こういう感じ
「いただきます!」
子供達は長テーブルをいくつか繋げ、並べられたイスに座り手と声を合わせた
目の前には桐島が作ったカレーライスが人数分きっちり並んでいた
埼玉 鈴科孤児院 時刻は夕方を越えて夜の7時前だった
並んで座っている子供達の列からは分けられたテーブルに、桐島達は座っていた
子供達のテーブルの上座にはおばあさんが座り、その隣を受付のおっさんこと草津が座っていた
皆はそれぞれカレーを食べながら、何気ない雑談をしていた
「そういえば、、、どうだ?あいつのアパートは?」
浜は向かいに座っている桐島に訊ねた 【あいつ】とは、桐島が現在住んでいるアパートの大家、早乙女葵の事である 早乙女は埼玉出身で片岡と小、中学校と同級生である 高校は皆が通う南涯高校で浜ともその時に知り合うが、諸事情によりアパートの大家になった
「あ~、、、アパート自体は問題ないんですけど、、、時々つまみを作らされるんですよね 家におしかけてきて」
桐島は少し考えた後、ため息混じりに言った
「ふむ、そうか、、、」
浜は納得したように深く頷いた
「葵ちゃんは不良だものね~ お酒もタバコもやめてないみたいね~」
片岡は少し嬉しそうな笑顔で言ってみせた
「あゆみん、名古屋の学校どう?どんな感じ?」
安川は隣の渡部にズイッと耳を寄せた
「やっぱり南涯高校とはかなり違いますね~ ちょっとマジメな感じもしますし、私立なんで綺麗ってゆうか、色々大規模なんですよね!」
渡部は通っている高校の外装や内装を思い出しながら楽しそうに話した
「ちなみに真奈美さんは大学生ですか?」
次に渡部が安川に質問した
「うん 結構危なかったんだけどなんとか受かったよ 東茉山大学ってとこなんだ」
安川はピースしながら順に説明する
「あ、東茉山ですか?この辺じゃ一番近いとこですよね?」
「そうだよ~あの大学にはね、ちょっと気になる噂があるんだ 変な教授が研究室を占領して怪しい薬を作ってるみたいでね」
安川は手を口に添え小声で言った
「え?な、なんなんですかそれ!」
渡部は興味津々な様子で安川に耳を寄せる
「大学の先輩に聞いた話だと、生徒どころか他の教員も立ち入り禁止にさせて、、、、、、」
「すげえ美味えなぁ!さすが桐島だな!」
九頭はパクパクカレーを口に運んだ
「だよね!さすが誠ちゃんねー!昔から料理上手だったんだよ!」
水野は昔を思い出しながら楽しそうに九頭に言った
「後でおかわりしてやろー!」
「おかわりはしゃもじ一すくい分だけだからね九頭ちゃん!鈴科孤児院のルール!」
「えー!?なんでだよ~」
九頭はスネたように口をとがらせた
水野と九頭がそんな会話をしている横、北脇は難しそうな表情でカレーを見つめていた
「、、、、、う」
北脇はカレーを見ながら顔を歪ませた
「、、、?さなっちゃんどうかした?」
不思議に思った水野は隣の北脇に声をかけた
「、、、ニンジンが、、、」
「え?」
水野は目線につられ、北脇のカレーを見た
「ニンジン、、、苦手なのよね、、、」
北脇はそう呟くとカレーの中からニンジンを選り分け、皿の端に寄せた
「え~!?ダメダメ!ちゃんと食べないと子供達に示しがつかないじゃん!」
「いやホント、、、ごめん」
いつもは毅然としている北脇だが、水野の言葉にただ謝るだけだった
「大丈夫だって!誠ちゃん、上手く作ってあるから!ニンジン感ないよ?」
「さっき食べてみたんだけど、、、やっぱり無理だったの、、、」
北脇は首を振りながら力なく言った
「、、、じゃあ私もらう 残してるの、子供達に見つかったらダメだしね」
水野は北脇のカレーから素早くニンジンをいくつか取った
「ごめん、、、ありがとう」
北脇は小さく頭を下げ、礼を言った
「じゃあ俺もくれよ!」
向かいに座っていた九頭は少し身を乗り出し、北脇のカレーに手を伸ばした
