渡部の気持ちと皆の思い
調理室でひとしきり泣いた渡部と徒仲はすっきりしたのか、だんだん落ち着きを取り戻してきていた
「麻癒、、、ホント、何にも変わってないね」
渡部は涙を拭い、鼻をすすりながら言った
「なにそれ!ちょっとは変わったよ!」
「えへへ、ごめん」
少し怒った口調で返す徒仲に、渡部は嬉しそうに笑いながら返す
「、、、あれ?誠哉君は?」
渡部はふと気づいたように周りを見渡した
いつの間にか桐島の姿がなくなっていた
「多分、他の部屋だよ みんな来たから案内してるのかも」
「、、、そっか、みんなが、、、」
渡部は埼玉のみんなの顔を頭に思い浮かべた
廊下に出た2人は奥に向かって歩き出した
「びっくりしたよ 歩ちゃんが来てるなんて知らなかったからさ!」
「うん、、、ごめんね」
「歩ちゃんはいいんだよ 誠哉君だよ誠哉君!私が電話した時は何にも言ってなかったんだ!とぼけちゃってさ!」
徒仲は桐島の憎たらしい顔を思い浮かべながらスネた口調で文句を言った
「うん、、、」
「、、、、、」
元気なく頷く渡部を徒仲は心配そうに見る
そうして歩いていると、前方の薄暗い廊下に部屋の明かりが漏れ出している場所があった
おそらく、桐島は埼玉の面々はそこにいるのだろう
「、、、、、」
渡部はその部屋の出入り口を見ると、右手でぎゅっと胸を押さえた
徒仲はその様子を黙って見ていた
更に近づくと中から物音が聞こえた
「、、、じゃ、入ろ?」
徒仲は部屋を指しながら優しい口調で言った
「、、、、、」
渡部は黙ったままコクっと頷き、足を踏み出して部屋の中を見た
「おい外山!そっちちゃんと持てよ!」
「もう一個テーブルがあるだろここ!指が挟まるんだよ!」
野波佳と外山は大きめのテーブルを運んでいた
「誠哉 イスはこれ使うの?」
「ん~?多分それだな 向こうから順に並べてくれるか?」
桐島はファイルを見ながら北脇に指示を出す
「真奈美ちゃん!ボールあるぞ!遊ぼうぜ!」
「チッチッ九頭ボーイ これはボールじゃないよ これはお手玉、、、」
「真奈美 九頭くん ちょっとは桐島君を手伝いなさい ご飯ごちそうになるんでしょ?」
遊んでいる九頭と安川を瞬はイスを運びながら注意していた
「、、、、、」
そんな光景が一気に渡部の目の前に現れた
渡部は何も言葉を発さず、その場に立ち尽くしていた
「おい桐島~ いっつもこんなにテーブル並べてんのかよ?」
外山は面倒そうにテーブルを持ちながら桐島に訊ねる
「並べてねえよ てめえらが来るからだろ」
「なによその言い方 あんたが呼んだんでしょ?」
桐島の口調がカンに障った北脇はすかさず言い返した
「呼んでねえよ!俺が呼んだのは徒仲だけだっつうの!」
「え?そうなの?徒仲は誠哉がみんなを呼んでるって、、、」
「あ、渡部」
北脇の言葉を遮るように野波佳は部屋の出入り口にいる渡部に気付き、反応した
「え?」
「ん?」
みんなは一斉に野波佳が指す方向を見た
「あ、、、こんばんは、、、」
渡部は会釈をしながら言ったが、殆ど頭は下がっていなかった 無意識の内にもう一度ぎゅっと胸を押さえた
「、、、おう 渡部か」
外山は納得したように頷き、再び作業に戻った
「ホントだ歩さん 久しぶりね」
北脇は少し驚いた表情をした後、軽く微笑みながら言った
「う、うん、久しぶり、、、」
「おー!マジ久しぶりじゃん!何年ぶりだ!?10年ぶりぐらいじゃね!?」
九頭は渡部を指差しながら大声で叫ぶ
「マジでアホだなお前」
野波佳はもはやため息もつかず九頭に伝えた
「ちょっと渡部、こっち側持ってくれよ 2人じゃなんかバランス悪いんだよな」
外山は渡部を手招きしながら言った
「なんで歩さんにそんな重いもん持たせんのよ それなら九頭がいるでしょ」
「九頭はバランスとか分かんねえだろ」
外山と北脇は軽く言い争いをする
「、、、、、」
渡部はそんな皆の姿を見て、顔を下に向けた
そして、ぐっと下唇を噛み締めた
「歩ちゃん」
そんな渡部に優しく声をかけたのは瞬だった 横に安川もいる
「、、、瞬さん、、、真奈美さん、、、」
渡部はゆっくりと顔を上げ、2人の顔を見た
「おかえり あゆみん」
安川は手を後ろに組み、嬉しそうに笑いながら言った
「っ、、、」
渡部は思わずぐっと俯いた 皆に表情を悟られないように手を顔にあてがいごまかしていた
「な~に下向いてんのあゆみん!顔見せてよ~!」
安川は俯く渡部の背中を両手で揺らしながら声をかける
「っ、、、すいませんっ、、、」
渡部は震える声を抑えながらなんとか答えた
(私、、、ここに戻ってきたんだ、、、戻ってこれたんだ、、、!)
