最後の思い出の場所
「私が学園祭に来たくなかった理由は、、、それだけじゃないよ」
「、、、は?」
「みんなに会わす顔がなかったから、、、っていうのももちろんそうだけど、、、それよりも、、、」
「、、、それよりも、、、?」
渡部からの意外な言葉に驚きながらも、桐島はゆっくりと聞き返した
「、、、ま、いっか」
渡部はため息混じりに呟いた
「、、、は?い、いや、よくねえよ なんだよ?」
桐島は首を振り、改めて訊き直した
「いいよ 言ったってしょうがないし、、、誠哉君にとっても、良い事ないよ」
渡部は窓から外を眺めたまま、桐島と目を合わせようとしない
「、、、なんだよそれ」
桐島は小さくそう呟いた後、唇を噛み締めた
「お前な、、、いっつもそういう風に言うのやめろ、、、」
桐島は窓から手を離し、俯いた
「、、、、、」
渡部は黙ったまま、何も言わなかった
「お前は、そうやって俺とか、、、みんなに気ぃ遣ってるつもりかもしんねえけどよ、、、」
「、、、、、」
「お前の家族の話ん時も、引っ越すって時も、緋斬の時も、俺は、、、!」
そう言いながら顔を上げた桐島は、思わず言葉を止めた 窓の外を見ている渡部の横顔から、涙が流れている事が確認出来た
「、、、っ、、、?」
「、、、ふぐっ、、、うぅ、、、」
渡部は服の袖で涙を拭った
「な、、、なんで泣いてんだよ、、、」
「、、、うるさい!、、、知らない、、、」
渡部は首を振り、手を目にやりながら俯いた
「、、、、、」
そう言われると、桐島は言い返す事が出来なかった
「うぐっ、、、ぐすん、、、」
渡部は桐島に背中を向け、必死で顔を拭った
「、、、、、」
桐島は頭をかきながら息をついた
「、、、悪かったよ」
桐島は目をそらし、ぶっきらぼうに謝った
「責めるような言い方してごめん、、、泣かせるつもりはなかったんだけど、、、」
桐島は言いにくそうに一つ一つ言葉を選んだ
「、、、ふぐっ、、、」
渡部は一気に顔を拭って桐島を見た
「謝んなくていいよ、、、」
「いや、でも、、、」
「誠哉君がいつもそうやって謝るから私は、、、、、」
渡部はそこで言葉を止め、再び顔を下げた
「私が学園祭に来たくなかった理由は、、、誠哉君だよ、、、」
涙が収まった渡部は息をつき、落ち着いて話だした
「え、、、?は?」
渡部の言葉の意味が、桐島は全く分からなかった
「誠哉君に、、、酷い事したから、、、!私は、、、!」
渡部は桐島と顔を合わせず、途切れ途切れだが必死で言葉を繋いだ
「、、、、、え」
「ずっと、、、気になってて、、、でももう思い出したくなくて、、、ここに来たら思い出しちゃうから、、、自分勝手に、、、本当に酷い事した、、、!」
「、、、、、!」
桐島は思わず口をつぐみ、押し黙った 今まで渡部から、そんな素振りを一切感じた事は無かったからである
「誠哉君の気持ち、なんにも考えないで、、、ホントに、、、最低だよね、私、、、」
渡部は震える両手を互いに抑えた
「そ、、、んな事、、、ねえよ、、、」
桐島は心の底からそんな事は無いと否定していたが、一年前の記憶が少しずつ蘇り、上手く声に出せなかった
「ずっと、、、このまま誤魔化していようって思ってたけど、、、やっぱりダメだよね、、、」
「、、、、、!」
桐島は何か言い返したかったが次の言葉が出ない ただ黙って拳を握りしめるだけだった
「もう、、、ちゃんと踏ん切り付ける時だよね、、、」
渡部はそう言いながら桐島の方に一歩、歩み寄った 目の前に立ち、グッと桐島の顔を見上げる
「な、、、んだよ、、、踏ん切りなんて、俺は、、、」
桐島の言葉を聞かず、渡部はゆっくりと手を伸ばした 桐島の両肩に手を置き、更に首元に回した
「この場所は、、、この教室は、誠哉君との最後の思い出の場所だから、、、ここで、、、終わりにしよ、、、?」
桐島が普段、肌身離さず常に首から提げていたお守りの紐を、渡部は掴んだ
「え、、、」
そして紐を上げ、桐島の首からゆっくりと外した
「これも、、、返してもらうね、、、?」
渡部は小さく、柔らかく、悲しい笑顔を見せた
その瞬間、誰かに打ち鳴らされたかのように深く、桐島の心臓が鳴った
そのお守りには、【縁】と書かれていた
『うん 縁のお守りだよ これを持ってる人同士の縁は切れないの』
今から一年半前のクリスマスイヴの夜が自然と思い出された 桐島は、このお守りを渡部からプレゼントされたのだ
その当時のセリフを思い出すと、周りの情景も順に映像として頭に浮かんだ 鈴科孤児院の中庭、ベンチに座り寒そうに腕をさする2人、綺麗な星空
そして今、渡部にお守りを返した事で、これらの記憶が全て嘘だったかのような、作り物だったかのような、そんな違和感を桐島は覚えていた
「じゃあね、、、?」
渡部はいつの間にか教室の出口に立っていた
最後に小さく手を振りながら、そのまま教室を出て行った
「、、、、、」
桐島は何もできず、ただその場に立ち尽くしていた
渡部の後ろ姿も見えなくなり、足跡もだんだん小さくなっていく
騒がしく盛り上がっている学園祭から聞こえる人混み特有の雑音も、今はただただ耳障りだった
(、、、これで、、、終わり、、、?)
桐島は呆然とした表情で、教室の出口を見つめていた
(俺たち、、、やっと、戻ってこれたんじゃなかったのかよ、、、?歩もまた、みんなと仲良くなって、、、)
桐島は力が抜けたように窓際の壁にもたれた
(、、、俺らも、、、やっとまた、友だちに戻れて、、、)
桐島は一人、誰もいない教室で俯いた
「、、、、、」
桐島は拳を強く握り、もたれていた体をガバッと起こした
気がつけば桐島は教室を飛び出していた 明確な考えも何もなく、ただ急いで階段を降り、渡部を追った
(くそっ、、、!なんか、よくわかんねえけど、、、)
桐島は走って校舎の出口へと向かっていた
(このままじゃ、、、なんかダメな気がする、、、!)
教室を出て行く直前の渡部の表情を思い出すと、桐島の胸の奥に気持ち悪い疼きが走った
桐島は急いで靴を履き替え、生徒用玄関から外に飛び出した
「ハァハァ、、、ちっ、、、」
桐島は周りを見渡して小さく舌打ちをした
分かっていた事だが学園祭のせいで人が多いため、周りを見ても渡部の姿は確認できなかった
(考えても仕方ねえか、、、)
桐島は当てもなくその人混みの中に入り、渡部を探し始めた
(まだ近くにいるはずだよな、、、)
「くそっ、どこにいんだよ、、、?」
息を切らし、汗を拭いながら呟いた 背伸びしながら見渡そうとするが、そうは広く見えない
トンッ
すると、桐島は左から誰かにぶつかられた
「あっ、ごめんなさい、、、」
桐島が反応する前に相手は素早く謝った
「いえ、、、あ」
桐島も謝ろうとしたが、相手を確認して言葉を止めた
「誠ちゃん、、、?」
「お、、、千佳?」
桐島にぶつかってきた相手は水野だった