、」
渡部は慌てて頷き、遠慮がちに笑った
「、、、ところで誠哉君、私の誕生日覚えてるの?」
「え?おう、7月2日だろ?」
「え、、、う、うん」
自分の誕生日も忘れていた桐島が何故か渡部の誕生日は覚えていた
「あ、でも、、、今回のでちょっと、、、その、お金無くなっちゃったからなぁ、、、」
渡部は言いづらそうにオロオロしながら言った
「そん時は俺が奢るよ 今回のお返しっつうか、、、」
「ダメだよ!誠哉君は私と違ってそのお金で生活してるんだから、、、私は親にお世話になってる身な訳だし、、、」
渡部は色々と言いながらハッと何かを思いついた
「あっ!じゃあ、、、私、バイトするよ!」
「えっ、、、えぇ?大丈夫かよ?」
桐島は声を裏返らせ、心配そうに渡部を見る
「大丈夫だよ!どういう意味!?」
「だってお前、なんかボーッとしてるしよぉ、、、」
「私は誠哉君と違って人見知りでもないし!問題ないよ!」
バカにされたような気がした渡部は強い口調で桐島に言い返した
「つか、、、全部出すぞ?お前の誕生日なんだから、、、」
「どこかに出かけたらきっと、色々欲しくなっちゃうし、、、そろそろケータイ代も自分で払いたかったから、ちょうどいいよ」
「、、、そっか、、、?」
桐島はあまり納得いかない表情で頷いた
「それより、、、どこに連れてってくれるか、楽しみにしてる」
「、、、おう」
渡部の嬉しそうな表情を見ると、桐島は自然とニヤけてしまっていた
「お前もバイト探し頑張れよ」
「なにー?急に偉そうにー?未だに喫茶店で緊張してるくせにー」
「なっ、どこがだよ!してねえよ緊張なんか!」
「ホントにー?」