一年振り
「歩!」
渡部の後ろ姿を見つけた桐島は、人混みの中でも届くように名を呼んだ
桐島はその間も人の隙間をすり抜け渡部の元へと急いだ
「、、、!」
呼ばれた渡部は振り向き、驚きながら立ち止まった
時刻は16時50分を回ったところだった
昼間に比べてうっすらと温度が下がる難しい季節、空は夕日の色に染まっていた
「はぁはぁ、、、」
渡部の前で立ち止まり、桐島は膝をつきながら息を整えた
「誠哉君、、、」
「歩、、、あの、、、」
と、桐島が話し出したと同時に渡部は再び振り返り、足早に歩き出した
「あ、、、お、おい!」
桐島はすぐに顔を上げ、渡部を追いかけた
「ちょっ、、、待てって、、、」
桐島は後ろから声をかけるが渡部は振り向かずに歩き続ける
「、、、待てよ!」
桐島は渡部の腕をグッと掴んだ 細く華奢なその腕を掴むと、渡部はビクッと反応し立ち止まった
「、、、なに?どうしたの?」
渡部は腕を掴まれたまま、振り返らずに桐島に訊ねた
「、、、そのお守り、、、返せよ」
桐島はまだ肩で息をしていたが落ち着きつつあった 後ろからだが渡部の顔の方を見てしっかりと伝えた
「、、、イヤ」
渡部は桐島の顔を見ずに、前を見たまま言った
「、、、いいから返せよ」
桐島は軽く渡部の腕を引き、一歩踏み込んだ
「ダメなの!こうしないと、、、前に進めないから!」
渡部はやっと桐島の顔を見た 今にも泣き出しそうな感極まる表情が桐島の目に映った
「んな事ねえだろ!」
桐島は渡部の両肩を掴み、強い口調で渡部に迫った
「、、、え、、、?」
「いつまで気にしてんだよ、、、」
「、、、っ、、、」
渡部は慌てて顔を下げ、桐島と目を離した
「もう、、、何にも気にしてねえよ、、、俺は、、、」
桐島は深く息を吸い、吐きながら言った
「今なら全部分かるから、、、一年前のお前の言葉とか行動の意味も、、、決意も、覚悟も、、、」
「、、、!」
渡部は更にぐっと顔を下げたが、桐島は置いた手を離さなかった
「俺は、、、一年前の今日から、やっと、、、戻ってこれたって思ってたんだよ、、、また友達に戻れたって、、、」
「、、、、、」
「今日からまた、、、歩も一緒に前に進めるって、、、今度は友達として、、、」
「、、、、、」
渡部は俯いたまま桐島の言葉に対し、何も言わなかった
「だから、、、もう、緋斬の事ばっか気にすんな、、、!」
「、、、、、!」
菅井の名を聞き、渡部はビクッと反応した
「徒仲とかみんなに気ぃ遣って、、、俺や須原と距離とって、、、んな事、緋斬が望んでたと思うか、、、?」
桐島は自分で言いながらも言い知れぬ感情が込み上げてきた 菅井と最期まで和解出来ず、後悔していたのは他でもない桐島だったからだ
「違うだろ、、、?緋斬はいつも、お前らが何にも気にしないで笑えるようにって、、、勝手に気ぃ遣って、、、」
桐島は渡部に向かって出した言葉が、自分に返ってくるような感覚だった 菅井と出会った中学時代、南と出会った中学三年、そして、菅井と再会した去年
菅井の表情、行動、言動、全ての思い出が走馬灯のように流れていく
「頼んでもねえのに助けてくれて、、、自分の辛いとこ見せねえで、人に優しくして、、、」
「、、、、、」
桐島の言葉を心に染み込ませるように受け入れながら、渡部はゆっくり瞼を伏せた
「、、、大切なモンの為なら、、、本気で怒れるヤツで、、、」
桐島は唇を噛み締めながら、渡部の両肩から手を離した
「、、、あぁっ、くそ、こんな事言うつもりじゃなかったのに、、、」
桐島は自分に言い訳するように首を振った
「と、とにかくだな、お前が緋斬の為にした事で、俺らに気にする事なんかねえんだよ」
「、、、、、うん」
渡部は目を閉じたまま、小さく、優しく頷いた
「みんなも、、、俺も、分かってるからさ、、、」
「、、、うん、そうかもしれないね、、、」
渡部は再び頷いた 先ほどまでより落ち着いた様子で桐島の言葉に答えていた
「でも、、、やっぱりダメ これは返してもらうね」
渡部は先ほどより一層強く、お守りを握りしめた
「えっ、、、、、」
渡部の意外な返事に桐島は意表を突かれた 話がまとまったように感じていたのは桐島だけだったようだ