「は、はぁ!?あんたはダメよ!」
北脇は慌てて九頭の手首を掴んだ
「なんでだよ~!俺にもニンジン、、、」
「うるさい!スプーンつけないでよね!」
「じゃあどうやって取るんだよ!」
「だから取るな!」
「ハハハ!別にいいじゃんさなっちゃん!」
水野は2人のやりとりに笑いながら更に増長させた
「イヤ!あんたそのスプーンにもう口つけてんでしょ!」
「だったらなんだよ!」
「だからそれがイヤだっつってんの!」
カレーに手を伸ばす九頭とその手首を掴む北脇の攻防戦を水野は笑いながら見ていた
「しょーえー!ハイ、あーん!」
徒仲はスプーンにカレーを乗せ、隣に座る野波佳の肩をつついた
「え、、、い、いやいいよ やめとけって」
野波佳は周りの目を気にしながら小声で徒仲に言った
「え~?なんで?いっつもしてるじゃん!」
「み、みんないるからよ、、、ほら、凛ちゃんとかさ」
野波佳は少し戸惑いながら向かいの凛を指した
「いえいえ、お気になさらずとも ね?」
凛はにっこり微笑みながら、隣の外山に同意を求めた
「おお、そうだ お前らがいちゃついてるのなんて年中見てんだよ」
外山はわざとらしく頷きながら凛に同調した
「へぇ~、そうなんですか麻癒さん?」
凛は少し意地悪そうに徒仲に訊いた
「え~っとね~!まあね!」
徒仲は考えるフリをした後、すぐに笑顔で認めた
「ところで凛ちゃんは彼氏とかいんの?」
「え?、、、っと、今はいませんけど、、、」
外山からの質問に凛は戸惑いながら答えた
「焦栄はすぐ恥ずかしがりすぎ!いつもそんなんじゃないじゃ~ん!」
徒仲は野波佳の肩をガンガン揺らしながら言った
「いやさ、凛ちゃんとか子供とかもいるだろ?」
野波佳は再び凛を指しながら言った
「私は気にしません それに、男らしい人って、やっぱりそういうの気にしない人だと思いますよ?」
凛は先ほどと同じように笑顔で言った
「確かにそうだよな」
外山はうんうんと頷いた
「えぇ~?そうか~?」
野波佳は首を傾げながら男らしい人像をなんとなく考えてみた
「ところで凛ちゃんは姉の渡部と違ってショートヘアだけど、昔からそう?長くする気ないの?」
「え、、、あ、はい、昔はもうちょっと長かったんですけど、、、これぐらいで慣れてるっていうか、、、」
「へぇ~、うん、確かに似合ってるよね その髪型」
「あ、ありがとうございます、、、」
外山の二度目の質問に凛は難しそうに考えながら答えた
「ほらほら、凛ちゃんも気にしないって言ってるじゃん!」
徒仲は更に野波佳に詰め寄った
「いやでも、、、おばあさんとか、、、」
野波佳は苦し紛れに鈴科孤児院のおばあさんの名前を出した
「おばあさんとは背中合わせになってますから大丈夫ですよ」
凛はおばあさんを手で差しながら徒仲の味方をした
「しかも位置も遠いしな」
外山は頷きながら凛の説明に補足した
「ところで凛ちゃんってカレー好き?」
「え~っ、と、、、嫌いではないです、、、」
外山の三度目の質問に、凛はどうとも取れるように答えた
「俺、美味いカレー屋知っててさ、良かったら、、、」
「お前はちょいちょいなにしてんだよ!」
野波佳は強い口調で外山にツッコんだ
「うるせえ!お前は徒仲といちゃついてろ!」
「うっわ~、最低ね外山 ケダモノだよこいつ 近づいちゃダメよ凛ちゃん!」
徒仲は外山をしっしっと追い払いながら言った
「いえそんな、、、外山さんはそんな方じゃありません 私はまだ皆さんに馴染めてませんから、気さくに話しかけてくださってるんです」
凛は左手できゅっと胸を押さえながら言った
「いやいや凛ちゃん こいつそんな奴じゃないよ?」
徒仲は激しく首と手を振りながら言った
「う、うるさいぞお前!」
外山は徒仲にビシッと指を差した
(凛ちゃんカワウィシュギルゾウォイ!カワウィシュギルゾウォイ!カワウィシュギルゾウォイ!)
