素直になってたら、、、
時刻は16時50分
学園祭終了まで残り10分となり、もう殆どの出店は片付けに入っていた
しかし17時から校庭にて綿菓子が配られるため、朝、昼に比べても人数は変わらず、人々の騒がしい声は学校中から聞こえてきていた
そんな中、水野は1人で人混みに紛れるように歩いていた
先ほどまで北脇達と共にいたが、はぐれてしまったのだ
「、、、、、」
水野は小さくため息をつきながら校舎を見上げた
はぐれてしまったのは偶然だが水野は北脇達を特に熱心には探していなかった
この学校を見て、考え事をゆっくりしたかったからである
(何回も自分から逃しておいて何だけど、、、)
水野はフッと足元に目線を落とした
(まだ、、、私にも、チャンスはあるかな、、、?)
水野は自分自身に聞かせるようにそんな事を考えていた
すると、少し離れた人混みの奥にいる渡部の姿を見た
(あ、みーゆ、、、)
水野は声をかけに行こうか一瞬迷ったが、それをやめた
(なんか、、、声かけられたくない感じ、、、かな?)
水野は遠くに見ただけだが、なんとなくそのような気がした 更に、ここから話しかけるには少し遠かったという事もあり、すぐに渡部の姿は見えなくなった
(、、、ちょっと元気なさそうだったな、、、後でそれとなく聞いてみようかな、、、)
水野はそう思った後、自分の今の状態を再確認した
(、、、あ、、、私も、みーゆと同じか、、、)
水野は手を口に添え、自嘲気味に小さく笑った
(今の私も、、、周りから見たら、元気がないように見えるのかな、、、?)
水野は俯き、歩く自分の足を見ながらふとそう思った
(ま、、、ホントにちょっと、元気ないけど、、、)
そんな事を考えながら歩いていると、トンと軽く、誰かにぶつかってしまった
「あっ、ごめんなさい、、、」
水野は当たった瞬間に反射的に謝った
「いえ、、、あ」
ぶつかった相手が妙な声を上げたと同時に、水野も顔を上げ、相手の顔を確認した
「誠ちゃん、、、?」
「お、、、千佳?」
水野とぶつかった相手は桐島だった 桐島は少し息が荒く、急いでいるような様子だった
(せ、誠ちゃんだ、、、)
水野は何故か桐島の姿を見て動揺した
(走ってたのかな、、、てゆうか校舎から出て来た、、、?それに一人、、、あ、私も一人か)
水野は桐島の様子をうかがいながらあれこれ考えていた
(私が一人なのはさなっちゃんとはぐれたから、、、じゃあ誠ちゃんは?あ、今何時だろ?)
水野はいつになく気が動転していた 自分では必死に落ち着けようとしているが、全く冷静になれない
(あ!な、なんか喋んないと!)
「あ、あの、誠ちゃん、、、」
「歩、見なかったか?」
水野の声に被りながらも桐島は訊ねた
「、、、え?」
「歩、どっかで見なかったか?多分まだこの辺にいるはずなんだけどな、、、」
桐島はそう言いながら少し背伸びして周りを見渡した
「、、、みーゆ?」
水野はふと俯き、小さい声でそう訊ねた
「ん?おう、さっきから探してんだよ」
桐島は乱れていた息を整え、最後に深く息をついた
「、、、そっか」
「ん、、、?」
下を向きながら相槌を打つ水野の様子が、桐島は少し気にかかった
水野は桐島と再会した約7ヶ月前の日から、今日までの桐島との会話のやり取りを思い出していた
約半年前のクリスマス、鈴科孤児院の中庭での会話
『ねえねえ!座ろ座ろ!』
『いや、、、座らねえよ 水滴ついて濡れてるし、、、タオルもねえし』
桐島に告白されそうになった時の会話
『それとも、、、その気持ちを消す為の行動なのかな、、、?』
『、、、はぁ?お前さっきから何言って、、、』
『誠ちゃん、、、忘れられない人、、、いるでしょ?』
そして、今日の会話
『誠ちゃんさ、、、みーゆと付き合ってたんでしょ?、、、違う?』
『いや、、、ま、、、違わねえけど、、、』
(そりゃ、、、そっか)
「私もなかなか、、、勘がいいなぁ」
水野は吐息を吐くような小さい声で呟いた
「え?」
聞こえなかった桐島は水野に聞き返した
「ううん、みーゆなら、さっき向こうの方に歩いてったよ」
水野は先ほど見た渡部が歩いて行った方向を指差しながら言った
「そか、、、悪りぃな!」
桐島は軽く礼を言いながら水野が指した方へ小走りで向かった
水野は桐島の背中を見ずに俯き、足元の地面を黙って見つめていた 桐島の足音が少しずつ遠くなってゆくのを、その背中でしっかりと感じていた
「勘はいいけど、、、バカだなぁ、私は、、、」
水野は小さく笑いながら、更にぐっと顔を下げた
(ちゃんと素直になってたら、、、もう少し 早く、素直になってたら、、、自分に素直になってたら、、、何か違ってたかな、、、?)