「な、なんでだよ んな事しなくても俺らは、、、」
「緋斬君の事、、、まだ引きずってるのは誠哉君の方じゃないの、、、?」
桐島の言葉を遮り、渡部は冷静な口調で言った
「、、、は?」
「、、、ちょっと前の春休みの時ね、、、誠哉君の家に泊めてもらったでしょ?あの、辛いピザ食べた時、、、」
「え、、、あ、ああ」
ゆっくりと話し出す渡部に合わせて桐島は相槌を打った 数ヶ月ぶりに2人が再会し、渡部が酔っ払ってしまったあの日である
「その時、、、私、誠哉君の部屋で、、、見たの」
「、、、な、、、なんだよ 何を見たんだよ?」
桐島は必死で頭を回し、当時の記憶を蘇らせようとする しかし、急に思い出せる訳も無く、渡部の答えを待つしかなかった
「、、、立てかけてあった、、、写真、、、」
「、、、!」
呟いただけの渡部のその言葉で、桐島は瞬時に意味を理解した
「あの写真って、、、南ちゃん、、、だよね?緋斬君の妹の、、、」
「あ、、、いや、、、」
ドクンと大きく心臓がなり、桐島の額にじわっと汗が滲み出た
「ちが、、、あれは、、、」
桐島がまだ中学三年生だった夏休み、南と横浜へ日帰り旅行に行った際に撮った写真、それを桐島は写真立てに入れ、部屋に置いていた 埼玉の部屋にいた時から置いていて、桐島に他意は全くなかった
「その写真見た時に、、、思ったんだ 誠哉君は、、、まだ、緋斬君の事、引きずってるんだって、、、」
「ち、違うって!あれは習慣みたいなもんで、、、!」
桐島は思わず声を荒げてしまい、周りの様子をうかがいながら口を噤んだ
「、、、あれは、、、緋斬も歩も関係ない、、、中学ん時からだから、、、」
桐島は目線を下げ、落ち着いた声色で呟いた
渡部はふと周りを見渡した 先ほどより明らかに人口密度が下がっていた
「それでもね、、、?これは、、、返してもらうよ、、、?」
渡部はクルッと振り返り、ゆっくりと歩き出した
「だから、、、なんでだよ 俺は、、、目ぇ逸らすんじゃなくて、お前とも向き合って前に進みたいんだよ」
「、、、、、」
渡部は何も言わず、近くにあった校舎の大きな柱にもたれた
「それは、、、無理だよ、、、」
渡部は下を向き、弱々しく首を振った
「誠哉君が、、、しっかり踏ん切りつけて、、、私とも友達として前に進もうって思ってくれて、、、ホントに嬉しいし、そうなったらいいんだろうなって、、、思ってるよ、、、?でも、、、」
渡部はそこで一瞬言い淀み、ストンと足を曲げて腰を下ろした
「、、、でも、、、なんだよ?」
桐島は先ほどまでのイラだった口調を抑えた 渡部がしゃがんだのに合わせ、桐島も横に腰を下ろした
「私は、、、それじゃ無理なの、、、」
渡部は恐る恐る桐島の顔を見た その目はバランス悪く力が入り、感情を抑えているような出しているような、渡部本人もまだ躊躇っているような、そんな迷いや葛藤が表情の全面に出ていた
「、、、、、?」
桐島はその渡部の表情の意味が分からなかった 小首を傾げ少し考えてみるがやはり見当もつかなかった
「、、、だって、、、きっと、、、私は、まだ誠哉君の事、、、好きだから、、、」
渡部は言葉の途中で慌てて顔を膝にうずめた
一気に顔が赤くなり、体温が一度上がったかのように渡部は感じた
「、、、っ!、、、え、、、?」
桐島は渡部からの突然の告白に言葉が出なかった 慌てて渡部を見るが、顔を膝にうずめ、腕で囲っているため表情はうかがえなかった
「だから、、、ダメなの、、、自分の中でだけじゃ、、、踏ん切りつけられない、、、いつまでも、、、引きずっちゃうから、、、」
渡部はわずかに顔を上げた 膝との間から表情が見えたが、渡部の目には涙が浮かんでるように桐島には感じた
「、、、、、」
「、、、せめて、このお守りぐらいはちゃんとケジメつけないと、って、、、ずっと思ってたから、、、」
渡部は顔を上げ、桐島にお守りを見せた 渡部は自分がつけていたお守りも外しており、二つのお守りを左手に収めていた その目に涙は無く、優しく笑った表情は純粋な、澄み切った春の風のようだった
「、、、、、」
「ごめんね変な事言って、、、せっかく普通の友達に戻れたのに、、、また、、、」