外山はひたすら心の中でそう連呼していた
「、、、、、」
桐島は黙って皆の様子を眺めていた それぞれが楽しそうに会話をし、桐島が作ったカレーを食べていた
(なんか、、、イイな、こういうの、、、凛ちゃんは相変わらずネコかぶってるけど)
桐島はこの空気になんとも言えない居心地の良さを感じていた
すると隣にいた瞬が桐島の腕を肘でつついた
「?」
「久しぶりね、、、こういう感じ」
瞬は桐島の心情を見透かしたように、何気なく呟いた
「っ、、、」
桐島は瞬の言葉を聞き、何かに気づいたようなしっくりとくるモノがあった
(そうか、、、久しぶり、、、か)
桐島は改めてこの居心地の良さについて考えた
(埼玉にいた時は、、、毎日こんな感じだったんだよな、、、)
桐島はその事を思い出し、渡部を見た
渡部は安川と楽しそうに話している
(、、、元に、、、戻っただけなんだよな、、、)
桐島はそう思うと本当に嬉しく、心の底から安堵した
「そうですね、、、」
桐島は瞬の言葉に頷きながら答えた
「む?綾 よく見たら知らないヤツがいるぞ」
浜はふとその事に気づき、隣の片岡に話しかけた
「あら本当ね~ 自己紹介しないとね~」
片岡は手で口を覆い、口の中のモノを飲み込んだ
皆がその声に気づき、2人に注目する
「まあ待て綾 せっかくだ クイズをしよう」
「それは面白そうね~」
たったこれだけの会話で2人はしっかり意思の疎通をとれていた
「よし、ではクイズだ」
浜はみんなに向かって言い出した
「私達が知らないヤツはこの中の誰だ?」
「答えのあなたは黙っててね~」
浜のクイズに片岡は付け足した
「では真奈美 答えろ」
浜は安川を指差し、アンサーマンとして指名した
「え?う~ん、、、そんな人いたかなぁ」
安川は手をアゴにそえ、考えながら皆を見る
皆の顔を順番に見ながらポンとテーブルを軽く叩いた
「あ、分かった 千佳ちゃんでしょ?知り合ったの一番最近だしね」
「違う バカが」
「千佳ちゃんは名古屋の葵ちゃんの家で会ったのよね~」
浜は安川に罵声を浴びせ、片岡は笑顔で水野に言った
「えぇ、バカ、、、?」
安川は少しへこみながら罵声を繰り返した
「次、桐島」
「えぇ~?なんで俺なんすか、、、」
バカと言われているのを見て桐島は内心怯えていた
「う~ん、、、みんな知り合いでしょう、、、」
桐島はみんなの顔を順に見ていく
「外山、、、ですか?」
「違うが、イイ答えだ」
「もう正解でいいんじゃないかしら~?」
浜と片岡の反応に桐島はホッと胸をなで下ろした
「イイ答えってなんすか!」
「次、純」
浜は瞬を指した
「私もう分かってますよ おばあさんと受付の方ですよね?」
瞬は自信満々で2人を手で差した
「違う この中でだ」
「純ちゃん 卑怯よそれは」
片岡は相変わらずの笑顔だった口調は少しきつかった
「、、、すいません」
瞬は萎縮しながら小さい声で謝った
「答えはお前だ」
浜は答えの人物にスッと指を差した
全員の目がその指の先へと向かっていった
そして、その指の先にいたのは、渡部の妹の凛だった
「はぁ!?凛ちゃんですか!?」
瞬は意外に感じた人物が指され驚いた
「はい、初めましてなんです すいません 挨拶をするタイミングを失ってしまって、、、」
凛は恐縮しながら2人に頭を下げた
「私達も気づかないでごめんね~?」
「うむ 私は浜薫だ」
「私は渡部凛です 歩姉さんの妹です!」
「へぇ~、歩ちゃんに妹がいたのね~、私は片岡綾よ~ 大学二年生、薫ちゃんもね~」
3人はお互いに自己紹介をし、年齢や関係性を確認した
「なんで知り合いじゃないの?凛ちゃんって結構前に埼玉に遊びにきてたよね?」