変わらない皆の姿を見てそれを実感すると、渡部の中で色んな思いが溢れかえってきた 一言二言では説明出来ない、渡部でさえも理解出来ていない複雑な感情が、その心を激しくかき乱していた
(1年前、、、ここには戻ってこないって決めたのに、、、みんなとは、もう会わないって決めたのに、、、)
渡部は俯いたまま、右手で苦しそうに胸を押さえる
謝罪と感謝の気持ちを同時に伝えたいが、今の渡部は上手く言葉にする事が出来なかった
そんな渡部の後ろの廊下から、ふと話し声が聞こえてきた
「うむ、ここか」
「そうね~、迷わずに来れたわね~」
そんな会話をしながら部屋に顔を出したのは浜薫と片岡綾だった
現在2人は東京にある大学、【卆壬大学】に通っていて東京で2人暮らしをしている
「あ、薫姉さん!綾ちゃん!うわ~またまた久しぶりだな!」
九頭は元気よく手を振りながら挨拶する
「寿 春休みに会ったばかりだぞ」
「寿ちゃんはアホなのね~」
「へっへー!そうかな!」
浜と片岡の言葉に九頭は何故か得意げに照れた
「おい、先輩方来たぞ 早く並べようぜ」
「だから持てねえんだって 引きずったらダメって桐島言ってたし、、、」
「じゃあ私が持つわよ 早くしなさいよね」
野波佳と外山と北脇はごちゃごちゃ相談しながら長いテーブルを狭い場所にはめ込もうとしていた
「みんな元気そうね~」
片岡はその様子を見て笑顔で言った
「うむ、、、む?」
浜は目の前にいる渡部の存在に気付いた
渡部は胸を押さえながら俯いている
「、、、おお、渡部か」
浜は渡部の隣につき、顔を覗き込んだ
「、、、っ、浜さん、、、」
渡部は少し驚いた表情で目を見開いて浜を見た
「、、、色々あったらしいな、、、」
「、、、、、」
浜の感慨深い口調が、渡部の中にジワッと染み入った
「、、、携帯は買ったか?」
浜はいつもの静かな表情で淡々と訊ねる
「え、、、、、」
渡部は今から約1年2ヵ月前の南涯高校での卒業式を思い出した 卒業をする浜と一言だけ交わした言葉が渡部の脳裏に蘇った
「、、、はいっ、買ってもらいました、、、」
渡部は力一杯頷き、顔を上げて浜を見た
「そうか」
浜はコクっと首を縦に振り、目線を前に向けた
「とりあえず、、、後でアドレス教えてくれ」
浜はそれだけ言うと歩き出し、皆の準備の手伝いをしだした
「っ、、、!」
渡部はその言葉を聞くと、ついに涙が溢れ出てきてしまった 今までピンと張っていた糸が切れるように、気丈だった渡部の心の中の何かが崩れた
「~~っ、、、っふ、、、」
渡部は両手で口を抑え、声が漏れ出ないようにした 深呼吸を何度も繰り返し、息を整えた
何もなかったかのように、当然のように受け入れてくれる皆に、渡部は心底感謝していた
ずっと斜め後ろにいた徒仲は、少し荒っぽく渡部の背中をポンと叩いた
「先輩方も来たし、久しぶりに全員集合だね!」
徒仲は笑顔でそう言うと、北脇達の手伝いに向かった
「よし、準備しよ!」
安川は渡部の頭に優しく手を置き、近くのイスを運び出した
「、、、、、」
(、、、勝手にいなくなった私が、こんな風に思って良いか分かんないけど、、、)
渡部はゆっくりと前を向き、皆の顔を順番に見た
「、、、はいっ、、、」
(みんな、、、ただいま、、、)
安川の言葉に力強く返事をしながら、心の中で静かに、皆に挨拶をした