水野は考えれば考えるほどそのまま感情も湧き上がってきた 目の奥がぐっと熱くなるが、ゆっくりと目を閉じ必死で気を落ち着かせようとした
(でもきっと、、、ダメだったような気もする、、、)
水野はふと空を見上げた 夕日はこの場所からは見えないが、影響を受けた空は茜色に覆われていた 雲の一つ一つに影がつき、くっきりと輪郭が表れていた
水野は無意識に過去の記憶を掘り下げていた
同じ孤児院にいた、まだ小学生だった桐島と過ごした毎日の思い出の映像が、空に浮かぶ雲をスクリーンに再生された
水野は洗濯が得意で、桐島は料理が得意で、それを互いに教えあったり、周りの子供に教えたり、手伝ったりしていた
水野は名古屋のおじいさんに引き取られ、卆壬大学を目指して勉強している今も充分幸せに感じていたが、今は何故か、孤児院にいた頃が異常に懐かしく、愛しく、思い出すだけで胸が熱く、苦しかった
(誠ちゃん、、、嘘つくの下手だしね、、、)
水野は雲に映る桐島に伝えるように、優しく笑いながら心の中で呟いた
「あ、、、ちいちゃん!」
すると後ろから北脇の声が聞こえてきた どうやら人混みの中から水野の姿を見つけたようだ 北脇は水野の元へと駆け寄った
しかし水野は後ろを振り返らず、微動だにしなかった
「、、、ちいちゃん、、、?」
反応しない水野に違和感を覚えた北脇はポンと肩を叩いた
「、、、、、」
しかし、それでも水野は動かないままだった
北脇は少し周りの様子を窺いながら、恐る恐る水野の顔を覗き込んだ
「っ!?」
北脇は思わず目を見開き動揺した 水野のその表情は、形容しがたい程辛さに満ちていた 唇をぐっと強く噛み締め、頬は釣り上がり眉間をしかめ、こらえるような表情だった
「、、、ごめんね、さなっちゃん、ちょっと、、、」
水野は明るい声を出そうと努めたが、まだ言葉がついていかなかった
「ちょっと、、、待ってね すぐ、、、あの、大丈夫だから、、、」
水野は表情から直そうと試みたがなかなか上手くいかなかった 声も震え、明らかに普通ではなかった
「ちいちゃん、、、」
「、、、ふぅ〜、いや〜それにしてもすごい人の多さだよね!今更だけど!」
水野は大きく息を吐き、大きい声を出して気分を入れ替えようとした
「店もほとんど閉まっちゃってるなぁ、5時に終わるんだよね?確か、、、」
「ちいちゃん」
「もう終わりかぁ、、、うん、そっか、、、」
声を出してみても、イマイチ水野の気分は晴れなかった 言葉も出ず、最後は頷くだけだった
「、、、、、」
「ちいちゃん」
「、、、何?」
「、、、泣いていいよ、、、?」
「、、、!」
北脇のその言葉を聞き、水野の中の何かが一気に緩んだ
「ちいちゃんは、、、気遣いしすぎなのよ カッコつけすぎ!」
北脇は水野のはなっ先をビシッと指差した
「ちょっとは、、、かっこ悪いとこも見せてよ、、、ね?」
「、、、うっぐ、、、ひぐっ、うぅ、、、」
北脇の言葉によってなにかが切れた水野は、両手で顔を押さえて泣き出した
「ごめん、、、ふぐっ、ぁう、、、ちょっと、、、止まんないかも、、、」
水野は腕でぐっと顔を覆った 2、3歩踏み出し、校舎の壁にもたれるようにしゃがみこんだ
「うん、、、いいわよ そんな事、、、」
北脇はそう呟きながら、水野の横に同じようにしゃがんだ
「ちいちゃんが気の済むまで、、、ここにいるから、、、」
「、、、うん、、、ありがとう、、、」
水野は少しだけ顔を上げ、腕の陰から北脇を見ながら一言、感謝の気持ちを伝えた