安川は渡部に確認するように訊ねた
「はい、、、あ、でも確か、浜さんと片岡さんはいなかったような、、、?」
渡部は曖昧な記憶を辿りながら言った
「そうだっけ、、、?あ~も~全然忘れてるなぁ私!前にここに来た時も純がいたような気がするけどいなかったらしいし!」
安川は後頭部をぐしゃっとこすりながら言った
「それは私は覚えてますね 私の記憶の違和感は文化祭の時に九頭君がいなかったって事ですね~ これはちょっと変な感じです」
渡部は色んな順番を思い出しながら言った
「え?そうだっけ?」
「はい 九頭君と知り合ったのは冬頃だったはずなんで、文化祭は一緒にやってないんですよ」
「ほぇ~、よく覚えてるわねぇ~」
安川は感心したように息をつき、首を傾げながら水を飲んだ
(、、、そうか、凛ちゃんが初めて埼玉に来たのって春休みだったな 浜さんと片岡さんはもう東京に行ってたっけ、、、)
桐島は皆の会話を耳に入れながらカレーを食べていた
「、、、うぇ~ん、、、!」
すると隣のテーブルから子供の泣き声が聞こえてきた
「あっ、、、」
桐島は立ち上がり、声がする方を見た
「おやおや、どうしたんだい?」
おばあさんは泣いている子供の両肩に手を添えた
「まさのり君が、、、お肉取った!僕のヤツ、、、」
子供は隣の子を指差しながら言った
「ほう、、、本当かい?」
(、、、おばあちゃんが行ったんなら大丈夫か)
立ち上がった桐島はその場に座りながらも、そちらの様子を見ていた
「よし分かった じゃあ私のお肉をあげよう」
おばあさんは自分のカレーの牛肉を子供の皿に入れた
「、、、うぐっ、、、うん」
子供は途端に泣き止み、何事もなかったかのようにカレーを食べ出した
「ほほ、、、」
おばあさんは優しい笑顔で2人の子供の頭を撫で、自分のイスに座った
(収まったか、、、)
桐島はホッと安心し、手元の水を飲んだ
「にしてもやっぱり、子供ってな単純な生き物だな」
その様子を端から見ていた外山は、少し呆れたように呟いた
「だからかわいいんでしょ?分かってないなぁ~外山は」
徒仲は外山よりも更に呆れた様子で肩をすくめた
(、、、?)
桐島は今の2人の会話に、妙な違和感を覚えた
「、、、うっ!」
と同時に、ズキンと鋭い痛みが頭を襲った
(頭痛、、、か?またかよ、、、)
桐島は久々の頭痛に、酔うような気持ち悪さを感じた
『ったく、ガキってな単純な生き物だな』
『だからかわいいんでしょ?あ~あ、私も早く結婚したいなぁ』
(、、、っ?)
不意に桐島の脳裏に、そんな声が流れ込んできた
(なんだ、、、これ、、、)
桐島はグッと頭を押さえ込んだ
(これ、、、夢?気持ち悪い変な夢で、いつもこんな、、、)
桐島は昔から頭痛と悪夢に悩まされてきた しかし悪夢といっても、目が覚めた瞬間に気分が悪いという事と汗だくになっているというだけで、夢の内容は全て忘れていた
(そうだ、、、いつもこんな感じの夢を見てたような、、、)
「桐島君?」
「っ!」
名を呼ばれ、桐島はハッと我に返った
隣に座る瞬は心配そうに桐島を見ている
「、、、は、はい?」
桐島はパッと瞬の方へ振り向いた
「大丈夫?そんなに頭押さえて、、、」
「え、、、あ、はい ちょっと頭痛が、、、もう大丈夫です」
桐島はつとめて明るい声で言った
「そう、、、?」
瞬はまだ心配しながら桐島の顔を覗き見る
「はい」
桐島はそう頷くと、カレーの最後の一口を食べた
「ごちそうさまでした」
桐島は静かにそう言うと、皿とコップを持って立ち上がった
洗い場へと向かい、皿とコップをそこに置くと、桐島は再び頭を押さえた
(、、、あれ、、、?さっき頭に流れてきたのって、、、どんなのだったっけ、、、?)