渡部は微笑みながら話していたが、ふとその言葉を止めた
「え、、、」
渡部はお守りを持っている自分の左手を見た
その手は、桐島の右手と重なっていた
「、、、ここにいろ」
「、、、、、っ?」
ボソッと呟いた桐島の言葉を渡部は聞き逃さなかった 状況や言動がついていかず、渡部は混乱していた
そんな渡部の左手を、桐島は更にギュッと強く握った
「ずっとここにいろよ、、、もう離れんな どこにも行くな いつも、俺の目が届くとこに、、、ちゃんといろ、、、!」
桐島は右手で渡部の手を握り、左手で頬杖をつき、渡部とは反対の方向を向いていた
「、、、えっ、、、と、あの、、、」
渡部はまだ追いついていなかった そっぽを向く桐島になんとか声をかけようとする
「、、、今日、二回も泣かせてごめん、、、」
「、、、っ!」
突然、渡部の目から涙が一気に溢れ出てきた 渡部自身も予期していなかったが、涙が出た瞬間、それに見合うように感情が釣り上げられてきた
「、、、まだっ、、、!二回も泣いてなかったのに、、、!」
渡部は涙を隠さず、思いっきり感情を表に出した しかし、負の感情から出る涙ではなかった
「、、、涙は出てなかったけど、、、泣いてるように見えたからよ、、、」
子供のように泣きじゃくる渡部を、桐島は優しく見守っていた
「ごめん、、、!昨日からホント、泣いてばっかりで、、、!」
渡部は息がつまりながらもそう言うと、また声を上げて泣き出した 人が減ったとは言え、さすがにここまで泣いていると周りの目を引いた
「いいんだよ」
桐島は手を握ったまま、渡部に向かって体を正面に向けた
「昨日も今日もそんなに泣けんのは、、、、、今までずっと、我慢してたからだろ、、、?」
「、、、うぐっ、ひっく、、、」
桐島は左手で、渡部の頭を撫でた
「もういいから、、、もう、いいから、、、我慢すんな」
桐島はそう言いながら、渡部を優しく包み込むように抱きしめた 片方の手で、しっかり渡部の左手を握りながら
「、、、ひぐっ、、、うぅ、、、」
(、、、そっか、、、私はずっと、そう言って欲しかったんだ、、、!)
渡部は桐島の背中に手を回した 全身に桐島の温度、大きさ、優しさを感じた
(我慢しなくていいって、、、もう、いいって、、、!)
二つのお守りを2人の手で強く握りしめながら、渡部は桐島の腕と胸の中で思うままに泣いた 思いっきり泣く姿を見せれる人が一人でもいる事に、渡部は幸せを感じていた そして、この感触の懐かしさが、更に渡部を安心させた
一年振りだった
それは抱きしめ合う事ではなく、2人の心が再び繋がるまでの時間だった
まだ高校生の2人にとって、この時間はとても長く、濃く、険しい、途方もない道のりだった
しかし、それを乗り越えた2人の【縁】は、一年前のそれより遥かに太く、強く、尊いモノになった
今の2人の間に入る障害は、最早一つもなかった
「良かったね 今年は綿菓子貰えて!」
渡部は綿菓子を片手に嬉しそうに笑った
「ああ、去年は数に制限があったけど、今年はいくらでもあるらしいからよ 去年は損だよな」
桐島は綿菓子をかじった フワフワした甘ったるさに少し肩をすくめる
「もーっ!去年が損じゃなくて、今年が得なの!」
「、、、確かに、そういう考え方もあるよな」
ポジティブな渡部の意見に桐島は頷きながら答えた
「それよりさ、覚えてる?南涯高校学園祭のジンクス!」
渡部はニコニコ楽しそうに笑いながら改まった口調で桐島に訊ねた
「ん、、、?ああ、、、」
桐島は落ち着いた様子で軽く頷いた
「一緒に綿菓子を貰ったカップルは別れない!だよね?」
渡部は浮き足立ったようにはしゃぎながら更に綿菓子を食べた
「、、、おう」
「、、、?」
温度差を感じた渡部は不安そうに桐島の表情を見る
「、、、つうかさ、、、あんま関係ないよな、、、」
「え、、、?」
「もう、、、別れねえだろ 俺らは、、、」
桐島は恥ずかしそうに顔を背けながら言った
「、、、、、」
渡部は少し照れながらも、顔は勝手に笑顔になっていた
「、、、、、うん」
渡部は桐島の腕に抱きつきながら、もう片方の手で、胸元のお守りを服の上から優しく握った